多分、これまで参加した中で最低のセミナーだったかな

今回の記事は最初から最後まで文句というか、苦言というか、まあ悪口なんで、その手の話が好きでない人はスルーして下さい(私も好きではなんだけどね)。

正直、私は自分の不満を吐き出したいだけで、その不満の数々を読んで、それで何かを得られる人もいるとは思えないしね。

2日間のセミナーでの出来事なんだけど、初日の受け付け時点からからイヤな予感が

昨日、今日と2日間のセミナーに参加してきたんだけど、このセミナーが酷かったって話。

どこの主催で講師の方々は誰かってのは詳しくは書きませんが、これまで色々と受けてきたセミナーの中で最低クラスだったな。

先ずは初日の受付から。開始の30分くらい前に会場に到着したら、受付は長蛇の列。それも全然前に進まないというか、どう見ても受付処理が上手くいっていない。

列を整理している係りの方に聞いても、彼ら自身が詳しく聞かされていないらしく、まったく要領を得ない。この時点で、気持ち的にはキャンセルして帰ろうかなって感じ。

ただ、今回は奥さんも一緒だし、折角早起きして足を運んできたので我慢して並んでいたけど、途中で本当に腹が立ってきて、空いている他の枠(安い席)に無理やり並んだら、あっさり通過。

最近参加したセミナーは、ほとんどこのパターン

今回のセミナーの主役は海外からの講師の方なんだけど、初日は5人ほど日本の登壇者の方々からいろんな話を聞かせて頂きました。

これが最近のセミナーの主流みたいですね。海外から大物講師を呼んで、その人は2日目の登壇で、初日は他の方(大抵は日本人)がセミナーを行うんだけど、彼らの主目的は自分のコンテンツ(セミナーとか)の売り込み。

どういうシステムになっているのか分からないので想像だけど、「大物講師をエサに人を集めるから、あなた達には講演料は払わないけど、その場で自分のコンテンツの紹介をして、出席者に気に入ってもらえればたくさんの契約が取れるかもよ」、みたいな感じなのかな?

売り込みに辟易する場面もあるけれど、実際に役に立つレクチャーをしてくれる講師も多い(じゃないと、自分のコンテンツも売れないしね)ので、まあこれは “持ちつ持たれつ” なのかなって。

ただ、今回は一人、どうしようもない講師がいたな。どうやら億万長者らしくて、自分自身でも高額セミナーを開催しているような話でしたが、こんな話をしてくれました。

「私は、今回のセミナーの受講料金を知ってるんだよね。前に座っているあなたが、いくら払っているのかわかってる。正直、私はこんな安い料金でセミナーをしたことがないんだ。~さんに頼まれたから来てるだけだし、皆さんの参加料金を考えたらどうしても出し惜しみをしちゃいそうなんで、セミナー中は私の言う通りにしてね」

みたいな感じ。ふーん。奥さんと顔を見合わせて(初日の最後の登壇者だったので)10分ぐらいで途中退席してきました。

セミナー

2日目はレジストレーションが無いので簡単に会場に入れると思っていたら

初日の始まりで腹を立て、終わりにも気分を悪くして帰ってきたので、翌日行くのが気が重かったのですが、メイン講師をまだ一目も見てないわけですから、仕方ない、2日目も出かけて行きましたよ。

が、これまたスタートからイライラ。事前の案内メールでは、開始の1時間前に開場するような記述があったのに、2日目の開場は開始時間の5分前。

比較的早く行ったので、列の結構前の方に並んでいましたが、後から後から人が押し寄せ、道路へと続くことに。最初2列だったのを、(うちの奥さんのアドバイスで)3列にしたりと、とにかくグダグダ。

そんな感じなので、開始時間から遅れてのスタートなのに何の挨拶も説明も無し。ってことは、これも予定通りだったのかな?

遅刻なんかするなよ!

さて、始まったんだけど始まらない。MCの方が前振りの話をし、「登壇者の方がそろそろ登場しますので、スタンディングオベーションで、とにかく大きな拍手でお迎え下さい」、と。

皆で立ち上がって一生懸命拍手するも、誰も出て来ない。MC曰く、「まだ歓迎のアピールが十分ではないようです。もっと大きな拍手をお願いします」って。手が痛くなってきたんですけど。

拍手

皆も手が痛くなって拍手が弱まる頃、主催者の方が出てきて、「道が混んでいてタクシーが遅れているけど、後5分で到着するので、その間、私から特別な話をさせて頂きます」だって。

オイオイ、MCとさえも連携が取れてないの。あの拍手はいったい何だったの?

で、どうなったか。主催者の方の話は5分どころか30分くらいやってたかな。その後に出てきたのは、講師自身ではなく、講師の秘書だって人。

いやいや、もしかしたらこれも “予定通り” だったのかもしれないけど、それにしては秘書の方の話って、中身が何も無かったんですけど。

個人的には、これも時間稼ぎなんじゃないのってヒシヒシと。

そして、続いて出てきたのは、メイン講師のパートナーと称される女性。この人の話がまた酷い(もちろん個人的意見なんで、良かったって人もいると思いますが)。

いくつかビデオを紹介したりする中で、「次のビデオは、もっと高いクラスのセミナーで見せるようなものなんだけど、今回は特別にあなた達にも見せてあげます」って、なんか本当にガッカリ。

結局2時過ぎまで粘ったけど、メイン講師のお姿を一度も拝見することなく、声を聞くこともなく、このパートナーの方の話に耐え切れずに途中退席してきました。

考えてみれば、昨日も途中退席で、今日も途中退席。それも、メイン講師の話を聞くためにセミナー代を払ったのに、一度も見ることなく帰ってきたわけで。

もちろん、誰の責任でもなく、私の選択なので、割り切ってはいますけどね。別に全ての場面で完璧を求める積りもないし、私だって遅刻することもあるし。

でもね、今回のセミナーの主催者も、そして登壇される講師の方々も、極端な言い方だけど、今回のような不手際とは対極にあるようなものを教えてくれる立場にある人たちだと思うんです。

それだけに、一層残念な思いが募るわけで。

ま、こんなこともあるよね。


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嫌々な気分が、さらに嫌なことを引き寄せる、ってのはあるな

「サクセス・ウィズアウト・リミット」というセミナーイベントで、外国人登壇者の一人が後日に開催した個別セミナーに参加してきたんだけど、中身のシェアをする前に前振りを、という前回の続き。

CDを聞いているうちに、気分は暗黒の闇へとまっしぐら

前回、予習用の13枚セットのCDをジョギングしながら聞いてという話をしましたが、このCDの中身を聞いているうちに辛くなってきたんですよねー、これが。

ビジネス系のセミナーなので、まあ、ある程度は予想してましたが、予想以上に「戦いに勝つ」とか「競争に生き残る」といった方向に傾いていたんです。

「孫子に学ぶ」みたいなCDもあり、孫子の兵法をお手本に、どういう戦略、戦術で相手を打ち負かすかみたいな感じなんです。

セミナーCD

講師はカナダ出身で、世界7カ国で数十の会社を設立し、フォーブス、BBCなど多くのTVやラジオ番組に出演し、自身のTV番組も持つという、もう本当に世界トップクラスのビジネスコーチ。

なので、当然と言えば当然なのでしょうが、聞きながら「これは、生きる世界が違うな、私には出来ないな」って、心が疲れてきたんです。

要は、お金を払い込んじゃったけど、気分は「行きたくない気持ちでいっぱい」って感じ。キャンセルすると50,000円も取られるので、キャンセルするのももったいないし。

先ずはこれが、この先に起こる出来事に絡んでくる伏線その1。

「会場未定」 → 「会場決定」 → 「会場変更」

時間は前後しますが、「サクセス・ウィズアウト・リミット」の会場でこの個別セミナーに申し込んだ時、(開催時期まで2週間しかないのに)開催場所は未だ決まっていませんとのことでした。

そして、開催前10日くらいのところで、「開催場所は有明の東京ビッグサイト近くの○○ホテルです」とのメールが届きました。送信元は、日本でこのセミナーをアシストする立場の会社。

主催は、あくまで海外の(講師の方が所有している)コーチング会社で、日本の会社は請け負い仕事として会場の選定や出席者への連絡をするという役割(だったとは、後で知ったこと)。

その数日後(開催1週間前)、今度はメールと電話連絡とで、日本のセッティング会社から連絡がありました。開催場所が変わって日本武道館近くの竹橋で行うとのことでした。

期日が近いのに「会場未定」 → 「会場決定」 → そして、「会場変更」というのが伏線の2つ目。

そして、もう一度「会場変更」

そして問題のメールが届いたのは、開催日の3日前。英文で、どうやら現地のコーチング会社から出席者宛に直接送ってきたようです。

セミナーの開催日時や開催場所を改めて出席者に連絡してきた、といった内容のメール。

サラッと読んで、特に深い注意は払いませんでした。単に日本語と英語の違いだけで、開催日時も、開催場所も既に知ってた情報だったので(と、その時は思ったんです)。

問題は開催場所の「所在地」でした。実は、前に貰った日本語のメールと、後から貰った英文のメールで、会場のビルの名前は同じなんだけど、場所が違っていたんです(チェーン店って言えばいいのかな)。

なので、最初に英文メールをサラッと見たときには、その違いに気が付かなかったんです。「ああ、○○ビルだよな」って。

で、開催日の前日の夜、セミナーの開催に関しては最新の情報である英文メールを、確認のために改めて見ていたら、「あれっ、ビルの場所が竹橋から品川に変わってる」って気が付きました。

「おっと、見落とさなくて良かった!」って思いながら、でも、場所が変更になっているのに、日本の会社からは何の連絡も無く、現地からの英文メールだけって、不親切だなーって。

「これ、見落としていたら大変だったじゃん。もしかしたら何人かは場所を間違えちゃうんじゃね?」って思いながら ・・・ 一抹の不安が。本当に英文メールの案内の方が正しいのかな?って。

とは言っても、既に夜中。問い合わせることも出来ず、奥さんと相談(2人で出席予定だったので)して、「いや間違いない、品川だよね」って決着しました。

上で書いたとおり、気分はブルー。行きたくない、でも行かざるを得ない。

会場(だと思ってた場所)に着いたら、掲示板にはセミナーの “セ” の字も無い

翌日、久しぶりに早起きして、電車を乗り継いで品川の会場に向かいました。当然、ブルーな気分は色合いも深みも増しながらね。

会場に指定されたビルに着いてみたら、そんなセミナーの開催予定はありませんでした。

この時点でまだ朝の8時過ぎ。人影疎らな品川の会場で係りの人を何とか見つけて、もう一方の竹橋の会場に連絡して貰うも、どうやら9時過ぎでないと向こうの係りの人間が出勤してこないと。

日本側のセミナーのアシスト会社に連絡するも、どうやら土日はお休みのようで通じず。

結局、セミナーの開始時間を過ぎた9時過ぎに、ようやく竹橋の方の会場でセミナーが開催されているとの確認が取れ、品川から竹橋に移動。気分はブル-から濃い灰色に。

科学技術館

セミナー会場の入り口で揉めました。こちらは怒り心頭。「どういうことなんだ、これはっ!」ってね。向こうは平身低頭。「手違いで申し訳ありません」と。

どうやら日本の会社は、現地から出席者宛てにメールが送られていたのを知らなかったようです。そして、そのメールの中身が間違っていたのが、今回のトラブルのすべて。

現地の会社にもその場から連絡を取ってもらい、なんだかんだ30分くらい会場に入らずに揉めていましたが、先方からのオファーに(渋々)納得して、結局2日間のセミナーに参加してきました。

トラブルの責任は先方にあるけど、私にも落ち度はあったな

まあ、事実だけを見ると先方に全ての責任があると思いますが、でもそれをこちらの対応で避けられなかったかと言えば、そんなことはなく、その意味では私にも落ち度があります。

一番は、やっぱり「行きたくない」というネガティブな気持ちでしょうね。こういう気持ちが、このような事態を “引き寄せた” ってことなのかなと。

何も神秘的なことを言ってるのではなく、これが心から楽しみにしていたもの(例えば好きな歌手のコンサートとか)だったら、英文メールを貰った時点で隅から隅まで確認し、そして場所が変わっているのに気が付いたら、その場で確認をしていたと思います。

実際問題、(手遅れだったけど)前日の夜に会場が変わっていることに気が付いて、「でも、本当にこれが正しいのかな?」って疑念を持ったくらいですから。

ただし、短期間の内に「会場未定 → 会場決定 → 会場変更」といった流れがあったので、ここにもう一度「会場変更」が加わってもそれほど不自然に感じなかったのも事実ですけど。

でも、やっぱり私にも大いに反省すべき点はありますよね。今後に活かしていこう!

ところで今回のトラブルで一番驚いたのは、セミナーの出席者が四十数名いたんだけど、間違った会場の方に行ったのは、我々含め僅か数名だったこと。

そして、誰一人として日本側の会社に、事前に「これこれのメールが来てるんだけど」って問い合わせをした人がいなかったこと(いたら、会社側も事前に分かって対応してた筈)。

もちろん、英文メールは出席者全員に送られて来ていたんですよ。これって、どういう解釈をしたらいいんでしょ? ほとんどの人が英文メールを見落としてた? 無視した? 気にもしなかった?

誰にも確認していないので真実は分からないけど、これって結構興味深い謎だなー。


変えるんだ! 御託はいい 何が何でも変えるんだ!

「期待を感謝に変える」という話の前回の続きです。

前回、あなたが現在置かれている人生の状態(例えば、給料であったり、大事な人との関係であったり、あるいは地位とか名声とか)が、あなたの幸せ・不幸せを決めるのではなく、その状態があなたの人生の「設計図」と一致しているかどうかが決めるんだって話をしました。

一致している時、あなたは幸せを感じている訳ですから、これは何ら問題なしでしょう。問題なのは一致していない時。この時、あなたは不幸せであり、不満や苦痛を抱えていることになります。

3つの選択肢があるけど、1つ目はねえ・・・・・

この不満や苦痛、あるいは「問題」と言ってもいいかもしれませんが、こいつらはあなたに “3つの選択肢” を与えるとアンソニーは言っていました。その3つの選択肢とは、
  1. 無視と非難
  2. 人生の「現状」を変える
  3. 人生の「設計図」を変える
あなたは、この3つの選択肢のどれかを選ばざるを得ないんです。

1つ目の「無視と非難」とは、出来事そのもの(苦痛を与えている事象)を無視したり、非難したり、あるいは他人のせいにして非難したり、もしくは自分自身を非難する(なんてダメなやつなんだ)こと。

この選択肢は、多分多くの人が選びがち(簡単だから)だと思いますが、これを選んでいる限り何の解決にもならないというのは、みなさんご存知の通り。

残りの選択肢は2つ。「現状」を変えるのか、それとも「設計図」を変えるのか。

選択

2つ目の「現状を変える」という選択肢は、一番現実的なものでしょう。ただ、簡単に変えることが出来ないからこそ、不幸せだったり苦痛を感じたりしているんですけどね。

どうするか? アンソニーの回答は簡潔明快。

変えるんだ!

問題があるなら、自分の人生でイヤな分野があるなら、それを変えるんだと。断固とした決意を持って、現状を変えるための “行動” を起こすんですね。

だって、それがあなたの人生に苦痛をもたらしているんでしょ。だったら、変えるしかないじゃないですか。分かっちゃいるけど変えられない? それでも変えるんです。

シンプルな話ですね。必要なのは「決断」すること。変えるって決めること。

決断とは、「他の選択肢を切り捨てること」だそうです(ほるほど! 日本語って良く出来てるなー)。無視したり、他の人のせいにしたりといった選択肢を捨て去ってしまうんです。

考えていると、どんどん怖くなってきて

そして、変える、行動するって決断しようとする時、そこに必ず現れてくるのが “怖れ” です。

以前も書きましたが、アンソニーは、こんな風に言っていました。

「怖くてもいいんだ。それでもやるんだ!それが勇気というものなんだ。
そして、怖くなったら “考える” のではなく、Peak Stateになるんだ」

そうなんですね。結局、これしかないんです。あれこれ考えたって、解決する訳がないんです。「結果」は「行動」によってのみ、生み出せるものなんです。

「行動」せずに「考える」ことだけを続けていくと、あなたの中でどんどん成長していくものがあります。それが “怖れ” というもの。頭の中でモンスターのごとく成長して、益々あなたを苦しめることに。

怖くなったら、考えることを止め、自分の状態(State)を持ち上げ、そしてその勢いで行動する。

よし、やるぞ

あー、自分で書きながら、なんかその気になってきました。この気持ちが大事なんですよね。

多くの失敗をした人ほど、多くの成功を手に入れることが出来る

あるメールマガジンにアンソニーの言葉として、こんなことが書かれていました。

経験を積めば積むほど、成功の確率は高まる。
人より多くのまずい決断をした人ほど、
人より多くの成功を手にすることができる。

上で触れた “怖れ” の中には、「失敗したらどうしよう」という思いが入ってますよね。でも、より多くの失敗をした人ほど、より多くの成功を手に入れることが出来るんです。

このことは、多分ほとんどの人が “頭では” 理解していると思うんですよね。それでも失敗が怖い。だからこそ、考えてはいけないんです。

自分で行動してみて、やっぱり失敗して、でもその失敗が成功へのステップになることを身をもって体験する。そして頭ではなく、体で、あるいは感情として「多くの失敗をした人ほど、多くの成功を手に入れることが出来る」ってことを理解する。

こうなると強いですよねー。だって、怖いものが無くなるんだもん。

スミマセン、少し長くなってしまったので、3つ目の選択肢「人生の『設計図』を変える」については、また後日に。


あなたは他人に、そして自分にも色んな “期待” をしてますよね

今年の2月初旬、3日間のセミナーに参加しました。アンソニー・ロビンスの弟子(?)の一人である池松耕次さんのセミナーでした。

その中で、池松さんから「期待を感謝に変える」ということを教えて頂きました。

人は、知らず知らずの内に、相手に対して様々な “期待” をしてるんです

「期待」とは、「あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること」です。人は様々な場面で、様々な人に期待をかけます。

様々な人の中には自分も含まれているのですが、まあ、多くは他人に対する期待でしょうね。あの人は、きっとこんな事をしてくれるだろうと「望みをかけて待ち受ける」んです。

例えば私が何か大変な経験をして、それを他の人に話そうとする時、私は(意識はしていませんが)その相手から、「えー、そんなことがあったの! それは大変だったね」みたいな反応が返ってくることを期待しているんです。

なぜなら、その相手が「ふーん、まあ良くあることだよね」なんて返事が返ってきたら、間違いなくがっかりする筈ですから。もしかしたらちょっと腹を立てるかもしれません。

期待はずれ猫

それは、“期待” と違う反応が返ってきたからですよね。

そして、「期待を感謝に変える」とは、相手が期待通りに行動してくれなかったり、物事が期待通りにいかなかった時、がっかりしたり怒ったりするのではなく、“感謝” の感情を持つということです。

私の話を聞いてくれる人が目の前にいてくれることに感謝する。結果は期待通りではなかったけれど、少なくとも更に悪くならなかったことに感謝する。

なるほど、言葉や考え方としては分かるのですが、もう一つしっくりこないというか、腑に落ちないというか。「なるほど、そういう考え方もあるよね」みたいな感じかな。

そして、このセミナーから2ヶ月後に参加したアンソニー・ロビンスのセミナーで同じ話を聞きました(まあ、池松さんの師匠ですから)。

今度は、腑に落ちたんです。というか、「おー、これはすごい」って感じたんです。

人は、自分の人生にも “期待” をします。あなたの人生の「設計図」という形で

アンソニーは、こんな話をしてくれました(きっと池松さんも同じような説明をしてくれたのだと思いますが、その時は私の耳に入ってこなかっただけなのでしょう)。

「幸せの方程式」というものがあるんだと。それは、

人生の状態 = 設計図 ⇒ Happy

今、あなたが置かれている状態が、あなたの人生の設計図通りであるならば、あなたは幸せを感じているということ。

一方、これと対をなす「不幸せの方程式」というものもあります。

人生の状態 ≠ 設計図 ⇒ Unhappy

この「人生の状態」とは様々な側面があります。例えば、金銭面であったり、人間関係、健康状態、仕事、社会的ステータス・・・・・。

そして「設計図」とは、あなたが自分の人生に対して思い描いていた “未来” です。

「いやいや、私はそんな設計図を書いた覚えはない」と言うかもしれませんが、これは全ての人が持っているものなのです。いわゆる、自分に対する “期待” というやつですね。

上で書いた通り、人は様々な場面で色々な人に多種多様の “期待” を(無意識の内に)しているのですが、自分(の人生)に対してもまた、非常にたくさんの “期待” をしているものなのです。

「なんで年収が500万円しかないんだろ」って嘆くのは、自分は年収1000万円(あるいは、もっとたくさん)貰ってる筈という “期待” をしているから。そういう設計図を持っているってことです。

期待はずれ2

幸せ・不幸せを決めるのは、あなたの人生の状態そのものではないんです

ここで大切なのは、「年収500万円」であることが不幸なのではないってこと。不幸せに感じるのは、「年収500万円」が自分の “期待”、すなわち設計図と異なっているからなんです。

もしも最初から「私はこの年齢の時、年収500万円になってる」という設計図を持っていたとしたら、そこに不満も不幸せも存在しようがありませんよね。

一方で、「私はこの年齢の時、年収1億円万円になってる」という設計図を持っている人は、その時点で年収5000万円貰っていたとしても、残念ながら幸せを感じることはできません。

分かりやすいようにお金の話に例えましたが、すべては同じことです。要は、自分はどんな「人生の設計図」を持っているのか、自分にどんな “期待” をしているのかが、幸せ or 不幸せを決めているということなんです。

強調しますが、今のあなたの「人生の状態」が、今のあなたの幸せ、あるいは不幸せを決めているのではないのです。その「人生の状態」が、「設計図」と一致しているかどうかが決めるんです。

自分は、こういう学校を出て、こういう会社に入って、こういう人と恋に落ちて、こういう家庭を築いて、こういう人生を送っていく。その「設計図」(アンソニーは、Blue Print という言い方をしていました)が、あなたの人生の幸せ・不幸せに大きく関わって来るのです。

アンソニーは、アメリカのある著名な女優の話をしてくれました。彼女は、女優として大成功し、お金も地位も名声もある。にもかかわらず、彼女は精神が不安定になるくらい不幸せだったんです。

それは、彼女が「自分の子供を産んで育てる」という「設計図」を持っていたから。そして、彼女はそれを実現するには既に無理のある年齢に達していたのです。

どんなに恵まれていようと、その人の人生において非常に重要なポイントで「設計図」通りにいかないということは、他のすべての幸せを打ち消してしまうほど強いものなんです。

では、この「設計図」をどう扱えばいいのか。もちろん、「人生の状態 ≠ 設計図」の時の話です。「設計図」を捨てる? 書き換える? 無視する?

でも、捨てられるのか? 書き換えられるのか? 無視できるのか?

実は、この話の先に今回の主題である「期待を感謝に変える」というものが出てくるのですが、少し長くなりましたので次回に続きます。


あなたは “与える” 側の人ですか、それとも “奪う” 側?

アンソニー・ロビンスの初来日セミナーから丁度一ヶ月が過ぎました。この一ヶ月が過ぎても、鎮火することなく自分の中で燃え続けていることがたくさんあります。これがアンソニーの凄さかな。

以前、アンソニーの話の中から「アイデンティティ」ということに触れました。アイデンティティとは、「自分とはどういう人間であると “自分自身” を定義づけているか」ということでしたね。

今回もこれと関連する内容なのですが、初日に登壇されたジェイ・エイブラハムのお話を(前回はサラッと流してしまったので)もう少し紹介したいと思います。

あなたが飲み会の席に顔を出した時、その席は更に盛り上がりますか? それとも

ジェイの話の中で特に印象に残っているのは、「あなたは “与える” 人なのか、それとも “奪う” 人なのか」という問い掛けでした。

笑う犬

簡単な例で言うと、あなたがある会合に参加した時、あなたはその場にいる人たちにエネルギーであるとか、元気や笑いを “与える” 人ですかということ。

それとも、その場の人たちからエネルギーや元気や笑いを “奪う” 人ですか。“奪う” と言うと語弊があるかもしれませんが、“くれ!くれ!” っていういわゆる「くれくれ星人」っていますよね。

あなたの周りにも、「あー、あの人はこっちだな」って思い当たる人がいることでしょう。

もちろん勝手な印象ですが、山崎 弘也さん(ザキヤマさん)とか高田順次さんとかは、(中身は別として)典型的な与える側の人間のような気がします。

今現在のあなたがどちら側に属していようと、これもアンソニーの言うところのアイデンティティなんだと思います。あなたが(意識していないと思いますが)自分のことを、「私とはこういう場で、こういう行動をとる人だ」って定義して、その結果が行動に表れているわけです。

人に何かを与えるって、エネルギーが必要なんですよね

私なんかは、どちらかというと奪う側の人間だったと思います。何故かというと、普段の私は決してエネルギーが溢れているというタイプではなかったから。

上で例に出したザキヤマさんや高田順次さんが与える側の人間と思えるのは、彼らがエネルギーの塊みたいに見えるから。“与える” って、やっぱりエネルギーが必要なんですよね。

水が低きに流れるように、エネルギーも高いところから低いところに流れるんです。エネルギーの高い人から低い人へと流れていく訳です。

逆に言うと、エネルギーの低い人は、意識しているいないに関わらず、そして意図しているいないに関わらず、回りの人からエネルギーを奪ってるんですね。

でも、やっぱり与える側の人間でいたいじゃないですか!

笑う犬2

どうすればいいかと言えば、自分のアイデンティティを「拡大」すればよかったんですね。人と交わる時、「自分は回りの人たちにエネルギーや元気を与える人だ」というアイデンティティを、今あるあなたのアイデンティティに加えてあげればいいんです。

その為には、エネルギーに満ち溢れている必要がありますが、これもアイデンティティなんです。

エネルギーの低い人と、高い人とが存在するわけではなく、同じ人の中でエネルギーの低い時と、高い時とがあるにすぎません。なぜなら、エネルギーとは心の状態だから。

自分が参加すると、その席が盛り上がるよなって思えることは・・・・・楽しいと思うな

アンソニーは、常に自分を最高の状態(Peak State)に置いておくことが、成功の80%を決めると言いました。

最初から “常に” というのは難しいかもしれません。でも、例えば「人と会う時、自分はいつもエネルギーの高い状態にある人」というアイデンティティを加えてあげることは出来ます。

最初は意識して意図的に高める必要があるでしょう。でも、繰り返していく内にそれがあなたの新しい(拡大された)アイデンティティとなります。

そうなればもう、しめたものでしょう。自分で自分のことを「私は人と会う時、いつもエネルギーに満ち溢れており、出会う人たちにエネルギーや元気を与える人」と “定義” してるわけですから。

これね、人によってはちょっと心理的な抵抗があるかもしれません。でもね、そうなった自分を想像した時、ちょっとワクワクしませんか。

もちろん今現在、与える側にいる人には関係のない話だとは思いますが、もしも「うーん、どちらかというと自分は奪う側かも」って思ってる人は、チャレンジしてみる価値があると思いませんか。

この「あなたは “与える” 人なのか、それとも “奪う” 人なのか」というのは、何も人と出会う時だけの話ではないんです。例えば会社に対してはどうなのか? 社会には、そして地球に対しては?

すべての場面で同じことが言えるんだと思います。ということは、常に自分を最高の状態(Peak State)に置き、溢れ出るエネルギーを与え続ける人は、間違いなく成功するってことですよね。

これ、自分でやってみると分かりますが、周りの人は直ぐに気が付きますよ。あなたの変化に。

いつも私の中にある言葉、「成長するとは変わることだ」。自分が成長して、そして周りの人がそれに気が付いてくれる。やっぱり、ワクワクするな!


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