古舘春一 『ハイキュー!!』 第25巻 -- “行動を起こす”

以前、高校バレーを題材にした古舘春一さんの『ハイキュー!!』というマンガを紹介しましたが、今回はその第25巻の中の一節を紹介したくて、再登場願いました。

ハイキュー25巻

前回は、当時の最新刊である第16巻を読んだ直後でしたが、それから2年弱で第25巻まで来たんですね。

行動を起こす

舞台背景を少し紹介しておきましょう。主な舞台となるのは、宮城県の烏野高校バレーボール部。そこに所属する1年生の日向翔陽と影山飛雄の2人が主役。

宮城県の県大会で、烏野高校が全国大会常連校の白鳥沢高校を破り、全国大会への出場を決めて一段落したところ。

その全国大会が迫る中、影山飛雄は全日本ユース強化合宿に召集され、同じく1年生の月島蛍もまた宮城県1年生選抜強化合宿に呼ばれ、一人残された日向翔陽は気が焦るんです。

そこで、日向翔陽はメンバーに選ばれてもいない宮城県1年生選抜強化合宿に無理やり参加するという暴挙に出ます。

まさに暴挙。この強化合宿を取り仕切る監督からは、「球拾いとして参加するのは構わないけど、合宿で練習に参加させることは決して無い。その覚悟があるなら参加しても構わない」という許可を貰います。

そして、監督の宣言通り1度も練習に参加させてもらえることはなく、球拾いや参加選手たちの水分補給、洗濯といったサポート作業に精を出します。

合宿の終盤、合宿メンバーとの練習試合のために訪れた白鳥沢高校バレー部。そこに、白鳥沢高校3年でエースの牛島若利がいます。

練習試合の合間、牛島に話しかける日向。同じ白鳥沢高校のバレー部メンバーでも、話しかけるのに気後れしてしまうようなエース中のエースである牛島。

牛島からアドバイスを貰おうと話しかけるのですが、その話の中身はどうでもいいんです。

その姿を見て、白鳥沢高校の2年生が、1年生の次期エース候補にこんな話をします。

「お前は牛島さんに アドバイス求めなくていいの」

そのエース候補の1年生は、「ライバルに助言を求めたくない!」みたいな言い訳をするわけですが、それに対して2年生の先輩が言った言葉が、今回紹介したかった一文。

「少なくとも “行動を起こす” という点で 
 今お前は 烏野10番に確実に 1歩出遅れたワケだ」


行動がすべて

そもそも、日向が強化合宿に無理やり参加したのも “行動” の結果です。

居ても立っても居られなくなって無理やり参加した強化合宿で、監督からは練習に参加させてもらえず、周りからは憐みの目で見られ、言わば針の筵状態。

でも、その結果として日向は確実に成長していくんです。

日常生活の中でここまでのシチュエーションは中々無いと思うけど、でも似たような場面ってのはいくらでもあるように思います。

自分に言い訳をしてその場に留まるのか、無理やりにでも “行動” という一歩を踏み出すのか。結局は、この一歩の差なんですよね。

この一歩の積み重ねでしか先に進むことは出来ないんだなって・・・・

上の写真の金魚鉢の中に書かれている言葉もいいな!

成功ってのは、情熱を失うことなく失敗を積み重ねることから成り立ってるんだ。


学んだということは、変わるということ -- 自分のキャラを変える

先日、食事をしながら特に面白そうなTV番組もやっていなかったので、少し前の映画を再び見ることに。映画の題名は、「アンストッパブル」。

全長約800メートル、危険性の高い化学物質とディーゼル燃料を大量に積んでいる貨物列車が無人のまま走り出してしまい、誰にも止められないこいつを何とかしてという、実話を元にした映画。

アンストッパブル

映画のストーリーを解説するのが目的ではないので、ここで紹介する人物は3人。主人公は、初めてコンビを組むことになった勤続28年のベテラン機関士フランクと、職務経験4ヶ月の新米車掌ウィルの2人。そしてもう一人は、操車場で操車場長を務める女性コニー。

フランクは正義感が強くて、“人のために” という人物。一方のウィルは、そんなに悪い奴ではなさそうだけど、自分勝手で自己本位的な人物に描かれています。

特にウィルは、家庭に問題を抱えていて仕事に集中出来ない状況。それもあり、貨物の連結でミスをしてフランクに責められ、一発触発イライラという状態です。

有りがちな流れですが、次々と襲いかかる苦難の中で、フランクの言動や人間性に感化されながら、ウィルは少しずつ変わっていきます。

暴走列車を必死に追いかける主人公の2人と、コニーが操車場から無線でやり取りを繰り返すシーンがあるのですが、コニーがフランクに「ウィルはどう?」って質問すると、彼はこんな返答をします。

「彼は変わったよ」

この一言を言いたくて、今回の記事を書いています。コニーの質問の意図と、フランクの返答とは噛み合っていないのですが、フランクはこの一言でウィルの「成長」を喜んでいるんです。

「学んだということは、変わるということ」

自分のことしか考えられなかったウィルが、命懸けで暴走列車を止めようとするようになったという、その「変わったよ」なんですが、これこそが人としての「成長」の証。

事あるごとに思い出す言葉があります。それは、こんな言葉。

「学んだということは、変わるということ」

出典を忘れました(記憶では、山口瞳著「けっぱり先生」だったと思っているのですが、先日ざっと読み返しながら探しても見つけられませんでした)が、ずーっと私の中にある言葉です。

本を読んだり、セミナーに参加したりして、色んな “知識を得た” なって思うことは多々あります。でも、それによって自分は “変わった” のかと自問した時、「はい」と答えられるかどうかが、“学んだ” かどうかの判断基準だなって思っているんです。

“変わる” とは、“行動” が変わるということです。もちろん、その前段階として “考え方” が変わり、その考え方の変化が行動の変化として表に出てくるんですけどね。

「君に届け」の(隠れ)くるみちゃんファンになりました

少し前に、息子がブックオフで椎名軽穂著 「君に届け」をセット(第1巻~第20巻)で買ってきました。何気なく手にしてみると、これが結構面白い。久しぶりにハマってしまいました。

「君に届け」の紹介は別の機会に改めてしたいと思いますが、登場人物の中に「くるみちゃん」という可愛い女の子が出てきます。

彼女は、いわゆる “いい子ぶりっこ”。人前では本当に可愛らしく振る舞うのですが、蔭ではライバルである爽子(主人公の女の子)の恋路を邪魔すべく、友達を扇動して悪い噂を流したりするような女の子。

自分のことを、「わたしみたいに可愛くて人気者は・・・」って自分で言うくらい自信過剰で、風早(もう一人の主人公)は自分と付き合うのが当然って思っているんだけど・・・・・

このくるみちゃんが、あることをきっかけにガラっと変わるんです。いい子ぶりっこの仮面を脱ぎ棄て、歯に衣着せぬ物言いのキャラクターに大変身。

ある意味、元々自分の中にあるものを外に出してきただけなので、「学んだということは、変わるということ」の “変わる” とは微妙に意味合いが違うかもしれませんが、でも結果的には “行動” が変わった訳です。

そして私は、隠れ(?)くるみちゃんファンになりました。このキャラクターの変化は奥が深い。

自分のキャラを変えるって、本来の自分を解放してあげることなのかもしれないなー

そもそも「キャラクター」って、性質とか性格といった意味ですよね。特徴といった意味合いもありますから、「外から見て分かる他との違い」と言っても、そう間違いではないでしょう。

要は、外に向けて自分のどんな性質とか性格とか特徴を出しているのかということ。

人って本当に多種多様な側面を自分の中に隠し持っています。そして、その中から表面に現れたほんの一部が、その人の性質や性格や特徴として、他の人から認識されるんです。

では、自分が隠し持つ様々な側面の中から、人は何を基準にしてある特定の側面を表に出すんでしょうか。

これが、以前触れた「アイデンティティー」(identity)なんだと思うんです。アイデンティティーとは、「自分とはどういう人間(性格とか人格とか)であると “自分自身” を定義づけているか」ということ。

違う言い方をすると、自分とはこういう人間であると、自分に対して “許可” した側面が外側に現れて来て、その人の性格や特徴を形成するんではないかと。

くるみちゃんは、「いい子」というキャラを自分に課していたのを、あるきっかけから「自分の思ったことを率直に言う」ということを自分に許したんです。

くるみちゃんを見ていると、(もちろん作者の描画力によるものですが)キャラが変わってから、なんか解放されて自由になったような印象を受けるんですよねー。

そんなくるみちゃんの “成長” に憧れている今日この頃の私です。


自信の"正体"とは「前にも似た状況を乗り越えた」という "記憶"

「横浜駅伝」から中3日開けて、今日からランニングの練習再開です。

体を動かしていると明らかに脳が活性化されているよなって感覚をいつも持つのですが、今日も走りながら「我ながら、こいつはいいんじゃないっ!」ってことを発見してしまいました。

花の遊歩道

あの時出来たんだから、この程度なら問題無しでしょ、という自信

横浜駅伝の記事でも軽く触れましたが、ここ1~2年のランニングに対する体調はあまり芳しくない状態が続いていました。

ちょっと無理をすると足腰のどこかを痛めてしまい、そこから回復するのに結構な期間が必要でって感じで、練習するのにも恐る恐るという状況でした。

ちょっとでも違和感を感じると、走るのを止めて歩いてみたりと。まあ、これはこれで体にとって良いことなんだとは思いますが、なんかフラストレーションが溜まるんですよね。

そして横浜駅伝の当日。足の状態も不安だし、心拍的にもここ1年以上追い込んだ練習をしていないので、どこまでもつか分からず。それでも今日は「行けることまで行くしかない」って感じで。

結果はというと、まずまずだったんです。途中で特に足が痛くなることも無く、心臓の方も(徐々にペースは落ちていたとは思いますが)最後までもってくれました。

で、今日のランニングです。相変わらず、走りながらふくらはぎにピシッて痛みが走ったり、太ももの裏側に違和感を感じたりと、これまでとそう変わらない状態でした。

違ったのは、それらをあまり気にせずに走り続けることが出来たということ。

何が違ったのかと言えば、それは “自信” ですよね。

「横浜駅伝の時も同じように違和感を感じた場面もあったけれど、結局最後までシリアスに痛めることなく走りきることが出来た」という自信です。

あの時出来たんだから、今回も出来るだろうと。

自信とは、人から貰えるものではなく、自分で獲得するもの

よく言われることですが、“自信” って誰かがくれるモノではないんですよね。自分で勝ち取ることでしか決して手に入れることの出来ない大切なもの。それが “自信” というものです。

じゃあ、どうやって勝ち取るかと言えば、それは “やってみる” しかありません。出来るか出来ないか不安だけど、勇気を出してやってみたら出来た。

そして、「あの時出来た」という “記憶” が、「今回も出来る筈だ」という“自信” に繋がっていく。

もちろん、最初は小さな小さな、そして弱々しい自信でしょう。でも、これを繰り返すことで、そして積み重ねることで、その自信はやがて揺るぎないものへと成長していきます。

何事もそうですが、「勇気を持って最初の一歩を踏み出してみる」という “行動” (あるいはリスク)をとる人だけが、その先に待ち構えている「自分自身の人生」を謳歌することができるんです。

「やってみたこと」だけが自信へと昇華していく

今日伝えたかった(走りながら発見した)ことは、過去に “出来た” という記憶だけが、あなたの自信に昇華していくということ。

ということは、繰り返しになるけど「やったこと」しか自信にならないってこと。当たり前のことのように思えるけど、なんか自分自身で発見したというか、腑に落ちた感じなんです。

「人生は戦いの連続」なんて考え方は好きではないけれど、でもこの “戦い” を「自分との戦い」として捉えると、戦いの連続という考え方にも納得がいきます。

何らかの行動を起こそうとする時、特にそこに何らかのリスクがある時、人は自分の中にある “恐怖” と戦うんです。これをやったら人から何て言われるだろうかとか、こんなことを言ったら人からどう思われるだろうかって、いつもいつもついて回りますよね。

実際やってみたら、誰々さんからこんな事を言われた。でも、自分はやりたい事を、あるいはやるべきことをやったのだから、人の意見は気にならなかった。

あの時、人の意見を気にせず自分のやりたい事をやれた。だから、きっと今回も同じように出来る筈。

この繰り返し、そしてこの積み重ね。

攻める生き方って、実はほんの小さな行動の積み重ねに過ぎないんです

「自分との戦い」なんて事を書いていたら、このブログの中で何度も引用させて頂いている松本守正さんの言葉を思い出しました。

松本さん曰く、人生の生き方には三通りある、と。それは、逃げるか、守るか、攻めるかの三通り。人生の中で、自分との戦いにどう対処していくかということですね。

「逃げ」たら、これは言うまでもなく「人生、詰み」ってことでしょ。

「守る」とは、いいように解釈すれば「逃げ」も「攻め」もしないという選択。でも、攻めないってことは、「行動を起こさない」って選択でもあるわけで。

ということは、逃げたり守ったりしている内は、自信も手に入れることはできません。

過去にも同じようなことを書いていたんだなって思いますが、同じようなことを “自信” というなんかあやふやなものと結びつけて考えた時、また違う側面が見えてきたような気がするんです。

「攻める」って言うと大それたことのように感じますが、要は小さな最初の一歩を踏み出すか出さないかというほんの些細な違いなんだなって。

自分の中にある恐怖に、小さな勇気で立ち向かい、そして小さな行動を起こしてみる。最初から大きな勇気も、大きな行動も必要無いんです。

小さな勇気、小さな行動、小さな記憶、そして小さな自信を手に入れる。

これが “習慣” になった時、あなたの前には大きな大きな可能性が広がることでしょう。

この手のことを書くたびに、「本当にそうだよな!」って思い出すのは、この言葉。

止まっているものは、止まり続けようとする。
動いているものは、動き続けようとする。

結局、止まっている自分を動き出させる最初の行動が一番大変なんだってこと。

「松本守正さんのワークショップシリーズ全4回」、何度読み返しても良く書けているなって(いや、松本さんの言葉を紹介しているだけですが)思いますので、機会があったら是非一読を。


「100のリスト」という地図を片手に、冒険の旅に出かけませんか

このブログのカテゴリの一つに「1000のリスト」というのがありますが、それは、ロバート・ハリス著 「人生の100 のリスト」という本に触発されてのものです。

この本の紹介の時にも同じ言葉を引用させて頂きましたが、再び。

「人生のリストを書くことは、自分のやりたいことを明確にすることだった。

ぼくはこれから一体、どんな人生を歩んでいけばいいのだろう。

19歳のとき、このことについてかなり真剣に考えた。そしてその結果、100の項目からなる『人生のリスト』というものを作成した。自分の将来を決定づけるようなリストだった。これを作ったおかげで、今のぼくがこうしてここにいると言っても過言ではない」

この思いに共感して「1000のリスト」というカテゴリを設けたのですが、ブログ開設からこの「第1稿」まで1年半の年月が流れました。

なぜ? 

それは最後に書くとして、先ずは私の「100のリスト」を。



やりたいこと、達成したいこと
  1. 世界トライアスロンシリーズ横浜大会出場
  2. 年賀状を筆書きで出す(くらい上手になる)
  3. ランニング仲間と箱根駅伝コースを走る
  4. 10Kmを40分台で走る(もう一度、そこまで体を戻す)
  5. ハーフマラソンを90分で走る(同上)
  6. フルマラソンで3時間半を切る(同上)
  7. ブログ更新(先ずは)1000号達成
  8. 100のリストを共有する友人を(取り敢えず)100人作る
  9. 英語で苦労なく会話ができるようになる
  10. 自分でも惚れ惚れするような写真を撮る
  11. 見上げる星空に感動して泣く
  12. ゴルフで90を切る
  13. ファーストクラスで海外旅行
  14. ログハウスを自分で建てる
  15. 結婚25周年旅行でタヒチを再訪
  16. 講演を頼まれる
  17. 村上春樹とマラソン会場で出会う
  18. 100のリストの内容を実施するのに困らないだけの収入
  19. 海外で寝台列車の旅を楽しむ
  20. ホノルルマラソン(再)参加
  21. ニューヨークシティマラソン参加
  22. ゴールドコーストマラソン参加
  23. サンフランシスコマラソン参加
  24. マウイ島オーシャンフロントマラソン(再)参加
  25. ウルトラマラソンに出場
  26. カジュアルなパーティーで○○○○○をする
  27. ボロボロになって埋もれているビンテージバイクを発見して再生する
  28. 本を出版する
  29. 自分で作ったアクアリウムに見惚れながら人生に思いを馳せる
  30. 万華鏡を創る
  31. 東京オリンピックを会場で直に見る

行きたい場所、そこでしたいこと
  1. 青森の十三湖で写生
  2. 津軽鉄道のストーブ列車に乗って太宰治の故郷を訪ねる
  3. ミュンヘンオクト―バーフェストでドイツ人と騒ぐ
  4. タヒチの海に染まる
  5. 四万十川をカヤックで下る
  6. ベルサイユ宮殿の庭で昼寝をする
  7. ミラノ公園の木陰のベンチで本を読む
  8. パリのオイスターバーでバケツ山盛りのカキを食べる
  9. 黄昏時のスペインの街角、バルでビールを飲みながら現地の人と意気投合
  10. ポルトガルの岸壁で、遠くの海を見ながら物思いにふける
  11. 山本周五郎の描いた浦安の街で「青べか」に思いを馳せる
  12. オーロラを見る
  13. 屋久島の縄文杉に挨拶に伺う
  14. リゾート地のプールサイドでトロピカルドリンク片手に本を読む
  15. サンゴ礁の海でシュノーケリングしながら水中写真を撮影
  16. サンフランシスコの海岸沿いをランニングと自転車で堪能する
  17. 函館で取れたてのイカ刺しに舌鼓を打つ
  18. 瀬戸内海で新鮮なタコを思う存分食べる
  19. 青海川駅で夕陽の写真を撮る
  20. 角島大橋で美しい写真を撮る

自転車で
  1. 自転車でイタリア半島縦断(ミラノ~アマルフィ)
  2. 自転車でマレー半島縦断(バンコク~ジョホールバル)
  3. 自転車でヨーロッパの街並みを走る
  4. 自転車で本州横断(横浜-上越)
  5. 自転車でしまなみ海道を走る
  6. 自転車で四国一周
  7. 自転車で九州一周
  8. 自転車で北海道一周
  9. 季節毎に一回、輪行で各地を訪れる
  10. ブルベに参加
  11. 沖縄センチュリーランに参加

習う、習得
  1. TOEIC 満点(990点)
  2. 英検1級
  3. カヌーをやる
  4. 絵を習う
  5. 写真のセンスを磨く
  6. 書道を習う
  7. ピアノを習う
  8. ○○○を個人コーチに習う
  9. スイミングを個人コーチに習う
  10. 3kmを1時間で泳げるようになる
  11. ボディーボードを楽しむ
  12. サーフィンでチューブライディング
  13. フォークギターで盛大な拍手を貰う
  14. 瞑想に親しむ
  15. 人が振り向くような素敵な歩き方をマスターする
  16. 毎年、新しい才能をひとつずつ身につける
  17. カラオケで自分の歌声に酔う

物欲?
  1. 工作室
  2. 書斎
  3. AVルーム
  4. McIntosh C32(コントロールアンプ)
  5. McIntosh MC2505(パワーアンプ)
  6. 2000GX WorldBoy(RF-868)
  7. 海外に別荘
  8. 自転車用専用工具セット
  9. 自分で選んだパーツで、自分で組み上げた自転車
  10. コンパクトで高性能なカメラ
  11. 防水で装着感バッチリのブルートゥースヘッドホン
  12. MacBook Air
  13. 取り敢えず、Audi R8、かな

人生あり方、生き方、そして死に方
  1. 棺桶に片足突っ込んだ時、「我が人生に悔い無し」って
  2. 「あなたに出会えて本当に良かった」って人から言われる
  3. 覚悟を決める
  4. 明日が楽しみって、ワクワクしながら毎日眠りにつく
  5. アンソニー・ロビンスのセミナーに参加
  6. 自分の感情よりも、相手の幸せに意識を置ける人である
  7. 五大主税介の生き方「悪評の続く限りおれは成長してみせるよ」
  8. 元気に運動しながら年齢を重ね、気がついたら死んでいた
  9. 自分の人生を自分のコントロール下に


ザクザクザクと、先ずは羅列してみて、カテゴリ別に整理したのが上のリストです。

100出すのは結構苦労しました。思いつくままに書いていけば、それなりに出ては来ますが、「本当にそれがやりたいのか?」って自問してみると、「いや、そうでもないかも」みたいなのもあったりで。

「モノを買う」というのは、「死ぬまでにやりたいこと」という「100のリスト」の趣旨からは少しずれるような気もしますが、「やりたいこと」と強くリンクしている面もあるので、敢えて加えました。

逆の言い方をすると、純粋に(?)物欲、所有欲として欲しいモノって、それほど無いってことなのかもしれません。「人生の中でこれをやりたいがために、こいつが必要」って感じかな。

また、「生き方」を(自分なりにしっくりくるような)言葉で表現するのは難しいな、と。言葉にしてしまうと、なんか微妙に “ウソ臭い” というか、「本当に?」みたいな思いも残って。

リストにしたからといって、それだけでその夢が叶うわけではないですよね

さて、前半の続き。

なぜ、思い立ってから、この「1000のリスト」の「第1稿」まで1年半もの年月が必要だったのか?

もちろん人それぞれでしょうが、少なくとも私にとって、「夢」、「願望」、「目標」、「ゴール」、「欲しいもの」といったことを明確にすることは、心に大きな負担のかかることでした。

それは、「自分に夢なんか無い」、「欲しいものはすべて手に入ってる」って自分を誤魔化すことができたなら、私は今いる場所から動かなくて済むから。

こんなことがしたい、あそこに行きたい、あれが欲しい、こんな風に成りたい、あんな風に生きたい。

そして、人生の扉を閉じる時、自分の人生、万々歳だったって思いながらこの世を去りたい。

自分で自分の心の中を覗いた時、出会うであろう様々な夢や願望。それを見てしまったなら、“行動” するしかないじゃないですか。今いる場所から足を踏み出すしかないじゃないですか。

「100のリスト」に載せることって、そのどれもが、単純に財布を開いてお金を出せば手に入るようなことではない筈ですよね。

それを手に入れるためには “冒険の旅” に出る必要がありそうです。

なぜ “冒険” かと言えば、それはあなたにとって未知の領域だから。だって、これまで歩いてきた道を、今まで通り歩いていくことでその「夢」が叶うのであれば、歩き続ければいいだけです。

でも、多くの人にとって、まだ実現出来ていない「100のリスト」の夢を現実のものとするためには、今までとは違う行動を取る必要があるように思います。

さて、“冒険の旅” にでかけましょうか。色んな夢を求めて。

ブライアン・トレー シー著 「カエルを食べてしまえ!」

ブライアン・トレー シー著 「カエルを食べてしまえ!」のご紹介。

題名の元になっているのは、昔から言われているという次の3つの言葉から来ているようです。

カエルを食べてしまえ
「朝一番に生きたカエルを食べれば、その日の最悪事はもう終わったと安心して過ごすことができる」

「もし2匹のカエルを食べなければならないなら、醜いほうから食べよ」

「もし生きたカエルを食べなければならないなら、座り込んでじっと眺めたりしてはいけない」

この「カエル」とは、あなたにとって最も難しく重要な仕事で、いまやらなければどんどん後回しになってしまうことの象徴。

そして、重要な仕事が2つあったら、より難しく大変な方からやってしまえということ。

目指すのはエンドルフィン中毒

難しいことや面倒臭いことが、どうしても後回しになってしまうのは人の世の常。

どうしてもやらなければならないことなら、早くやってしまった方が気持ち的にも余程楽になるのは重々承知していながら、それでも先送りしてしまう。

年を取っても学びませんね。

何かをやり遂げるのは気持ちのいいものです。誇らしい気持ちになることもあるでしょう。たとえそれが大して重要でないことであったとしても、やり終えれば、エネルギーや意気、自尊心が高まります。

ましてやそれが重要なことだったなら、どれだけ気持ちが高揚するかは、言うまでもありません。

それは、物事を成就させることで、脳内にエンドルフィンという物質が放出されるからです。このエンドルフィンが気分を高揚させ、より創造的にし、自信を深めさせてくれます。

言い換えれば、気分が高揚するのは錯覚でもなんでもなく“生理現象” なんですね。そして、このエンドルフィン中毒になってしまえば、後はそれに身を任せるだけで高みへと登ることができるのです。

ただ、“中毒” に至るためには、「難しいことからやり遂げる」という「選択」をし、その選択を繰り返すことで「習慣」にまで昇華する必要があるんですけどね。

本のテーマは、「どんな人生を生きるのか」というもの

「朝一番に難しい仕事を片付けてしまえ」ってのは、ビジネスの話のように思えるかもしれませんが、これって人生も同じこと。まあ、結局のところ、仕事も人生の一部でもあるわけですからね。

この本が説こうとしているのは、どんな人生を生きていくのかということ。別の観点から言えば、有意義な人生を生きるためには、目標を設定して、それを追い求めろということ。

即ち、
  1. 自分の欲しいものを明確にする(目標を立てる)
  2. 欲しいものを手に入れるためにやるべきことをリストアップする(「目標」を「行動」に置き換える)
  3. 行動に優先順位をつけて、重要な順にやっつけてく!(計画を立て、行動する)
シンプルな話ですが、人生の成功への道は、すべてここに凝縮されているのです。

但し、シンプルだから簡単かというと、そんなことは全くなくて、各ステップ共に多くの人にとってかなり難題な筈です。

先ず、自分の欲しいものを明確にする。簡単なようでいて、これが難しい。ベンツが欲しいとか、昇進したいとかといった表面的な欲望なら簡単なんですが(ま、取り敢えずはこれでOKなんですけど)、心の奥底にある「本当に欲しいもの」を見つけるのは、そう簡単な話ではありません。

「人生の100のリスト」のような手段を使って、“表面的なもの” も含めて明らかにしていくのも一つの賢い方法かもしれません。

“今” と “未来” との間に “行動” という橋を架ける

やるべきことをリストアップするというのは、今いる場所と、欲しいものを手に入れた(つまり目標を達成した)未来のいつかとの間に、具体的な道筋をつけることです。

これをやることが、即ち欲しいものを手に入れることに一歩ずつ近づいていく道だという、具体的な “行動” に置き換えていく過程です。「具体的な」とは、直ぐにでも行動を起こせるということ。

これは、「欲しいもの」によってはとても難しい課題かもしれません。

「体重を5kg落としたい」ということなら、毎日これくらいの運動をしてと、割と簡単かもしれません。でもこれが、「尊敬される人になる」みたいなことだったらどうでしょうか。

尊敬される人になるためには、何をすればいいんでしょう? なんか、分かりませんよね。

そんな時は、“どんなことで” 尊敬されたいのか、“誰から” 尊敬されたいのか、“どんな時に” 尊敬されたいのかといった感じで、大きく曖昧な塊を、小さく具体的な事柄に噛み砕いていくと見えて来るものがあるかもしれません。

「私の欲しいもの」が原点であり、また土台でもあるんです

さて、やるべき行動が明確になったら、あとはひたすら行動するのみ。

残念ながら、ここでまた大きな壁が立ちはだかります。行動を起こすことの難しさは、アレクサンダー・ロックハートの著作 「自分を磨く方法」で言及した通り。

“壁” に出会ったら、もう一度「自分が手に入れたいもの」に戻ってみましょう。その「手に入れたいもの」を、どれくらいの強さで欲しいと思っていますか。

その “思い” が “壁” を乗り越えられるくらい強くなければ、あなたはその壁の前で佇むしかありません。思いが弱ければ、「座り込んでじっと眺めている」状態に陥ることでしょう。

あなたの欲しいものは何ですか? そしてそれは、どれくらい欲しいのですか? 結局、ここに戻ってくるんです。ここが全てのスタート地点であり、ことある度に帰ってくるべき場所なんです。

次のドラム缶まで辿り着かなければ、更にその先にあるドラム缶は見えません

著者の、500マイルにわたって、水も食べ物も草もない、見渡す限り黄土のサハラ砂漠を横断した時の挿話は印象に残っています。

茫漠とした砂漠で唯一の目印となるのが、かつてフランス人が道標として設置した黒いドラム缶。これが5キロごとに砂漠の果てまで続いています。

1つを通り過ぎると、もう1つが5キロ先に見えてきます。

このドラム缶とは、「やるべきことリスト」の中にある一つずつの項目です。砂漠の中で、次のドラム缶を目指して一つずつたどっていくように、やるべきことを一つずつ片づけていくんです。

次のドラム缶まで辿り着けば、更にその先のドラム缶が見えると信じることが大事なんでしょう。



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