荒川 弘 著 『銀の匙』第12巻 -- あの山越えたら何がある?

荒川 弘 著 『銀の匙』、面白いなあ。単行本が出るのを毎回楽しみにしていますが、今回も発売されたばかりの第12巻を息子が買ってきたので、さっそく拝借して読みました。

銀の匙12巻農業とは全く縁のないサラリーマン家庭に育った八軒勇吾が、北海道の大蝦夷農業高校(エゾノー)に入学するところから始まる学園マンガです。

今回は3回目の紹介になりますが、最初に紹介したときには、作中に出てくる食べ物(or 食材)が「もの凄く美味しそう!」って感じられるのが、個人的にはポイント高いなーって話を。

2回目の紹介は、第11巻の中でヒロインの御影アキが言ったこんな言葉に触発されて書きました。

「なんかね、今は無理でも、
      これもそのうち跳べるようになると思うんだ」

今は無理だけど、成長していけば跳べるようになる日が「いつか必ず」来る、って。

第11巻の大きなテーマが「成長」だとすると、第12巻のテーマは「夢」なのかもしれません。

あの山越えたら何があると思う?

八軒は学生起業を画策している真っ最中。そんな八軒のことを、友人の駒場一郎(いっちゃん)とアキが(山に囲まれた牧場で)話すシーンがあります。

「次から次へと未知の世界に踏み込んでって怖くねーのか」って、いっちゃんの呟きに対して、アキがこんなことを言います。

「いっちゃんさ、あの山越えたら何があると思う?」

「・・・・・山だべ」

「私ねぇ、小さいころ あの山越えたら大都会があると思ってたんだよ! ギラギラの!

で、お小遣い握りしめて一人でてっぺんまで登ったことがあるの。
当然、山越えても次の山があるだけで、がっかりして帰ってきて親にこっぴどく叱られて。

んで、今度はこっちの山に登って、またその先が山でがっかりして。
さらに次はあっちの山で・・・・・

そんな事くり返してるうちに、『どうせどの山もむこう側に何も無いんだろう』って・・・・・

いつの間にか山のむこうに何があるか自分の目で確かめなくなっちゃったよね

なるほどなー、そうだよなー、って。

人の夢を否定しない人間に、俺はなりたい

いつの間にか、すべてを悟ったような気になって、自分で登ることをしないばかりか、人にも「山の向こうには、同じような山しかないから無駄だよ」って引き止めて。

自分の足で登ってみて初めて見える景色があるのも事実だし、一方で山の向こうにある景色を(敢えて)見ることなく生きる人生もあるでしょう。

それはその人の価値観なんで。

本巻の中で八軒はこんな言葉を発します。

「人の夢を否定しない人間に、俺はなりたい」

自分の夢を人に語るのって、なんかこっ恥ずかしいですよね。「夢なんか持ってるんだ」ってからかわれたり、「夢なんて実現しないよ」って否定されるのが、本能的に(経験的に?)分かってるからなのかもしれません。

私自身、ここ数カ月、いろんな友人知人に自分の「夢」を話す場面をたくさん持ちましたが、想像以上というか、感覚的には9割の人の第一声は「否定」でした。

言葉にしてみると、「こんなのダメだよ!」ってのが多かったかな。

「夢」とは未来に向けての “展望” だと思うので、「今はこれ」だけど、「将来的にはこんなのを目指して」という話をしている積りなんだけど、みんな簡単に「こんなのダメだよ!」って言うんだなー。

自分の中にも人の夢に対して、そんな言葉を発してしまうような気持ちがあるのは分かっているので、まあお互い様だしねって感覚もありで、特に気にはならないけれど。

でもやっぱり、できれば人の夢を “後押し” できるような人でありたいなって思います。

八軒の言葉を借りて言うと、

人の夢を否定せず、人の夢を後押しできる人間に、私はなりたい

なんてね。


国語の先生が、私の詩の朗読に涙して→5年後に驚愕の真実が

今回は、もうずいぶん昔に体験した本当に驚くような脳の不思議な働きを導入に(なるのかは疑問だけど)書き綴ってみたいと思います。

中学の国語の先生が、私の詩の朗読に涙して

それは、中学校での国語の授業のことでした。国語の担当は、かなりお年を召された(当時は “おばあちゃん” って印象でしたが、今考えてみれば50代だったんでしょうね)女の先生でした。

前回の授業で、宿題が出されていました。自分の好きな詩を一つ選んできて下さいというものでした。それを、次の授業の時に朗読して貰いますからね、と。

そして、運の悪いことに私が当てられてしまったんです。取り敢えず、選ぶだけは選んできましたが、詩なんて全く興味も無く、知りもしませんでしたら、たまたま手元にあった詩集(誰のか忘れました)から、適当に一つの詩を選んだだけでした。

詩の朗読

先生から朗読するように指名された私は、仕方なく席を立ち、その選んできた詩を読み始めました。

先生は、教壇の左端に寄り、窓に寄りかかるようにして校庭を見ていました。季節的には春の終わりから初夏にかけての頃だったと思います。先生が外を見ていた窓は開いていました。

私は詩を(つっかえながら)朗読しつつ、先生の方に時折視線を向けていたのですが、詩の終盤に差し掛かった頃、その先生がフッと指先を目元に持っていったんです。

私は思いました。「おお、先生が私の詩の朗読を聴いて涙ぐんでる」って。

その先生、いわゆる怖い先生だったんです。単刀直入にものを言うような。なので、あまり好きな先生ではなかったのですが、この瞬間からこの先生のことを好きになったんです。

だって、私自身なんの思い入れも無く適当に選んだ詩を、涙ぐみながら聴いてくれたんですよ。そりゃー、いっぺんに好きになるでしょ!

体に衝撃が走りました

あれから(5年くらいかな)時が流れ、私は大学生になっていました。

あるとき、授業と授業の合間に、教壇横の窓に寄りかかるようにして校庭に目を向けていました。季節も、5年前のあの時と同じような頃だったと思います。

やはり同じく窓は開いていたのですが、その日はちょっと風の強い日だったんです。特に何も考えることなく外を見ながらボーっとしていた私の目に砂ホコリが入ったんです。

指先を目元に持っていく私。その瞬間、何の脈絡も無く、電撃のように閃きました。

そうか、あの国語の授業の時、あの先生は私の詩に感動して涙ぐんでいたんじゃなかったんだ。単に、外から入ってきたホコリが目に入っただけだったんだ、ってね。

そりゃそうだよな。なんの変哲もない詩の、私のたどたどしい朗読を聴いて涙ぐむ方がおかしいよなって。まあ、真実は分かりませんが、詩に感動してという可能性は0.1%くらいしかないでしょうね。

その事実よりも驚いたのは、脳の奇妙な働き方でした。だって、その瞬間まで、その先生のことなんて思い出したこともなかったんですよ。

いや、脳って本当に不思議だなって、いまだに強烈に印象に残っている体験です。

えーっと、導入から本題にどうやって繋げたらいいか、いま一つ言葉が出てきません。

まっ、いいか。

「欲しいもの」が見つかって、やっとスタート地点に立てたというところかな

では、本題。

「夢」とか「成功」については、これまで色々と “学んで” きました。いろんな本を読んだり、いろんなセミナーに通ったり。

なので、“知識” は人に教えられるくらいあります。それなのに、未だに「夢」も実現していないし、「成功」も手に入れてはいません。

そもそも、私が手に入れたい「夢」ってなんなのか、最近までもう一つ具体的になっていなかったという現実もあります。欲しいものが分からなければ、それに向けての行動なんて無理の二乗みたいなもんでしょ。

無理矢理、「あれが欲しい」とか「こんな風になりたい」って思い描いても、どうしても現実感が持てなかったんです。本当にそれが苦労をしてでも「欲しいもの」なのかと自問すると、「いや、苦労してまで手に入れたくはないな」って頭のどこかで考えている自分がいたんです。

“苦労” するくらいなら、現状に甘んじていた方がいいなって、流されていた自分がいました。

でも最近、見つけたんですよ。「欲しいもの」が。「なりたいもの」が。

少し前に記事にした「理想の一日」であるとか、「理想の私」は、その一端を言葉で表現したものです。その根幹には、また別のものがあるのですが、それに関してはいずれ改めて。

どうやって “なりたい” 自分に “なる” か?

そうだ! 「理想の私」の時にも書きましたが、「理想の一日」と「理想の私」とには順番があります。あくまで「理想の私」が先ということです。

「理想の私」になる(成長する)ことが、すなわち「理想の一日」を手に入れるための必要条件なんです。今のままの “私” では、決して「理想の一日」を手に入れることは出来ません。

では、どうやって成長していくか。

基本は “行動” なんですけどね。とにかく行動する。考える前に行動する。行動の圧倒的な “量” が、そしてそれに伴う様々な苦難が成長を後押ししてくれるはずです。

とは言っても、そんなに簡単に “行動” を起こすことが出来れば、こんなに苦労していませんよね。

なぜ “行動” を起こすことがこんなにも難しいのかというのは、これまでにも散々書いてきました(知識はあるのに、実行できない私・・・・・トホホ)。

例えば、「コンフォートゾーン」の話とか、レンガ壁の話とか、結構繰り返し書いています。

この「コンフォートゾーン」からどうやって一歩を踏み出すか、どうやって「レンガ壁」を乗り越えるかというのを今回の本題にする積りだったのですが、「導入」と、「前置き」が長くなってしまいましたので、「本題」は次回に持ち越しします。

「導入と前置きだけっ!? そんなの、ありかよー」って声が聞こえそうな気が・・・・・スンマセン。


映画 「遠い空の向こうに」 ・・・・・ 自分の内なる声を聞く

昨日の夕食時、スカパーで何気なく見始めた映画に感動した。「遠い空の向こうに」という映画。

私だったら夢にも思わないな(だからダメなんだけど)

後に NASA のエンジニアとなったホーマー・H・ヒッカム・Jr.の『ロケット・ボーイズ』という自伝小説を映画化したものです。ということで、実話が原作なんです。

遠い空の向こうに2
原題は「October Sky」。「10月の空」ですね。

1957年のウエスト・ヴァージニアの炭鉱町を舞台に、4人の高校生がロケットを飛ばそうという(当時としては、本当に夢のような)夢を追いかけるというお話。

1957年10月5日の夜、町の住民たちは夜空を横切る人工衛星を衝撃を持って眺めていました。この前日に、ソ連がアメリカに先駆けて人工衛星スプートニクを打ち上げたんです。

炭鉱責任者の父と母、高校でアメフトのエリート選手である兄と共に暮らす高校生のホーマーも、スプートニクを見上げていたその一人でした。これが、彼の運命を変えることになります。

彼はロケット作りに魅せられたのです。

だって、昭和30年代初頭の、炭鉱町の何の知識もない高校生なんですよ!

遊び仲間を集め、活動開始。でも、彼らにロケットの知識なんて全くと言っていいほどありません。

今の時代のように、ネットでチャチャっと調べてということも出来ず、唯一の知識の源は書物だけ。でも、その本でさえ簡単に手に入るようなものではありません。

最初は、子供用の打ち上げ花火レベルです。苦労した末に完成したロケット1号機には「AUK 1」と命名(AUK とは、飛べない鳥の総称のようです)。

遠い空の向こうに3
この1号機は、このあと炭坑に向かって飛んでいき、結果、父親からこっぴどく怒られることに。

日本で言えば昭和30年代初め頃の話です。

場所は、炭鉱の労働者がその周りに住むことで形成された炭鉱町。住民のほぼ全員が炭鉱で働く労働者の家族で、炭鉱で働く以外に仕事はなく、親子代々炭鉱で働くというのも珍しくないという町。             
炭鉱の責任者であり、炭鉱労働に誇りを持っている父親は、アメフトで奨学金が貰えそうな兄の試合は必ず見に行っても、ロケットに夢中なホーマーには冷たく当たります。

理解を示してくれるのは、病弱な女の先生(若くて美人!)と母親だけ。

そんな時代、そんな場所、そんな背景の中で、町中の笑い物としてのスタートなんです。いや、なんかあり得ない状況というか、自分だったら夢にも見ないような “夢” を追いかけようって話。

今と違って、「夢を追いかける」ことが簡単に許されるような時代ではないんです

最初は食事をしながら何となく見ていたのが、途中から食事も放り出して、夢中で見ていました。

夢を追いかけることの素晴らしさ。

そして、夢を追い続けることの難しさ。

ある日、父親が炭鉱事故で怪我をし、入院することに。家族の誰かが炭鉱で働いていない家庭は、炭鉱の所有物であるその家から退去しなければいけないようです。

奨学金が貰えることが決まっている兄が、学校を中退して「炭鉱で働く」と言いますが、ホーマーが「自分が炭鉱で働く」と。あんなに嫌っていた炭鉱の仕事に就くと言うんです。夢を捨てて・・・。

そして、怪我が治って仕事に復帰する父親。炭鉱で一緒に働くホーマーを誇らしげに見ながら、本当に嬉しそうな顔をしています。父親にとっては、炭鉱が全てなんです。

この後、ホーマーは再び夢に向かって歩き始め、そして・・・・・。

「自分の内なる声を聞くの」

最初はバカにしていた町の人たちが徐々に理解をしてくれるようになり、応援してくれるようになり、そして彼らが見守る中、4人のロケットボーイズは最後のロケットを発射します。

この最後のロケットの名前は「ミス・ライリー」。彼らを最初から最後まで励ましてくれた女の先生の名前です。その先生は、病床からこのロケットの軌跡を見上げます。

遠い空の向こうに6

ホーマーが、父親の跡を継いでこのまま炭鉱で働くか、それとも夢を追い求めてこの町を出ていくのか悩んでいる時、この先生はこんな言葉を投げかけてくれたんです。

「時には他人の言う事を聞いてはいけないの。自分の内なる声を聞くの」

まったくその通りなんだけど・・・・・。でも、「他人の言うことを気にせず、自分の内なる声を聞く」ことの難しさといったら、もう。

でも、自分の “夢” を追い求めるとは、突き詰めればきっとそういうことなんでしょう。

表現が悪いかもしれないけど、「夢を追いかける」ことの “お手本” みたいな映画です。それが、実話だから尚更、かな。


「100のリスト」という地図を片手に、冒険の旅に出かけませんか

このブログのカテゴリの一つに「1000のリスト」というのがありますが、それは、ロバート・ハリス著 「人生の100 のリスト」という本に触発されてのものです。

この本の紹介の時にも同じ言葉を引用させて頂きましたが、再び。

「人生のリストを書くことは、自分のやりたいことを明確にすることだった。

ぼくはこれから一体、どんな人生を歩んでいけばいいのだろう。

19歳のとき、このことについてかなり真剣に考えた。そしてその結果、100の項目からなる『人生のリスト』というものを作成した。自分の将来を決定づけるようなリストだった。これを作ったおかげで、今のぼくがこうしてここにいると言っても過言ではない」

この思いに共感して「1000のリスト」というカテゴリを設けたのですが、ブログ開設からこの「第1稿」まで1年半の年月が流れました。

なぜ? 

それは最後に書くとして、先ずは私の「100のリスト」を。



やりたいこと、達成したいこと
  1. 世界トライアスロンシリーズ横浜大会出場
  2. 年賀状を筆書きで出す(くらい上手になる)
  3. ランニング仲間と箱根駅伝コースを走る
  4. 10Kmを40分台で走る(もう一度、そこまで体を戻す)
  5. ハーフマラソンを90分で走る(同上)
  6. フルマラソンで3時間半を切る(同上)
  7. ブログ更新(先ずは)1000号達成
  8. 100のリストを共有する友人を(取り敢えず)100人作る
  9. 英語で苦労なく会話ができるようになる
  10. 自分でも惚れ惚れするような写真を撮る
  11. 見上げる星空に感動して泣く
  12. ゴルフで90を切る
  13. ファーストクラスで海外旅行
  14. ログハウスを自分で建てる
  15. 結婚25周年旅行でタヒチを再訪
  16. 講演を頼まれる
  17. 村上春樹とマラソン会場で出会う
  18. 100のリストの内容を実施するのに困らないだけの収入
  19. 海外で寝台列車の旅を楽しむ
  20. ホノルルマラソン(再)参加
  21. ニューヨークシティマラソン参加
  22. ゴールドコーストマラソン参加
  23. サンフランシスコマラソン参加
  24. マウイ島オーシャンフロントマラソン(再)参加
  25. ウルトラマラソンに出場
  26. カジュアルなパーティーで○○○○○をする
  27. ボロボロになって埋もれているビンテージバイクを発見して再生する
  28. 本を出版する
  29. 自分で作ったアクアリウムに見惚れながら人生に思いを馳せる
  30. 万華鏡を創る
  31. 東京オリンピックを会場で直に見る

行きたい場所、そこでしたいこと
  1. 青森の十三湖で写生
  2. 津軽鉄道のストーブ列車に乗って太宰治の故郷を訪ねる
  3. ミュンヘンオクト―バーフェストでドイツ人と騒ぐ
  4. タヒチの海に染まる
  5. 四万十川をカヤックで下る
  6. ベルサイユ宮殿の庭で昼寝をする
  7. ミラノ公園の木陰のベンチで本を読む
  8. パリのオイスターバーでバケツ山盛りのカキを食べる
  9. 黄昏時のスペインの街角、バルでビールを飲みながら現地の人と意気投合
  10. ポルトガルの岸壁で、遠くの海を見ながら物思いにふける
  11. 山本周五郎の描いた浦安の街で「青べか」に思いを馳せる
  12. オーロラを見る
  13. 屋久島の縄文杉に挨拶に伺う
  14. リゾート地のプールサイドでトロピカルドリンク片手に本を読む
  15. サンゴ礁の海でシュノーケリングしながら水中写真を撮影
  16. サンフランシスコの海岸沿いをランニングと自転車で堪能する
  17. 函館で取れたてのイカ刺しに舌鼓を打つ
  18. 瀬戸内海で新鮮なタコを思う存分食べる
  19. 青海川駅で夕陽の写真を撮る
  20. 角島大橋で美しい写真を撮る

自転車で
  1. 自転車でイタリア半島縦断(ミラノ~アマルフィ)
  2. 自転車でマレー半島縦断(バンコク~ジョホールバル)
  3. 自転車でヨーロッパの街並みを走る
  4. 自転車で本州横断(横浜-上越)
  5. 自転車でしまなみ海道を走る
  6. 自転車で四国一周
  7. 自転車で九州一周
  8. 自転車で北海道一周
  9. 季節毎に一回、輪行で各地を訪れる
  10. ブルベに参加
  11. 沖縄センチュリーランに参加

習う、習得
  1. TOEIC 満点(990点)
  2. 英検1級
  3. カヌーをやる
  4. 絵を習う
  5. 写真のセンスを磨く
  6. 書道を習う
  7. ピアノを習う
  8. ○○○を個人コーチに習う
  9. スイミングを個人コーチに習う
  10. 3kmを1時間で泳げるようになる
  11. ボディーボードを楽しむ
  12. サーフィンでチューブライディング
  13. フォークギターで盛大な拍手を貰う
  14. 瞑想に親しむ
  15. 人が振り向くような素敵な歩き方をマスターする
  16. 毎年、新しい才能をひとつずつ身につける
  17. カラオケで自分の歌声に酔う

物欲?
  1. 工作室
  2. 書斎
  3. AVルーム
  4. McIntosh C32(コントロールアンプ)
  5. McIntosh MC2505(パワーアンプ)
  6. 2000GX WorldBoy(RF-868)
  7. 海外に別荘
  8. 自転車用専用工具セット
  9. 自分で選んだパーツで、自分で組み上げた自転車
  10. コンパクトで高性能なカメラ
  11. 防水で装着感バッチリのブルートゥースヘッドホン
  12. MacBook Air
  13. 取り敢えず、Audi R8、かな

人生あり方、生き方、そして死に方
  1. 棺桶に片足突っ込んだ時、「我が人生に悔い無し」って
  2. 「あなたに出会えて本当に良かった」って人から言われる
  3. 覚悟を決める
  4. 明日が楽しみって、ワクワクしながら毎日眠りにつく
  5. アンソニー・ロビンスのセミナーに参加
  6. 自分の感情よりも、相手の幸せに意識を置ける人である
  7. 五大主税介の生き方「悪評の続く限りおれは成長してみせるよ」
  8. 元気に運動しながら年齢を重ね、気がついたら死んでいた
  9. 自分の人生を自分のコントロール下に


ザクザクザクと、先ずは羅列してみて、カテゴリ別に整理したのが上のリストです。

100出すのは結構苦労しました。思いつくままに書いていけば、それなりに出ては来ますが、「本当にそれがやりたいのか?」って自問してみると、「いや、そうでもないかも」みたいなのもあったりで。

「モノを買う」というのは、「死ぬまでにやりたいこと」という「100のリスト」の趣旨からは少しずれるような気もしますが、「やりたいこと」と強くリンクしている面もあるので、敢えて加えました。

逆の言い方をすると、純粋に(?)物欲、所有欲として欲しいモノって、それほど無いってことなのかもしれません。「人生の中でこれをやりたいがために、こいつが必要」って感じかな。

また、「生き方」を(自分なりにしっくりくるような)言葉で表現するのは難しいな、と。言葉にしてしまうと、なんか微妙に “ウソ臭い” というか、「本当に?」みたいな思いも残って。

リストにしたからといって、それだけでその夢が叶うわけではないですよね

さて、前半の続き。

なぜ、思い立ってから、この「1000のリスト」の「第1稿」まで1年半もの年月が必要だったのか?

もちろん人それぞれでしょうが、少なくとも私にとって、「夢」、「願望」、「目標」、「ゴール」、「欲しいもの」といったことを明確にすることは、心に大きな負担のかかることでした。

それは、「自分に夢なんか無い」、「欲しいものはすべて手に入ってる」って自分を誤魔化すことができたなら、私は今いる場所から動かなくて済むから。

こんなことがしたい、あそこに行きたい、あれが欲しい、こんな風に成りたい、あんな風に生きたい。

そして、人生の扉を閉じる時、自分の人生、万々歳だったって思いながらこの世を去りたい。

自分で自分の心の中を覗いた時、出会うであろう様々な夢や願望。それを見てしまったなら、“行動” するしかないじゃないですか。今いる場所から足を踏み出すしかないじゃないですか。

「100のリスト」に載せることって、そのどれもが、単純に財布を開いてお金を出せば手に入るようなことではない筈ですよね。

それを手に入れるためには “冒険の旅” に出る必要がありそうです。

なぜ “冒険” かと言えば、それはあなたにとって未知の領域だから。だって、これまで歩いてきた道を、今まで通り歩いていくことでその「夢」が叶うのであれば、歩き続ければいいだけです。

でも、多くの人にとって、まだ実現出来ていない「100のリスト」の夢を現実のものとするためには、今までとは違う行動を取る必要があるように思います。

さて、“冒険の旅” にでかけましょうか。色んな夢を求めて。

【良き人生か?】カテゴリ目次 - Page 03

3月31日 古い日々に別れを告げ、新しい明日へと

Night-007
聖路加病院名誉院長の日野原さんの、「命とは、みんなが持っている時間のこと」という言葉に触れて、自分を振り返ってみると。

長年続いた今の会社人生に対して、「私は命のムダ使いをしていないか?」という質問に、「そんなことはない」とは正面向かって言えなかった自分がいました。
3年後、5年後、そして10年後はどんな人生を歩んでいるのかな

Night-008
いい大学に入ったら、いい会社に入れて一生安泰なんてのは幻想になってしまった今の日本。そもそも“いい会社”って何? 

昔で言えば、大きな会社に入れれば、つぶれることはないから一生安心、というのもいまや神話に過ぎないでしょう。今日栄えていた会社が明日つぶれる、なんていうのは日常茶飯事だしね。
ロバート・キヨサキ氏のセミナーに参加してきました

Night-009
「経済的に独立していないということは、気づいているかどうかに関わらず、誰かの奴隷である」

彼の言うことに首を傾げる部分もないわけでなないですが、この言葉に真実があるのも事実です。

中流の人たちは、資産ではなく負債を買うために生涯を費やしている、という指摘にも残念ながら納得します。
目標達成に向けて行動を“起こさない”自分と向き合って

Night-001
人生の目的へと繋がっているような目標は、あなたが安全領域の外側に出ない限り達成できないようなものではないですか。

でも、安全領域の外側で真っ先に出会うのは、「恐れ」「不安」「恥ずかしい」といった負の感情に違いないんです。それを知ってなお、外に踏み出していく勇気や理由をどこから見つけてきましょうか。
自分がどんな「連想体系」を持っているか気がついていますか?

Night-002
ほとんどの人が夢を実現できない理由は、「痛み(恐れや不安)を避けたい」という動機に、「快楽(夢)を得たい」という動機が負けるからです。

なぜ負けるかと言えば、「不安」や「恐れ」といった「痛み」の方が、「夢」よりもリアルに、身近に、そして力強くあなたに迫るからです。
「行動」を起こすことで、何かを失うと恐れている?

Night-003
・1年後、5年後に何が欲しい? どんな自分になっていたい?
・そのためには、どんな目標を達成する必要がありそう?
・もし、「欲しい人生」を達成できなかったとしたら、どうなる?
・目標を達成するために、どんな行動をすることが必要かな?
・目標達成に必要な行動で、大きなチャレンジと思われる物は何?
・その「行動」が実行できたとしたら、どういう人生になれそう?
松本守正さんのワークショップに参加して

Night-004
「自分はマイナス思考だと思う人?」、「自分は消極的だなって思う人」、「自分は暗いなって思う人」、「不倫をしている人」、「今日覚せい剤を打ってきた人」、「自分は頑固だなって思う人」。

この中に“真実”は2つしかありません。それは「不倫をしている人」と「今日覚せい剤を打ってきた人」ってだけです。

それ以外は全部「脳の錯覚」。真実でも事実でもなく“錯覚”。
松本守正さんのワークショップに参加して(その2)

Night-005
生き方には逃げるか、守るか、攻めるかの三通りあります。

逃げたら、人生が終わります。守る人生は、しぼんでいきます。

結局、選択できる生き方は一つしかないということです。攻める生き方です。攻める生き方とは、自分と闘う生き方。自分の人生を変える(より良いものにする)ために、自分と闘うんです。
松本守正さんのワークショップに参加して(その3)

Night-006
「私には出来る」って一生懸命思い込もうとしている横で、「あなたには無理だ」って言う人たちはたくさんいます。

それは、みんな心が貧しいからです。みんな夢なんか持たないようにして、這いつくばって生きているのに、あなただけ成功したら面白くないからそんなことを言うんです。
松本守正さんのワークショップに参加して(その4:最終回)

Night-010
外野席のおっさんは、「あなたには出来ない」、「そんな夢を持っても無駄だからやめとけ」って言います。そんなの知ってるよ、分かってるよ、これこれこうじゃろ。無理だよ、出来るわけないよって。

でもそんな人、あなたの人生には何の関係もないでしょ。何にも挑戦していない人が、何を言っても、そんなのあなたには何の関係もないんです。あなたは、そんな人の言葉を信じて生きてくの?


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