古舘春一 『ハイキュー!!』 第25巻 -- “行動を起こす”

以前、高校バレーを題材にした古舘春一さんの『ハイキュー!!』というマンガを紹介しましたが、今回はその第25巻の中の一節を紹介したくて、再登場願いました。

ハイキュー25巻

前回は、当時の最新刊である第16巻を読んだ直後でしたが、それから2年弱で第25巻まで来たんですね。

行動を起こす

舞台背景を少し紹介しておきましょう。主な舞台となるのは、宮城県の烏野高校バレーボール部。そこに所属する1年生の日向翔陽と影山飛雄の2人が主役。

宮城県の県大会で、烏野高校が全国大会常連校の白鳥沢高校を破り、全国大会への出場を決めて一段落したところ。

その全国大会が迫る中、影山飛雄は全日本ユース強化合宿に召集され、同じく1年生の月島蛍もまた宮城県1年生選抜強化合宿に呼ばれ、一人残された日向翔陽は気が焦るんです。

そこで、日向翔陽はメンバーに選ばれてもいない宮城県1年生選抜強化合宿に無理やり参加するという暴挙に出ます。

まさに暴挙。この強化合宿を取り仕切る監督からは、「球拾いとして参加するのは構わないけど、合宿で練習に参加させることは決して無い。その覚悟があるなら参加しても構わない」という許可を貰います。

そして、監督の宣言通り1度も練習に参加させてもらえることはなく、球拾いや参加選手たちの水分補給、洗濯といったサポート作業に精を出します。

合宿の終盤、合宿メンバーとの練習試合のために訪れた白鳥沢高校バレー部。そこに、白鳥沢高校3年でエースの牛島若利がいます。

練習試合の合間、牛島に話しかける日向。同じ白鳥沢高校のバレー部メンバーでも、話しかけるのに気後れしてしまうようなエース中のエースである牛島。

牛島からアドバイスを貰おうと話しかけるのですが、その話の中身はどうでもいいんです。

その姿を見て、白鳥沢高校の2年生が、1年生の次期エース候補にこんな話をします。

「お前は牛島さんに アドバイス求めなくていいの」

そのエース候補の1年生は、「ライバルに助言を求めたくない!」みたいな言い訳をするわけですが、それに対して2年生の先輩が言った言葉が、今回紹介したかった一文。

「少なくとも “行動を起こす” という点で 
 今お前は 烏野10番に確実に 1歩出遅れたワケだ」


行動がすべて

そもそも、日向が強化合宿に無理やり参加したのも “行動” の結果です。

居ても立っても居られなくなって無理やり参加した強化合宿で、監督からは練習に参加させてもらえず、周りからは憐みの目で見られ、言わば針の筵状態。

でも、その結果として日向は確実に成長していくんです。

日常生活の中でここまでのシチュエーションは中々無いと思うけど、でも似たような場面ってのはいくらでもあるように思います。

自分に言い訳をしてその場に留まるのか、無理やりにでも “行動” という一歩を踏み出すのか。結局は、この一歩の差なんですよね。

この一歩の積み重ねでしか先に進むことは出来ないんだなって・・・・

上の写真の金魚鉢の中に書かれている言葉もいいな!

成功ってのは、情熱を失うことなく失敗を積み重ねることから成り立ってるんだ。


古舘春一著 『ハイキュー!!』 -- 良かった半分を盛大に喜ぶ

ここ2~3年、マンガで面白いなって夢中になっているのは、将棋を題材にした羽海野チカ さんの『3月のライオン』と、北海道の大蝦夷農業高校を舞台にした荒川 弘 さんの学園マンガ 『銀の匙』

そしてもう一冊が、今回紹介する古舘春一さんの『ハイキュー!!』という、高校バレーを題材にしたマンガ。この本、JCの最新巻は第16巻ですが、累計発行部数は1400万部を超えているそうです。

ハイキュー

因みに、マンガの歴代発行部数を調べてみたら、1位は『ワンピース』。とにかくダントツの3億2000万部。『SLAM DUNK』は1億2000万部の第8位。『BLEACH』も8200万部。スゴイ!

もう一つ因みに、「ハイキュー」とは「排球」と書いてバレーボールのこと。初めて知りました。これを知る前、何となく「ハイチュー」みたいなノリで頭の中で発音していたけど、全然違いましたね。

「多分 自分で一番 わかってます」

さて、第16巻の副題には「元・根性無しの戦い」とあります。2つ前の第14巻の副題は「根性無しの戦い」でした。この “根性無し” とは、烏野高校バレーボール部1年の山口忠君のこと。

第14巻で根性無しだった山口君は、第16巻では “元” 根性無しになっています。この山口君がどんな成長をし、そしてどんな戦い方をしていくのかというのが第16巻のテーマです。

仲のいい(?)友達がバレーボールをやってるからという理由でバレーボール部に入った山口くんは、飛び抜けて背が高いわけでもなく、アタッカーとして素晴らしいわけでもなく、これといった特徴(あるいは武器)がありません。

そんな彼が、同級生の活躍する姿を見て、こんなことを呟きます。

俺も あいつらみたいに 
自分の身体を操りたい!! 
ボールを操りたい!! 
強い奴らと対等に戦いたい・・・!!!

この気持ちは、スポーツをやっている人はもちろん、スポーツをやっていない人にも十分に理解できますよね。だって、この気持ちって、スポーツに限らないですから。

そして何の武器も持たない山口君が武器として身につけたいと選んだのがサーブです。

OBの方に教えを請い、一生懸命練習し、ある試合のセット終盤の大事な場面に初めてピンチ・サーバーとして投入されます。そしてビビってしまいます。“守り” へと逃げてしまうんです。

コートから引き上げてくる山口くんに凄い勢いで怒鳴ろうとしたコーチに、2年生の先輩がこんなことを言いながら押しとどめてくれます。

「多分 自分で一番 わかってます」

そう、逃げたことを一番良く分かっているのは自分なんです。自分のことを根性無しで、くそカッコ悪いって、誰よりも分かっているんです。

「お前はもう 今までとは決定的に違う選手(プレイヤー)だ」

その試合の終了後、山口くんはコーチの元に行き、お願いをします。

「俺に もう一回 チャンスを下さい」

って。そして第16巻、山口くんは根性無しから “元” 根性無しへと成長します。

次の試合へと向かう山口くんにサーブの師匠であるOBが声を掛けます。「コーチのトコへ自分の意思で行って来たんだろ」って確認しながら、こんな言葉を言います。

「じゃあ お前はもう 今までとは決定的に違う選手(プレイヤー)だ」

山口くんが、「次はもう絶対に逃げない」って “覚悟” を決め、そしてコーチの元にお願いに行った瞬間から、彼は “元” 根性無しとなったんです。

そして試合に出て活躍をし、そのセットが終わって帰って来る山口くんに2年の先輩が「ナイスサーブだったぞ!!」って声を掛けます。

それに対して山口くんは、「でも まだまだです 半分くらいしか 良いの打てなかったし・・・」と返しますが、この後この先輩の言葉がいいんです。

「じゃあ 良かった方の半分を 盛大に喜べ!! 
反省も後悔も 放っておいたってどうせする!
今は良い方の感覚をガッチリ掴んで
忘れねえようにすんだよ!!」

1点1点を積み重ねていくしか道は無い

決勝への進出をかけた大事な一戦の終盤、両チームが死力を尽くして戦っています。

バレーボールはスパイクで跳んで、ブロックで跳んで、おとりで跳んでという動きを短いスパンで何度も繰り返すスポーツ。だから「重力との戦い」でもあるって作中で誰かが言っていました。

必死に 真摯に 1点1点を 点してゆく他 道は無いのだ

ろうそく

あー、本当にそうなんだよなって。

試合が始まっていきなり25本目のろうそくに火を点すことは出来ない。先ずは1本目に火を点し、2本目に移り、10本、20本、そして24本目に来てやっと次が25本目。

そう、当たり前のことなんだけど、その当たり前のことを人生の中ではついつい忘れてしまっているのも事実。

何事かを成し遂げたいと始めて、1本目の火も点いているかどうか怪しいのに、いきなり10本目くらいのろうそくに火を点ける方法はないかなって探している自分。

そんな反省もしてしまった第16巻でした。


あなたに使われないまま死んでいくたくさんの才能が

プロテニスプレイヤーの錦織圭選手、全仏オープンで大活躍ですね。

ユニクロのCMだったかな、錦織選手が笑顔で楽しそうにテニスをプレーしている映像があって、なんか本当に楽しそうに、普通の人には出来ないようなことを軽々とやってるんですよね。

まるで、「テニスの王子様」の越前リョーマみたいなプレー(分かる人には分かる?)。

見ていて思ったのは、あんなに自由自在に自分の思い通りにボールが操れたら、それは楽しいだろうなってこと。テニスに限らず、そういうことってありますよね。

出来なかったことが出来るようになるというのは、人生の中でも後々の記憶に残っていく本当に嬉しい瞬間。そしてそれが、回りの人には出来ないようなレベルまでいけたなら、これはもう・・・・・

誰にでも出来ることを、誰にも出来ないくらいやる

先日、伊勢佐木町のイベントで「馬車道ジャズフェスティバル」を見に行ったら、人ってこんなレベルまで到達できるんだって、本当に驚くほど演奏技術の素晴らしいギタリストに出会いました。

ギタリスト

松井祐貴さんというギタリストの方ですが、この人の演奏を見ていて、やっぱり同じようなことを感じました。あー、本当に楽しそうだな、って。

良く耳にする言葉ですが、「誰にでも出来ることを、誰にも出来ないくらいやる」ってのがあります。回りの人よりも抜きん出るために必要なのは、誰にも “出来ないこと” をやることではないよって。

テニスやギター演奏が「誰にでも出来ること」って話じゃなくて、要は小さなことの積み重ねってこと。テニスプレーの動作の一つ一つ、ギター演奏の指の使い方の一つ一つ。これを練習に練習を重ねて洗練させていくこと。

何かを習得するための “練習” ってのは、誰にでもできるけど、その練習の頻度とか深度とかを「誰にも出来ないくらいやる」ってことでしょうね。

何であろうと上手ければ上手いほど楽しい! もちろん人生も

その内に紹介したいなって思ってる最近はまってるマンガがあります。古舘春一さんの「ハイキュー!!」ってマンガなんだけど、その中に一人(自称?)根性無しの選手がいます。

高校バレーを題材にしたマンガで、他のメンバーがみんな素晴らしい活躍をして輝いている中で、一人だけ取り残されている1年生の山口忠くん。

この彼が言うんです。

「俺も あいつらみたいに 自分の身体を操りたい!! ボールを操りたい!! 
強い奴らと対等に戦いたい・・・!!」

もちろん、錦織選手や松井祐貴さんとは次元の違う話だけど、この気持ちもまた良く分かります。だって、テニスだろうが、ギターだろうが、カラオケだろうが、上手ければ上手いほど楽しいから。

そして、根性無しの彼がそう自覚した時から成長が始まるんです。自分は今いる場所で “満足” って思っている限り、そこに成長の余地はありませんよね。

人生も同じかな。自分の人生は自分の責任なんだって自覚したときから、そして自分の人生を自分の思い通りに生きたい、そのために努力するんだって決めた瞬間から成長が始まるんでしょうね。

人生に操られるんじゃなくて、自分が人生を操るんだって。

操り人形

あなたに使って欲しかったのに、今日あなたと一緒に使われないまま死んでいく

山口瞳さんの長編小説「けっぱり先生」に登場する主人公の宮川が、新聞記者の仕事を辞めて学校の先生になりたいと猪俣校長に訴えかける場面があります。彼はこんなことを言います。

「私はレースに参加したいと思ったのです。人生のレースに・・・・・。」

沿道に立って、自分の人生が流れて行くのを見ているだけの “傍観者” から、人生というレースの “参加者” になりたいんだって。

私も含め多くの人は、「いやいや、自分は自分の人生を操ってるよ」って思っているかもしれません。でも、「自分の人生の主人公は自分だ!」って胸を張って言えるかというと、私は・・・・・

このところ何度か紹介している「サクセス・ウィズアウト・リミット」の登壇者の一人、レス・ブラウン氏の話の中に印象に残った言葉がありました。

「あなたが死ぬ時、あなたの死の床を取り囲むたくさんの姿が現れます。あなたの夢や才能が、あなたに使って欲しかったのに、今日あなたと一緒に使われないまま死んでしまうんです」

表に出してあげないと、使ってあげないと、努力してみないと、自分でも気がつかないたくさんの夢や才能が、私やあなたの中に眠ってるんです。早く見つけてくれって願いながら。

隅々まで探してあげたいな。


ジェフ・ケラー著 「成長の法則」 -- 成長したいという思いこそが

ジェフ・ケラー著 「成長の法則」のご紹介。

「成功」という言葉を使ってしまうと、なんとなく “いやらしい” 感じを受ける人もいるだろうし、人によっても「成功」の定義は違うだろうし、なかなか一括りに出来ない面もあると思います。

「良い結果=成功」という、 “結果” ありきの言葉のイメージが強いと思いますが、私自身は “過程” にこそ関わるべき言葉じゃないかなって感じることがあります。

では、“過程” って何?っていうと、それは “成長” なんじゃないかなって。

著者は、「成功とは、自らを絶えず成長させ続ける結果として得られる報酬だ。成長しようと努めること自体が成功している状態だといってもよい」と書いています。

成長の先に成功があるのではなく、成長していく姿こそが成功だってことです。

成長する芽

少し前に、イタリアの素人オーディション番組に出演した修道女が一夜にしてスターとなり、世界中で話題になったことがありましたが、ウーピー・ゴールドバーグを思い出した人も多いのでは。

以前、アカデミー賞女優の彼女が、俳優修業をする若者たちから次のような質問を受けました、という話を書いたことがあります。

私たちは、将来、役者になることを夢見て、毎日毎日、厳しい修行を積んでいます。こうした私たちの努力は、いつか報われるのでしょうか?

この質問に対するゴールドバーグの回答が、とても強く印象に残っているんです。

いま、あなた方は、いつか役者になりたいとの夢を持ち、素晴らしい仲間とともに、励ましあい、助け合いながら、毎日その夢を追い求め、目を輝かせて生きているのでしょう。そうであるならば、あなた方の努力は、すでに報われているのではないですか。

夢を求めて生きることの本当の意味は、ここにあるような気がします。夢があるからこそ、その夢を手に入れたくて、人は大きく成長していくんだろうなって。

「夢破れ」たとしても、そこには大きな財産が残るような気がしますが

たまに、「夢破れて・・・」といった表現を目にすることがありますが、印象的には人生の “敗残者” みたいな使われ方をしているように思います。

でも、これって逆のように思うんですよね。

今、古舘春一さんの「ハイキュー!!」という、高校バレーボールを題材にした漫画にはまっています。主人公達が所属する烏野高校バレーボール部は、主人公も含めまだまだ発展途上。

全国大会への出場を目指し、インターハイ予選に出場するも3回戦で敗退します。そして悔しさで泣き崩れます。

負けるのは彼らだけではありません。全国大会へと出場できる1校以外はすべて敗退校なんです。全国大会に出場できた学校も、そこで最後まで勝ち残るのは1校だけです。

特に3年生は、多くの場合負けた試合が高校最後の試合になるわけです。ほとんどの3年生が、 “夢破れて” 高校を卒業していくことになります。

じゃあ、彼らは敗残者なのか? 答えは、言うまでもありませんよね。きれいごとでもなんでもなく、彼らはみな成功者(って言葉はそぐわないかもしれないけど)であるはずです。

本書の著者の言葉を借りれば、「成長しようと努めること自体が成功している状態」なのですから。

バレーボール

微妙に横道に逸れた感がありますが、まあ、言葉では「成長しようと努めること自体が成功している状態」なんてことを言っていても、ついついその努力を忘れている自分がいるわけで。

本書の中身も大抵分かっているし、それほど特別なことを言っているわけでもないけれど、たまにこの手の本を読んで、自分の心に火をともさないとなって(ま、ボヤ程度としてもね)。

すべての土台にあるのは、「自分の人生に責任を持つ」ってことなのかも

成長の法則本の紹介なので、50個の内からいくつか。

【地道に努力する】

多くの人は地道に努力を重ねるのを嫌がります(私もです)。そして、すぐに欲求を満たそうとする傾向があります(私もです)。

「一夜にして成功するには10年かかる」なんて格言も。

マクドナルドの創業者レイ・クロックは、「私は一夜にして成功をおさめたと思われているが、その一夜というのは30年だ」と語ったそうです。

上に書いたとおり、「地道に努力する」過程、そのものが成功なんだってことを肝に銘じる必要がありますね。すべては、やっぱり「努力」という言葉に集約されるんでしょう。

【常に最善をつくす】

最善をつくさないときに最も被害をこうむるのは、ほかならぬ自分自身です。

人は習慣の生き物です。人を2種類に分けると、最善をつくそうと努力する習慣が身についているか、何をするにもいい加減に済ませてしまうことが習慣になっているか、のどちらかでしょう。

今日は手抜きをしても明日は最善をつくせばいいと考えるのは、「甘いな~」。そんなこと出来っこないんです。だって、習慣とはそういうものなんですから。

最善をつくすのは、常に今日であるべきなんです。

【失敗を歓迎する】

常に最善をつくしたとしても、それでも失敗はするでしょうね。でも、これだけは忘れないように。

「何かをしようとすれば、失敗を避けることはできない。逆に言えば、失敗せずにできるようなことは大したことではない」

【自分の人生に責任を持つ】

大層なことを言ってるみたいですが、これ簡単な話で、例えば「努力する」のも、「常に最善をつくす」のも、「自分の人生に責任を持つ」ってことです。

要は、人任せにしないで、最善の結果を得るために “自分” が行動するってこと。

行動の結果、失敗したとしても、それを誰かや何かのせいにするのではなく、 “自分” で受け止めることも「自分の人生に責任を持つ」態度です。

これ、大事なことで、ここに成長のカギがあるんです。失敗しても、誰かや何かのせいにしている限り、そこに成長はありません。これは本当にもったいないこと。

変化を起こすより責任転嫁や言い訳をするほうが簡単だからですね。自分の能力を磨く努力をするより、「景気が悪い」「上司が悪い」と愚痴をこぼしているほうが楽ですからね。

自分への戒めも込めて。

【幸せを選ぶ】

表現が変? 「幸せ」って、選べるの?

幸せになるかどうかは自分の選択であることを認識すべき。持っていないものに対して不満を並べるのではなく、自分が受けている多くの恩恵に感謝することを選べば、即幸せになれます。

誰か他の人やモノが、あなたを幸せにしてくれると考えるのはまったくの見当違い。外的な働きかけによって永続的な幸せを実現することは不可能なんです。

【最高の気分でいる】

繰り返しますが、心の持ち方は常に自分の「選択」だということ。

職場で散々な目にあって疲れ果てて帰宅したあなたは、ソファにぐったり座って立ち上がる気力もない。その時、電話がかかってきて、応募した懸賞に当たり、賞金1億円が手に入ることがわかった。

さて、あなたはどう反応するでしょうか。おそらく、ソファから飛び上がって歓声を上げるでしょう。

先ほどまでぐったりしていたあなたはどこに行ってしまった? 

要するに、私たちはどんなときでもポジティブになることも、ネガティブになることもできるのです。それは、あなたの「選択」なのですから。

ならば、いつも「最高の気分を選ぶ」ことにした方がいいよねってことで、これはアンソニー・ロビンスのセミナーで学んだ「常に自分を Peak State に置く」ってのと同じこと。

「気分」を選ぶのも、「幸せ」を選ぶのも自分自身だって頭で分かっていたとしても、それを “感情” にまで持ち込んでくるのは、そう簡単なことではありません。

アンソニーの教えは、「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったり」することで、 “体の状態” を持ち上げ、自分の中のエネルギーを高めるってこと。

その結果として “感情” に影響を及ぼすんだ、って。

いずれにせよ、落ち込んで、肩を落として、下を向いていても何もいいことは起こりませんからね。胸を張って、上を向いて歩いていきましょうか。


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