御茶ノ水から神保町を歩き、神楽坂で33年ぶりの同窓会へ

ここでの出会いがきっかけで、東京理科大学卒業以来33年で初めて卒研の担当教授と同窓の2人と再会しました。

同窓の2人は、今日のために北海道と富山からはるばる来てくれたのです。先に再会した友人も含め1979年卒業の5人が33年ぶりに神楽坂でそろったのです。

33年経っても、みんな面影はあるんですね。東京理科大学の理事を務めておられる先生含め、それぞれ会社では重要なポストについてまだまだ現役で活躍しているとのこと、喜ばしい限りです。

御茶ノ水駅は何度も乗り降りしているけど、聖橋を歩いたのは初めて

せっかく飯田橋にいくのだからと、少し早めに家を出て御茶ノ水で電車を降り、神楽坂まで歩いていくことにしました。

懐かしの御茶ノ水駅です。

御茶ノ水駅
聖橋口から降りるとすぐ横には聖橋があるのですが、聖橋というと1978年のさだまさしのヒット曲「檸檬」を思い出さずにはいられません。

食べかけの檸檬聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれをかみ砕く
川面に波紋の広がり数えたあと
ちいさな溜息混じりに振り返り
捨て去るときには こうしてできるだけ
遠くへ投げ上げるものよ

この歌がヒットしたのは、今日再会した同窓のみんなと大学で勉学に励んでいた(?)時期とピッタリと重なります。

その聖橋の上から見た神田川と御茶ノ水駅です。聖橋を渡った先には「檸檬」の歌詞の中に出てくる湯島聖堂があります。

聖橋からみたお茶の水駅

御茶ノ水駅から駿河台下へと坂を下る

これまた懐かしい丸善の前を通って御茶ノ水橋口へと。

明治大学2そこから駿河台下へと坂道を下っていきます。

途中には数々の楽器屋さんが。

大学を卒業した年、記念にと思ってかなり奮発してフォークギターを買いに来たのもこの町です。

実際にどのお店で買ったのかは覚えていませんが、下倉楽器、石橋楽器、クロサワ楽器など、当時から有名なお店が軒を連ねます。

坂の途中、右手に巨大なビルが見えてきます。お初にお目にかかる明治大学リバティタワーです。

1998年竣工とのことですので、最低でも15年間はこの道を歩いていないということになります。

神保町で昔お世話になった芳賀書店と再会

駿河台下から靖国通りを神保町方面に向かうと昔ながらの古書店が。でも気のせいか、本屋さんの数は減っているような・・・・・。

靖国通りから一本内側の通りに、よく理工系の教科書を買いに来た本屋さんがあったのですが、見つけることができませんでした。

お茶の水路地の本棚
でも路地にはこんな本棚もあって、さすがに古書の街だなって思いますね。

芳賀書店2神保町駅のすぐ隣には“あの”芳賀書店があります。

若い頃、何度かお世話になったことがありますが、いまだに健在とはちょっと驚きました。

看板に下に「ADULT」という文字が見えますが、知っている人の間では超有名な、アダルト系の本屋さんです。

「神田神保町オフィシャルサイト」によれば、全国にあまたあるアダルトショップの中でも数少ない風営法許可店として、堂々100%アダルト商品を置いてあるお店とのことです。

やっぱり“エロ”は強いね。不況も時代の変化の波もお構いなしです。

久しぶりにちょっと覗いてみようかとも思ったのですが、約束の時間も迫ってきていたので、泣く泣く諦めて先へと進みます。

神保町から九段下前を通って飯田橋へ

神保町の芳賀書店そばの出口から距離にして300mちょっと、5分もあれば九段下駅に到着です。

まさか二日間連続で皇居のお濠を見ることになるとは思ってもいませんでした。

九段下駅のそばから撮った写真ですが、駅の周辺には雨の中、待ち合わせのためかたくさんの人がたたずんでいました。

後で調べたら、この日、武道館でTM NETWORKのコンサートがあったようです。

九段坂下から
お濠の横から早稲田通りへと右折し、坂を上って降りると、そこが飯田橋駅です。

ちょっとボケてしまいましたが、飯田橋駅前の牛込橋の上から見た神田川の夕景です。

牛込橋から神田川

芳賀書店の次は神楽坂で恩師と旧友に再会

牛込橋を渡ったその先には神楽坂の入り口が。華やかでゴチャゴチャと美味しいお店がたくさんある坂通りです。

神楽坂
宴のあと、全員で記念撮影。

1979年卒西田研
皆さん、また会える日を楽しみにしています。



33年なんて「一瞬」でしたね

いくつかの「奇跡」が重なり、大学卒業以来ずっと音信不通だった友人と再会しました。

33年後の同窓との再会

33年の月日が流れても、面影は残っているものなんですね。駅で待ち合わせて、顔を見た瞬間、お互いに相手を認識しました。なんか不思議な気がしますが。

同様に「気持ち」も、一瞬で34年の隔たりを飛び越しました。

居酒屋で向かい合わせで座ったときから、昨日別れた友人かのように、何のこだわりもぎこちなさも感じること無く、二人でお互いの33年間の「人生」を語り合っていました。

以前、母校(高校)の話の中で、「いつでも帰っていける場所」のようなことを書きましたが、母校と同じように「同窓」も不思議な力を持っているのかもしれません。

人生の一時期、同じ時間を共有した、同じ時代を生きた、もう少し格好よく言えば同じ夢を見た、そんな共通の思いが、知らないうちに同窓を特別な存在にしているでしょうか。

31年後の母校との再会

大学時代の4年間、千葉県の野田市と言うところに下宿をしていました。大学を離れてから、度々、大学近辺の田園風景(本当に何も無いところだったんです)を懐かしく思い出し、一度でいいから再訪してみたいなあと思っていたんです。

その夢を実現したのは1年半くらい前のことです。

理科大野田

ここで「輪行」のことを書きましたが、フォールディングバイクを買って一番最初に(今のところ最初で最後の)輪行に行ったのは、ここだったのです。

早朝、自転車で最寄りの駅まで行き、そこで自転車を折り畳み、京浜東北線、常磐線と乗り継いで8時前に柏駅に到着しました。

そこで再び自転車を組み立て、懐かしの東武野田線沿いに自転車でたどりました。

途中、新しい駅ができていて、ビックリ。流山おおたかの森駅です。

おおたかの森駅

新しいだけに近代的な駅なんですが、個人的な感想としては、野田線にはちょっと「似合わないかも」って気がしました。

そして、野田線は今も野田線のまま、懐かしいままでした。

野田線

大学時代、都会の柏から大学最寄り駅の運河駅まで、一部単線区間があったと思っていたのですが、私が大学を卒業する直前の冬に複線になっていたのを、先程知りました。

当時、たくさんの友人が住んでいた(33年ぶりに再会した友人も)大学から一つ手前の江戸川台駅。

江戸川台駅

そして、懐かしの運河駅です。駅名からして雰囲気がありますよね。どこの田舎よって感じでしょうか。

運河駅

江戸川台駅も運河駅も、少しは風景が変わっているようにも思いますが、基本的に「何も無い」駅前なのは当時のままです。前出の「流山おおたかの森駅」と比べてみると、時間が止まっていたの? みたいな驚きが。

そして、当時下宿していたアパートを探したのですが、結局見つけることはできませんでした。当時でさえ古いアパートでしたので、それから30年、周りも含めて何もかもが変わってしまっていても、多分何の不思議もないのでしょう。

でも、4年間もいたのに、「この辺り」という感覚さえも見つからず、少なからず寂しい思いをして帰ってきた記憶があります。

それにしても、この日、快晴だった記憶があります。それなのに、このダメダメな写真の数々。お恥ずかしい限りです。

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