佐藤富雄著 「自分を変える魔法の口ぐせ」 -- 梅干を想像すると

以前、てんつくマンの講演会について書いた際、「あー幸せだな」ってオーラを出している人と、「今、幸せじゃあないのよ」っていう人との違いは、彼らの使っている言葉にあったという話をしました。

普段の生活の中で、「無理」とか、「難しい」とか、「面倒臭い」といった言葉を口癖のように言っている人は、本当に幸せになりにくい人たちのようだよ、って。

そう、「言葉」なんです。

「あなたの発する言葉が、あなたの人生を創る」とは、佐藤富雄著 「自分を変える魔法の口ぐせ」の中で語られている言葉。

自分を変える魔法の口ぐせ私たちは過去の「習慣の産物」です。表情、話し方、姿勢、歩き方、食事や睡眠といった生活スタイルも、日ごろの何気ない習慣が積み重なってできたもの。

そして、数ある習慣の中でも最も自覚しにくく、なのに最も強力に人生に影響を及ぼすものが「思考習慣」。

いわば “考え方” の癖です。

そして重要なのは、物事の受け止め方や考え方の癖、つまり思考習慣は、あなたの行動を決定していくということ。

意識や思考の内容がダイレクトに体に影響を及ぼし、あなたが考えた通りの現実を招くのです。

そして、この意識や思考を司り、それらと表裏一体をなすのが “言葉” 。この言葉の習慣、つまり「口ぐせ」こそが思考習慣を形成する源となるものなんだよ、ってのが本書のメインテーマ。

人生の違いは、口にする “言葉” の違い?

このブログで、「人生の違いは、考え方の違い」ってことを何度も書いています。

「やっても無駄」って考えるのか、「やってみなけりゃ分からない」って考えるのか。何事かが降りかかってきた時、ピンチって怯えるのか、それともチャンスだってワクワクするのか。

どっちの顔

まあ、上の例ほど大げさではないとしても、生きていく中の至るところで、目の前の出来事に対してどう受け止めるのかが、結局は自分の人生を創り上げているんだってことは否定できませんよね。

先に書いた通り、何事かが起こったとき、それをどう捉えるのか、どう考えるのかが、わたし達の次の行動を決定していくのですから、そりゃー “人生” を変えるわけですわ。

「口ぐせ」(言葉)が「思考習慣」(考え方)を形成し、その思考習慣が「人生」を創り出す。すなわち、「あなたの発する言葉が、あなたの人生を創る」ってことです。

だからこそ、意識的に肯定的な言葉を「選択」し、良い口ぐせを「習慣化」することで、人生に対する正しい「考え方」を身に着けられるようにしていきませんか、という提案。

以前、小林正観さんの 「『そ・わ・か』の法則」 を紹介した中で、朝起きてベッドから出る前に、「ありがとう、ありがとう・・・・」と100回言ったとすると、脳は「なぜ、現象がないのに『ありがとう』なんだろう」と突然不安定になり、「ありがとう」の合理的な理由を探し始めるらしいということを書きました。

先にたくさんの「ありがとう」を言ってしまうと、目にするものに対して「ありがとう探し」が始まります。カーテンを開けたら太陽の光がパーッと差し込んできて、「あー、うれしい。ありがとう」って。

白いご飯に湯気が立っていると、「あー、御飯がおいしそうだ、ありがとう。早く起きて、ご飯を作ってくれて、ありがとう」って、次々と「ありがとう」が見つかっていきます。

同じように、取り立てて何かいい出来事があったわけでなくても、「楽しかった、嬉しかった」と言葉にするだけで、自律神経はいきいきと働き、心身ともに快調にしてくれるものなのです。

梅干を “想像” するだけで

下の写真を見たとき、あなたの体にはどんな反応が起きましたか。

梅干

実際に梅干を食べたわけでもないのに、口の中にたくさんの唾液が出てきたことでしょう。写真を見ることさえ必要もありません。梅干を “想像” しただけで、唾液や胃酸が分泌されますよね。

これは、脳が抱いた想像イメージは、体内の生化学反応に影響を及ぼすということを示しています。つまり、たとえ想像上のことであっても、現実のことと同じように体が反応してしまうのです。

心と体は不可分の関係にあり、相互に影響しあいます。だからこそ、心のストレスで、体が病に冒されるということが起こるわけで。

1970年代、アメリカの麻酔生理学研究室でボランティアとして研究に参加した被験者たちに、本物のモルヒネと薬効のない偽薬とを投与して抜歯するという実験(手術)が行われました。

被験者たちの半数は、薬効のない偽薬が投与されたにもかかわらず、その内の6割の人たちに強い鎮静効果があったそうです。彼らは、モルヒネで痛みを感じないと “信じていた” からです。

更に驚いたことに、その脳内にはモルヒネの200倍もの麻酔効果がある物質が合成されていたそうです。 “信じていること” を現実のものとして表現できるように、脳内ではそれに見合った物質が作られていたのです。

脳という仕組みは、本当にミステリアス。大脳が思い描いた想像イメージと自律神経の連動により、現実を動かしていくことができるんですね。

良い考えを選択して脳にインプットすることの重要性は、まさにここにあります。だから、「考え方が変わると、人生が変わる」のです。

ということは、使う “言葉” を変えれば、人生が変わるということなのです。



【良き人生か?】カテゴリ目次 - Page 03

3月31日 古い日々に別れを告げ、新しい明日へと

Night-007
聖路加病院名誉院長の日野原さんの、「命とは、みんなが持っている時間のこと」という言葉に触れて、自分を振り返ってみると。

長年続いた今の会社人生に対して、「私は命のムダ使いをしていないか?」という質問に、「そんなことはない」とは正面向かって言えなかった自分がいました。
3年後、5年後、そして10年後はどんな人生を歩んでいるのかな

Night-008
いい大学に入ったら、いい会社に入れて一生安泰なんてのは幻想になってしまった今の日本。そもそも“いい会社”って何? 

昔で言えば、大きな会社に入れれば、つぶれることはないから一生安心、というのもいまや神話に過ぎないでしょう。今日栄えていた会社が明日つぶれる、なんていうのは日常茶飯事だしね。
ロバート・キヨサキ氏のセミナーに参加してきました

Night-009
「経済的に独立していないということは、気づいているかどうかに関わらず、誰かの奴隷である」

彼の言うことに首を傾げる部分もないわけでなないですが、この言葉に真実があるのも事実です。

中流の人たちは、資産ではなく負債を買うために生涯を費やしている、という指摘にも残念ながら納得します。
目標達成に向けて行動を“起こさない”自分と向き合って

Night-001
人生の目的へと繋がっているような目標は、あなたが安全領域の外側に出ない限り達成できないようなものではないですか。

でも、安全領域の外側で真っ先に出会うのは、「恐れ」「不安」「恥ずかしい」といった負の感情に違いないんです。それを知ってなお、外に踏み出していく勇気や理由をどこから見つけてきましょうか。
自分がどんな「連想体系」を持っているか気がついていますか?

Night-002
ほとんどの人が夢を実現できない理由は、「痛み(恐れや不安)を避けたい」という動機に、「快楽(夢)を得たい」という動機が負けるからです。

なぜ負けるかと言えば、「不安」や「恐れ」といった「痛み」の方が、「夢」よりもリアルに、身近に、そして力強くあなたに迫るからです。
「行動」を起こすことで、何かを失うと恐れている?

Night-003
・1年後、5年後に何が欲しい? どんな自分になっていたい?
・そのためには、どんな目標を達成する必要がありそう?
・もし、「欲しい人生」を達成できなかったとしたら、どうなる?
・目標を達成するために、どんな行動をすることが必要かな?
・目標達成に必要な行動で、大きなチャレンジと思われる物は何?
・その「行動」が実行できたとしたら、どういう人生になれそう?
松本守正さんのワークショップに参加して

Night-004
「自分はマイナス思考だと思う人?」、「自分は消極的だなって思う人」、「自分は暗いなって思う人」、「不倫をしている人」、「今日覚せい剤を打ってきた人」、「自分は頑固だなって思う人」。

この中に“真実”は2つしかありません。それは「不倫をしている人」と「今日覚せい剤を打ってきた人」ってだけです。

それ以外は全部「脳の錯覚」。真実でも事実でもなく“錯覚”。
松本守正さんのワークショップに参加して(その2)

Night-005
生き方には逃げるか、守るか、攻めるかの三通りあります。

逃げたら、人生が終わります。守る人生は、しぼんでいきます。

結局、選択できる生き方は一つしかないということです。攻める生き方です。攻める生き方とは、自分と闘う生き方。自分の人生を変える(より良いものにする)ために、自分と闘うんです。
松本守正さんのワークショップに参加して(その3)

Night-006
「私には出来る」って一生懸命思い込もうとしている横で、「あなたには無理だ」って言う人たちはたくさんいます。

それは、みんな心が貧しいからです。みんな夢なんか持たないようにして、這いつくばって生きているのに、あなただけ成功したら面白くないからそんなことを言うんです。
松本守正さんのワークショップに参加して(その4:最終回)

Night-010
外野席のおっさんは、「あなたには出来ない」、「そんな夢を持っても無駄だからやめとけ」って言います。そんなの知ってるよ、分かってるよ、これこれこうじゃろ。無理だよ、出来るわけないよって。

でもそんな人、あなたの人生には何の関係もないでしょ。何にも挑戦していない人が、何を言っても、そんなのあなたには何の関係もないんです。あなたは、そんな人の言葉を信じて生きてくの?


「わたしの人生これで良し」って言える? あるいは、言いたい?

先日、購読しているメールマガジンの中に、こんな内容の記述を見つけました。

人は、もっとお金を稼ぎたいとか、いろんな所に旅行してみたいとか、もっと痩せたいとか、もっとモテるようになりたいとか、更に言えば人生を変えたいといった、いろんな欲望を持って生きています。

でも、ほとんどの人は、そのようにならないというのが現実でしょう。こうなったらいいなって思いながらも、そうならない日々が、何年も何年も続いていくのです。

冬の夕暮れ

わたしの人生が変わらないのは、面倒臭いから?

じゃあなんで、ほとんどの人の人生がぜんぜん変わらないのかというと、「結果を出すためにやるべき行動を全くと言っていいほどやらないから」なんですね。

お金を稼ぐためにやるべきこと、旅行するためにやるべきこと、痩せるためにやるべきこと、モテるためにやるべきことが「分かっている」にもかかわらず、それをやる人はごく少数です。

なんで、やるべき行動が出来ないのかというと、やるべき行動をやろうとしても、面倒臭くてやりたくない気分になってしまうからです。

そうなんです。すごくシンプルです。なりたい自分があっても、そのための行動が面倒臭いんです。だから、いまのままの自分でいいやって思っているんです。

そして、慣れている行動や、やりたい気分になる行動だけしかやらないので、生活も人生もぜんぜん変わらないというわけです。

自分の感情を大切にして、自分のやりたいことだけしかやらないということは、これからも、これまでと同じような人生を生きていくことを意味しています。

先日ご紹介した中村文昭さんのお話で言えば、面倒臭いっていうのは「我が都合」ですよね。面倒臭いからやりたくない。

そのやるべき行動だって、「100m9秒台で走れとか、学校ろくすっぽ行っとらんかったおまえに、数学の難しい計算式解けと」といった、無理難題ではない筈なんです。

ただただ面倒臭いからという理由だけです。

“必ず” という方法があればという無いものねだり

まあ、自分が面倒臭いって思って、だから行動できなくて、結果なりたい自分になれないだけなので、誰にも迷惑かけないし、自己完結しているんで勝手にすればってことでもあるんですけど。

それでも、やっぱりあれが欲しい、これがやりたい、あんなふうになりたい、って思いはくすぶり続けて、決してあなたの心の中から消えて無くなることはありませんよね。

ではどうするか。これまたシンプルです。「面倒くさい行動もやる」しかありません。(本当は、面倒臭い行動を楽しめれば一番なんですけどね)

一方で、「こうなるためにやるべき行動」が分かっていてもって書きましたが、「こうなりたい」って欲望が強くあって、「これをやれば “必ず” なれる」って方法が分かっているならば、大抵の人はその行動を取るのではないでしょうか。

でも、世の中に “必ず” なんて方法はないんですよね。やっぱり、“可能性” の話になってしまうと思います。

するとそこに、“できない理由” が生まれてくるんです。

例えば、以前紹介した中村俊輔さんの「サッカーノート」や、江連忠さんの「ゴルフノート」などは、何かを上達したいと思った時、もの凄く効果の有る方法だというのは、誰にも異論の無いところだと思います。

もの凄く効果は有りそうだけど、それでも “必ず” ではありません。だから大抵の人は、「サッカーノート」や「ゴルフノート」を面倒臭いと言ってやらないんです。そして、サッカーやゴルフが上手くなれない理由を言うんです。

結局、「わたしの人生これで良し」って言えるか(あるいは、言いたいか)どうか

結局のところ、“面倒臭い” を乗り越えるような強い欲望や、“できない理由” なんて言ってられないような危機感を感じるしか、これらを打破していく道はないのかもしれません。

ただ、ここで “必ず” って言えることは、繰り返しになりますが、

自分の感情を大切にして、自分のやりたいことだけしかやらないということは、これからも、これまでと同じような人生を生きていくことを意味している。

ってことです。

それでも、「わたしの人生これで良し」って言えるのか? 棺おけに片足踏み入れた時に、「我が人生満足だったなあ、完璧だったなあ、思い残すこと無し」って、自分に言えるのか?

そのことと真剣に向き合ってみる必要がありそうです。



20ヶ月後の、イタリア縦断自転車旅を夢見て

今日、自転車仲間と焼肉を食べながら、ビールを飲みながらいろんな事を話していたら、海外に自転車で旅に出るという話題で盛り上がってしまいました。

彼とは、一緒に様々な国を旅をした仲です。もう20年以上前の話なので、自転車ではなく電車での旅がメインでしたが、現地に着いて格安ホテルを探してという自由気ままな旅でした。

候補地はイタリア

今回の行き先候補は色々とありますが、取り敢えず候補先として残ったのはイタリアです。イタリアを自転車に乗って縦断してみたいね、と。

と言っても、自転車で行くとなると、情報収集も含めて事前準備を入念にしておく必要があります。旅行期間も一週間とかでは済まないので、そのあたりの準備(家族の了解とかもね)も必要でしょう。

取り敢えず時期として設定したのは来年(2014年)の夏から秋にかけて。今からなら1年半以上の準備期間が取れるし、時期的にもエアーチケットが安く、気候も気持ちがいい季節です。

イタリアには3回訪れていますが、最後の機会から既に20年以上の年月が経っています。イタリアって、食事が美味しいんですよね。スパゲッティも美味しかったし、食前酒(なんて名前だったかなー?)を飲むのに入ったバールも本当に楽しかったです。

イタリア
まだ、“思いつき” レベルなので、これから細かいところを詰めていく必要はありますが、それまでの準備期間含めて考えるだけでワクワクしてきます。

一度の人生、やりたいことをやって生きたい

この会話の一番最初にあったは、「自転車で海外の街並みを走ってみたい」という思いでしたが、同時に、あとどれくらいの “人生” が残されているのかなってこともあります。

10年? 20年? 何歳まで生きられるのかは別にして、アクティブに行動(自転車でイタリア縦断とかね)できるのは、いいとこあと20年くらいしか残されていないのではないでしょうか(いや、本当は「まだ20年も残されてる」ってことなんですけどね)。

だったら、“やりたい” って気持ちがあるなら、やれる時にやっておかないと後悔するよねってことです。体の自由(健康状態)が制限されてしまったら、どんなに気持ちがあっても出来なくなるわけです。そして、その時は間違いなくやって来るわけですから。

ミラノからアマルフィまで約1200km

ルートは、イタリアの主要都市を中心に、こんな感じに計画してみました。(元の地図は、旅行のとも ZenTech さんのを利用させて頂きました)

イタリア自転車ルート
飛行機で入るのはミラノが便利そうなので、ミラノをスタート地点にして、1日の行程を100~150kmくらいで考えています。

ミラノ ~ ベネチア ~ フィレンチェ ~ ピサ~ローマ ~ ナポリと辿って、アマルフィが終点。

今回はベネチアは諦めて、ミラノからジェノバに下って、そこから海岸沿いを走るというルートもありそうです。アマルフィから先はそれほど景勝地が無さそうなので、日程を考えるとアマルフィが終点でもいいかなと。

アマルフィから、今度は電車で輪行してミラノに戻る。あるいは、電車での帰り道にベネチアに寄ってというのもありそうです。

本当に大雑把ですが、約1200km の行程です。移動日を10日間とすると1日平均120km になります。

朝7時に出発し、夕方5時に次の街に到着。全体の平均時速 12km/h で10時間走って 120km。自転車での巡航速度を 18km/h に出来れば、昼食の時間や、途中での休憩とか全てひっくるめて考えても、平均時速 12km/h くらいにはなるのではないでしょうか。

ただ、日本とは違って異国の地ということを考えると、余裕を見て1日100kmくらいの移動距離に収めた方がいいのかもしれません。

自分自身に課した目標が達成しない限り、実現することはないでしょう

走行日と同数の滞在日を取ると、全行程で約3週間。日本からの往復や予備日とかを考えていくと、やはり一ヶ月くらいの旅になりそうです。

一ヶ月という長い期間を確保する必要があるのと同時に、当然、お金の問題もありますよね。

本当に安いホテルを見つけて、食事も質素にして、1日5000円として30日間で15万円。往復の飛行機代が15万円とすると、合計で30万円か。

30日間の期間と、30万円のお金。どちらも何とかなりそうな気はしますね。少なくとも、「残された人生の中で、やりたいことに果敢にチャレンジしていこう」という前提で考えれば、“絶対無理” という目標ではないでしょう。

ただ、私自身としては、単に「期間を確保して、お金を貯金して」ということでは済まないと思っています。今、自分の胸の中にある “目標” を達成しない限り、この旅に出ることはできません。

その “目標” を目指して行動しようとして何も出来なかったのが2012年という年でした。

もしも、今年も何も行動せず終わってしまうようであれば、「イタリア自転車縦断の旅」は決して実現しないということになります。

それは、自分自身も悲しいし、一緒に行こうと約束した友人にも申し訳が立ちません。

私自身の “目標” に向けて行動していくための大きなモチベーションにしていこうと思います。少し長めのスパンの中で、その先にある “ご褒美” を手に入れるために、今日を行動する。

結構、分かり易くていいような気がしています。


何のためになるんだ?! でも、これが人生っ!

30年振りに古いギターを引っ張り出して来て、ギターの練習を再開してから2週間少しが過ぎました。

natsuさんの「初心者のためのアコースティックギターサイト」を参考にさせてもらいながら、先ずはコードの押さえ方を順次覚え直しているところですが、このサイト、本当に素晴らしいです。

30年前にギターから離れてしまったのは、結局はうまく弾けるようにならなかったからなんですが、それ以前に、学ぶ方法が本くらいしかなかったので、どうやって上達していったらいいかが全然分からなかったんです。

リズムの取り方なんて、本ではすぐに限界がきてしまいます。30年前にこんなサイトがあったなら、今頃はプロ級の腕になっていたかも(?)。

ヘッド
取り敢えずは、サイトの中で紹介されている循環コードを使って、コードチェンジの練習をやっていますが、当然のことながら指は動かないし、弦もキチンと押さえきれないし、だから音が濁るし、指先は痛くなるしで、もう散々。

それでも、続けている内に少しずつ出来るようになっていくのは、本当に“快感”です。新しいことを学ぶって、そして出来ないことが出来るようになることって、本当に嬉しく、そして楽しいものですね。

最初の頃は、弦を押さえる左手の指先がすぐに痛くなって、本当に短い時間しか練習できなかったのが、指先も触ってみると少しずつ固くなってきて、それに伴って一度の練習時間も少しずつ伸びてきました。

面白いというか、正直というか、使えば鍛えられるし、使わないと衰えていく。これって指先に限らず、体の他の部分も同じだし、更に言えば“心”も同じなんです。これも原則の一つなのでしょう。

初心者にとっては最初の難関「Fコード」にご対面

さて循環コードですが、「初心者のためのアコースティックギターサイト」で紹介されているのは5つ。 |G|C|D|G| から始めて、少しできるようになってきたので、次は |F|G|Em|Am| にチャレンジ 。

そう、この循環コードにはバレーコードとして最も代表的な「F」が入っているのです。

バレーコードというのは、人差し指で複数弦を一度に押さえるコードのことで、指一本につき弦一本を押さえるコードに比べ、指一本で複数の弦を抑えるため押弦の際の力を必要とするので、初心者にとっては最初の(そして、もしかしたら最大の)難関になるのです。

Fコードが押さえられなくて挫折し、そしてギターをやめてしまう人が多いのは、昔も今も変わらない現実なのです。

私自身、30年前にFコードが押さえられるようになったという記憶がありません。極力、Fコードが入っていない曲を選んだり、転調したりと、色々と誤魔化して演奏していたような気がします。

時は移り、ネットには様々な情報が存在し、Fコードを押さえるためのコツを紹介してくれるブログなどもたくさんあります。うーん、便利な時代だなあ。

出来なかったことで出来るようになるって、本当に嬉しい

Fコードを押さえるポイントは色々とあるんですが、わたし的に「これだ!」って思ったのは次の二つ。
  1. 人差指では6・2・1弦の3本だけを押さえればよいことを意識する
  2. 人差指の「腹」ではなく「側面」で弦を押さえる
1.は、バレーコードということで、人差し指で6本の弦全てを押さえるというイメージを持ってしまいますが、実際には、3・4・5弦は他の指で押さえているので、人差し指の役割ではないんです。

当たり前と言えば当たり前ですが、改めて指摘されてみると「成程!」って納得します。

2.も、何も考えずにやってしまうと人差し指の「腹」で押さえようとしますが、「腹」の部分って柔らかいから、ここで複数の弦をキチンと押さえるのは本当に難しいんです。

実際には、人差指を斜めに傾けて(親指側の)「側面」で弦を押さえるのです。さらに人差指を少し内側に湾曲させることで、人差指の先端で6弦を、根元で2弦と1弦をがっちりと押さえ易くなるんです。

で、冒頭に書いた通り2週間少しの練習期間が過ぎたわけですが、この難関のFコードを押さえて、キチン澄んだ音が出るようになってきたんです。

まだまだコードチェンジの流れの中でスムースにというわけにはいきませんが、一旦テンポが中断しながらも、何とか音は出るようになりました。

素直に嬉しいです。30年前の若い時でさえ出来るようにならなかったかもって思うだけに、余計に嬉しく感じます。

何もかも、すべて含めて、それが人生!

たまにフッと疑問に思うことがあるんですよ。例えば、自転車のトレーニングに出かける時とか。

結構しんどいトレーニングになるのは分かっていて、行くのが面倒臭いって気持ちもあったり。そんな時、なんのためにトレーニングしてるんだろって。このトレーニングの成果を発揮できる具体的な予定(例えばレースとか)も無いのに、こんなことしていて意味があるのかなって。

ギターの練習も同じです。少なくとも現時点で、人に聞かせるとかの予定も積りも無いのに、一生懸命練習して、それでどうなるんだろって。

でもね、これを突き詰めていっていまうと、何のために生きているのかとか、なんのための人生なのかってところに行き着いてしまうんですよね。

別に、“意味のあること”だけが人生なわけではないですから。「そんなことやって、何の意味があるの?」ってことまで全て含めて人生なんです。

大切なのは楽しむこと。高橋歩さんも言っています。

夢があろうとなかろうと、楽しく生きてる奴が最強



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