古舘春一 『ハイキュー!!』 第25巻 -- “行動を起こす”

以前、高校バレーを題材にした古舘春一さんの『ハイキュー!!』というマンガを紹介しましたが、今回はその第25巻の中の一節を紹介したくて、再登場願いました。

ハイキュー25巻

前回は、当時の最新刊である第16巻を読んだ直後でしたが、それから2年弱で第25巻まで来たんですね。

行動を起こす

舞台背景を少し紹介しておきましょう。主な舞台となるのは、宮城県の烏野高校バレーボール部。そこに所属する1年生の日向翔陽と影山飛雄の2人が主役。

宮城県の県大会で、烏野高校が全国大会常連校の白鳥沢高校を破り、全国大会への出場を決めて一段落したところ。

その全国大会が迫る中、影山飛雄は全日本ユース強化合宿に召集され、同じく1年生の月島蛍もまた宮城県1年生選抜強化合宿に呼ばれ、一人残された日向翔陽は気が焦るんです。

そこで、日向翔陽はメンバーに選ばれてもいない宮城県1年生選抜強化合宿に無理やり参加するという暴挙に出ます。

まさに暴挙。この強化合宿を取り仕切る監督からは、「球拾いとして参加するのは構わないけど、合宿で練習に参加させることは決して無い。その覚悟があるなら参加しても構わない」という許可を貰います。

そして、監督の宣言通り1度も練習に参加させてもらえることはなく、球拾いや参加選手たちの水分補給、洗濯といったサポート作業に精を出します。

合宿の終盤、合宿メンバーとの練習試合のために訪れた白鳥沢高校バレー部。そこに、白鳥沢高校3年でエースの牛島若利がいます。

練習試合の合間、牛島に話しかける日向。同じ白鳥沢高校のバレー部メンバーでも、話しかけるのに気後れしてしまうようなエース中のエースである牛島。

牛島からアドバイスを貰おうと話しかけるのですが、その話の中身はどうでもいいんです。

その姿を見て、白鳥沢高校の2年生が、1年生の次期エース候補にこんな話をします。

「お前は牛島さんに アドバイス求めなくていいの」

そのエース候補の1年生は、「ライバルに助言を求めたくない!」みたいな言い訳をするわけですが、それに対して2年生の先輩が言った言葉が、今回紹介したかった一文。

「少なくとも “行動を起こす” という点で 
 今お前は 烏野10番に確実に 1歩出遅れたワケだ」


行動がすべて

そもそも、日向が強化合宿に無理やり参加したのも “行動” の結果です。

居ても立っても居られなくなって無理やり参加した強化合宿で、監督からは練習に参加させてもらえず、周りからは憐みの目で見られ、言わば針の筵状態。

でも、その結果として日向は確実に成長していくんです。

日常生活の中でここまでのシチュエーションは中々無いと思うけど、でも似たような場面ってのはいくらでもあるように思います。

自分に言い訳をしてその場に留まるのか、無理やりにでも “行動” という一歩を踏み出すのか。結局は、この一歩の差なんですよね。

この一歩の積み重ねでしか先に進むことは出来ないんだなって・・・・

上の写真の金魚鉢の中に書かれている言葉もいいな!

成功ってのは、情熱を失うことなく失敗を積み重ねることから成り立ってるんだ。


末次由紀著 『ちはやふる』 -- 世界一になる!

息子宛にダンボールの宅急便が届いた。結構重いなー、なんだろ?って思っていたら、夜になってフタが開いた状態で廊下に置いてあった。

中を覗いて見ると、末次由紀著の『ちはやふる』という少女マンガ。まだ連載中の本作ですが、どうやら既刊の30巻まで、中古本を大人買いしたようです。

ちはやふるダンボール

百人一首競技かるたを題材にしたもので、「面白いマンガ○○選」とかを見ると、確実に上位にランクインしているマンガの一つですね。

いやー、私も以前から気になっていて、いつか読んでみたいなって思っていたんだけど、いざ目の前に来てしまうと、また多くの時間を取られてしまうなって、微妙に困惑感もあって。

なので、フタの開いた段ボール箱を見下ろしながら、決して手に取ってはいけないと自制するも、まあ1巻だけならいいかと誘惑についつい負けてしまい。

ということで第1巻だけしか読んでいないので、中身の紹介ってわけではないんだけど、これは間違いなく面白いだろって予感がビンビンと伝わってくる。

これだったら誰にも負けない!

主人公の千早は小学6年生。一つ上のお姉ちゃんが美少女グランプリで日本一になるのが “私の夢” という女の子。

そのクラスに福井からやってきた転校生が新(あらた)。2人が出会って最初にしたのは “夢” の話。新の夢は、かるたで名人になること。それは即ち、かるたで世界一になるということ。

そんな新がクラスの皆からハブられ、騒動が起きる中で千早が「綿谷くん、かるただったらここのだれにも負けないよ」って叫びます。

そんな千早の思いを、「1枚も取らせない」と受け取る新。その新を見て千早は思うんですね。「これだったら誰にも負けない」なんてもの、あたしは持ってない、って。

この手の流れは、やっぱり大好きだな。

「これだったら誰にも負けない」って、色んな意味でスゴイよね。「私は持っていない」って思う人がほとんどだろうし、そして大半の人が「羨ましい」って思うんじゃないかな。

それは、「これだったら誰にも負けない」ってのは、そんなにも大好きで、そう公言できるほど情熱を注げるものに出会うことが出来たってことだから。

ちょっと極端過ぎる言い方かもしれないけど、その人はそこに自分の “人生” を見つけたってことだと思うから。だからこそ、多くの人がそういう出会いを探し求めてるんだと思う。

私なんかが世界一になれるわけがない

そこそこ好きなものに出会うことは多いでしょう。でも、それに人生を捧げてみようと思うようなものとなると、これは難しいでしょ。

もしかしたら、そいいうものに出合うことが出来たとしても、「これで世界一になる!」って自分に、あるいは周りの皆に対して宣言する勇気を持つことは、さらに難しいかも。

なぜなら大概の人は、そこに “諦め” が入ってしまうから。「どうせ私なんかどんなに頑張ったって、これで世界一になんてなれっこない」って諦観がね。それも始める前から。

これこそが、『斎藤一人の絶対成功する千回の法則』で紹介した「濁った水滴」なんです。心のコップの中に入っている水を濁らしている原因です。

「どうせ私なんかに」って心の中の小さな囁き声が、私たちの人間性を濁らせてるんです。

どうするか? 一人さんの言ってるのは、綺麗な言葉を使うってこと。具体的には「幸せだな~」って、繰り返し繰り返し言う。キッカケなんて、何でもOK。「今日は青空が見れて幸せ」って。

実は、この「幸せだな~」って言った後に、続けていうと相乗効果となって大きなチャンスをもたらす言葉があるそうなんです。それは、こんな言葉。

「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない」

さて、ここからが核心です。

「幸せだな~」とか「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない」って言葉を言ったからといって、「どうせ私なんかに」みたいなネガティブな言葉が急に無くなるわけではありませんよね。

ということは、「綺麗な水滴」と「濁った水滴」が同時に心のコップの中に注がれるってこと。それなら、「綺麗な水滴」の圧倒的な “量” で「濁った水滴」を凌駕していけば、水は澄んでくるはず。

そう、重要なのは、こうした言葉を声に出す回数なようです。

その回数は1000回。

「千という数字には古くから不思議な力が秘められているのです。なんでもいいから千回続けることができれば、必ずうまくいくものなのです。面白いことに、なんでも千回実行すると神様が力を貸してくれるのです」とは、一人さんの言。

言葉がすべてのスタート地点

神様が手を貸してくれるかどうかは分かりませんが、この千回というのは、私的には「潜在意識に落とし込む」ための回数なのではないかなって思います。

潜在意識

潜在意識ってのは、砕いて言えば「思い込み」ですよね。そして、世の中のすべてのことは、私たちの「思い込み」によって成り立っているんです。

「私にはできない」というのも思い込みだし、「私にはできる」というのも思い込み。

ここで大事なのは、こういった「思い込み」は、「事実」ではなく「虚」なんだけど、それでもこの「思い込み」が私たちの「現実」を決定してしまうということ。

「私にはここまでしかできない」と思えば、そこがあなたの限界だし、「私にはできる」と思えば、あなたの限界はまだまだ先になるわけで。

ヘンリー・フォードの名言の一つ、「本人ができると思えばできる。できないと思えばできない。どちらにしてもその人が思ったことは正しい」も同じことを言ってるんだと思います。

だからこそ、「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない」と言う言葉を千回言って、それをあなたの「思い込み」へと昇華させる。

その時、あなたの人生はどう変わりそうですか?

斎藤一人さんは、「たくさんの人が、『考え方を変えなければ、人間を変えることはできない』って勘違いしているけど、それは間違った考え方である」と言っています。

人間の波動は言葉なのだから、声に出している言葉を変えない限り、人間の考え方や行動は変えることはできないんだよ、って。

言葉がすべてのスタート地点だってこと。


『斎藤一人の絶対成功する千回の法則』 -- 笑顔でネガティブ?

斎藤一人さんの本は何冊も読んでますが、これまで1~2冊しか紹介していなかったので、そこにもう1冊加えるべく、『斎藤一人の絶対成功する千回の法則』を紹介してみようかと。

斎藤一人さんが色んな本の中で言っていることは、いつもシンプルなこと。違う言い方をすると、実践しようと思えば、誰にでも、今この瞬間からでも出来るようなことばかりです。

この本のテーマもシンプルで、文字通り「この世はシンプルにできている」ってこと。

笑顔のままネガティブな言葉を言えますか?

例えば “笑顔” 。笑顔には様々な効能があるんだけど、その一つは笑顔でいると自然に考え方が前向きになるってこと。なぜなら、笑顔のままで後ろ向きのことは考えられないから。

笑顔で暗い言葉をしゃべったり、嫌なことを思ったりはできないんです。笑顔とネガティブなことが、その人の中に同時に存在することは中々想像できませんよね。

ね、シンプルな話なんです。

えっ、いつも笑顔でいられるよう状況じゃあ無い? いやいや、楽しいから笑うんじゃあないんです。笑うから楽しいんです。悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなるんです。

笑顔

一人さん流「ノイローゼで自殺しそうな人を助ける最良の方法」なんてのもあります。

「ノイローゼにかかっている人がいたら、焼肉屋に連れていって、脂の乗ったカルビにニンニクをタップリ乗せて食べさせるのです。ニンニク臭い息をして、口の周りを脂だらけにしている人の顔は、ノイローゼに似つかわしくありません。ちょっと考え難い取り合わせです」

なんでこれでノイローゼが治ってしまうかというと、考え難い取り合わせは、この世で存在することができないから。そう、笑顔とネガティブイメージと同じことなんだよって。

「病は気から」って言葉もあるくらいだから、一人さんの治療法(?)も、あながち間違いとは言い切れないんじゃないかな。

自分の心をコップ一杯の水としてイメージしてみる

“気” って “心” ですよね。では、人間の心って、どれくらいの大きさだと思いますか?

人によっては無限に広がっているように思う人もいるでしょうし、そもそも大きさという概念が当てはまらないって考え方もあるでしょう。

一人さんの意見は、「心の大きさは、おそらくコップ一杯程度」とのこと。そして、このコップの中には水が入っているそうです。

この水が人間の心そのものだと考えてみてください。その人の性格や人間性は、この水によって決まってくるのです。清らかに澄んだ水なのか、それともドロドロに濁った水なのか。

コップの水

実を言うと、ほとんどの人の水は濁っているそうです。なぜなら、気がつかないうちに自分や自分の周りの人が、常に濁った水を自分のコップに垂らしているから。

濁り水とは、それまで自分が口にしたり、心で思ったり、あるいは自分に向けられてきた諦めや絶望、妬みなどの言葉のこと。

「私は本当にダメな人間だなあ」
「自分には何も出来ない」
「あ~あ、お金がないなあ」
「あいつのせいで、うまくいかないんだ」
「俺なんかこの世からいなくなっちゃった方がいいんだ」

私たちの心のコップには、水が満々と入っています。自分に向けて声を出したり、周りの人からの言葉を耳にするというのは、このコップに滴を垂らしているようなものなのです。

当然、コップから水が溢れてこぼれます。この溢れた水が、その人の人間性そのものを表している。

溢れた水は、その人の表情であったり、態度や行動になります。立ち居振る舞いや仕草、そして言葉となって出てくるんですね。

コップの水が濁っていれば、溢れる水も濁った水でしょう。もし「妬み」という濁った水で満たされたコップを持っていたら、溢れてくる水もまた「妬み」なのです。

「幸せだな~」って言うのに、特に理由なんていらない?

千回の法則心のコップが濁り水で満たされている間は、決して幸せになれません。幸せになるために先ずしなければならないことは、この濁り水を澄んだ水にすること。

どうすれば濁った水がきれいになるのかというと、きれいな水を垂らし続けるのです。

現実世界と同じこと。そして、とってもシンプルな話。

きれいな水を垂らしても、初めのうちは濁った水が溢れてきますが、それは仕方がありません。

それでも垂らし続けていると、いつの間にかコップの水がきれいになっています。

心のコップに垂らすこのきれいな水は何なのかといえば、もう分かりますよね。きれいな言葉を一滴ずつ辛抱強く垂らしていく。つまり、きれいな言葉を口に出していくのです。

きれいな言葉を使えば幸せになれる。汚い言葉を使えば不幸になる。これが、一人さんが言うところの「人生はシンプルにできている」ということなのです。

具体的にきれいな水というのは、どんな言葉なのか? 一番分かり易い言葉は、これ。

「幸せだな~」

幸せになりたいと思ったら、「幸せだなあ」と声に出してみる。この言葉がコップに垂らすきれいな一滴の水なんです。

言葉はエネルギーです。文字通り、物理的なエネルギーということです。口から出た言葉は、エネルギーになって天空を駆け上り、星にあたって再び自分の元に戻ってくるんです。

「幸せだな~」と声に出せば幸せが、「ありがたいな~」と言えばありがたいことが自分に返ってきます。それも、水の波紋のように、何倍もの大きさになって返ってくるのです。

因みに、逆もまた真なので、これは本当に要注意!

ここでも大事なのは、何かのキッカケがあって「だから幸せだな~」ではなくて(もちろんキッカケがあってもいいけど)、唐突に「そういえば、オレッて幸せだよなあ」と言うことです。

幸せだから笑うのではないのです。笑うから幸せになるのです。



「フロー」に関する本2冊 -- フローってのは幸福状態なんだ!

PCの中を整理していたら、昔読んだM・チクセントミハイ著 『フロー体験 喜びの現象学』の覚え書きが出てきて、それを読み返していたら何となく心に引っかかるものがあった。

M・チクセントミハイはハンガリー系アメリカ人の社会心理学者で「フロー理論」というもの提唱しています。そして、本書はそのフローについて書かれたもの。

本書の中で、フロー体験とは次のように定義されています。

「一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをすることのために多くの時間や労力を費やすような状態」

簡単に言えば、「時間を忘れるほど、自分がやっていることに夢中になっている状態」。

夢中

誰もが体験したことがあるのではないでしょうか。自分が心底やりたいと思っていることに没頭していたので、いつの間にか時間が過ぎてしまっていた。ま、一種の幸福状態ですよね。

適切な「目標」と、明確な「フィードバック」が必要

“夢中” というのは、自分の心理的エネルギーが一点に集中している状態。逆に、心がかき乱されていたり、漫然と時間を過ごしていると心はカオスな状態にあり、フローとは対極にあります。

チクセントミハイは社会心理学者として長年、「生きる喜び、仕事の楽しさとは何なのか」といったことを研究してきました。そして分かったことは、フロー体験こそが “喜び” や “楽しさ” なんだと。

じゃあ、どういう時にフローを体験し易いのかというと、

「目標を志向し、ルールがあり、自分が適切に振舞っているかどうかについての明確な手がかりを与えてくれる行為システムの中で、現在立ち向かっている挑戦に自分の能力が適合している時」

多分、(私の覚え書きは)翻訳のまま書き写しているのだと思うけど、言いたいことは分からなくもないけど、回りくどい言い回しではありますね。

自分の能力に見合った(心から達成したい、容易ではないけれど現実的な)目標を持っていて、自分の行動に対する明確なフィードバック(目標に近づいているかどうか)がある状態、かな。

こんな時、目標に向けて心が集中し、時の過ぎるのも忘れてその活動に没頭し易くなる、ってこと。そして、人の心は満たされ、心の中に調和が生まれるんです。これこそが人の “幸せ” 。

自分の覚え書きを読んで心に引っかかったのは、まさにこれ。最近、「時を忘れて没頭」したことがないな、心は調和とは程遠いかも。むしろ、カオスに近い?

いま現在、目標に向かって行動している積りはあるけれど、目標に辿り着くまでの「計画」が無いので、自分に正直になれば「漫然と生きている」って言わざるを得ない、かな。

物事が流れに乗っているように、自分でも信じられないくらいうまくいく

この本を読み返してみようと本棚をアチコチ探したんだけど、見つからない。代わりに出てきたのは、チャーリーン・ベリッツ+メグ・ランドストロム共著の『パワー・オブ・フロー』。

パワーオブフローこっちの本ではフローの定義を、

「フローとは自分と他人や世界との垣根を取り払い、宇宙と調和して生きているという実感を味わわせてくれる、努力とは無縁の自然な人生の開花である」

と表現しています。

フローは「努力とは無縁」とありますが、フローに乗って泳ぐことを覚えると、さしたる苦労もせずに楽々と人生を渡っていくことが出来る、ということのようです。

フローに乗れば、ストレスや葛藤がなくなり、不安が鎮まり、深い満足感や喜びを感じられるようになるんだよ、って。

フローを日本語にすると「流れ」でしょうか。物事が流れに乗っているように、自分でも信じられないくらいうまくいく。1度や2度くらい、似たような経験をしたことがあるかもしれませんね。

そんな状況を「意図的」に、そして「いつでも」生み出すことができたなら、そりゃあ素晴らしい!

そんなフローに乗って生きるために必要な、9つの「心の法則」が紹介されています。
  1. 物事に真剣に関わる
  2. 自分に素直になる
  3. 勇気をもつ
  4. 情熱を忘れない
  5. 今、ここに生きる
  6. 心に壁をつくらない
  7. 物事をあるがままに受け入れる
  8. 前向きに生きる
  9. 信頼する
どれもこれも珍しいものではありません。これまでにも、いろんなところで目にしてきた言葉でしょう。中身もよく分かるし、そうあるべきだと思う。

じゃあいつも実践してる?って問われると、胸を張って「Yes」とは言えない自分がいます。

どれも “本気” でやろうとすると、その気合に比例して大きな壁が立ちはだかってくるような気がする。でも、やった分だけ大きな見返りがあるってのも、誰もが知ってること。

真剣に、そして素直に、勇気と情熱を持って、人と共に前向きに生きる。

漫然と時を過ごすなんて勿体なさ過ぎる。それこそ人生なんて、漫然と生きていても夢中で生きていも、いずれにせよあっという間に過ぎ去ってしまうんですから。



「カラーバス効果」って知ってた? これは応用範囲が広いかも

加藤昌治さんの『考具』の紹介の続き。今回は面白そうな「考具」を2、3紹介しようかと思います。

本書の中では、「考具」を大きく次の3つのカテゴリーに分けて紹介しています。
  • 情報が頭に入ってくる考具
  • アイデアが拡がる考具
  • アイデアを企画に収束させる考具
一つ目に紹介する考具は、「情報が頭に入ってくる考具」から「カラーバス」なるもの。

color bath と言っても、「色」限定ではなくて

これは、カラーバス効果という心理用語からきているものでしょう。英語で書くと「color bath」で、直訳すると「色を浴びる」ってこと。

これは「ある一つのこと」を意識すると、その意識していることに関する情報が無意識のうち、自分の手元にたくさん集まるようになる心理現象なんです。

理解しやすいように「ある一つのこと」を色(例えば赤色とか)に例えているだけで、「color」に限定したものではありません。

「今日は赤っ!」と考えて街にでると、普段は目の前にあっても気がつかなかった赤い看板が目に入ってくるとか、赤い車ばかりに気が向くとか・・・なんてことを説明はしやすいでしょ。

色鉛筆

先日、長年乗ってきたオデッセイを手放すべきか、もしかしたらまだまだ乗れるかな、なんて迷っていた時に街を歩いていたら、やたらとオデッセイが目に入ってきました。これもカラーバス効果。

あるいは、以前に小林正観さんの 「『そ・わ・か』の法則」という本を紹介しましたが、この記事の中の「朝起きて、ベッドから出る前に、『ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・』と100回言うと」って話も、いま考えてみると、これもカラーバス効果だったってことに気がつきます。

「ありがとう」を意識すると、脳は「ありがとう」の合理的な理由を探し始めるんですね。

ということで、意識するものは「色」でも、「クルマ」でも、「ありがとう」でもOKだし、もちろん「形」や「位置」、「音」なんかでも構わないんです。意識するものを一つ決めて、街中を歩くだけ。

すると、私たちの頭や脳は「これが知りたいな」と半ば無意識に思っていることを命令として捉えて、勝手に探してくれるのです。

アイデアを考えようとするとき、何よりも一番大切な心構えは、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」ってこと。何度も繰り返してますが、とにかくコレ。

でも、例えばクルマに関するアイデアを考えようとする時、クルマ周りのことだけで考えてしまうといった感じで、アイデアを探す範囲が狭くなってしまうという落とし穴があります。

それが、カラーバスを使って、「○○色」とか「○○な形」なんてことを意識しさえすれば、注意力の方向をクルマ以外に向けることが簡単に出来るんです。

「赤」の共通項で括られると、自分の想像をはるかに超えたアイテムたちが集結することになります。靴下と回転寿司の看板なんて、一緒に想起することってまず間違いなくないでしょ。

一見関係なさそうなものたちが自然に集まってしまうことが、カラーバスの最大の効能なんです。

歩くのも街中と限ったわけではなく、例えばショッピングモールとか、トイザラスとか、あるいはダイソーとか、狭い範囲で限定してしまうのも、それはそれで新しい発見があるかもしれません。

8つの入り口から入ると、そこには64個の入り口が現れて・・・

続いて、私もよく使っている「マンダラート」を紹介しましょう。

脳の働きというのは、通常のノートのように直線で行って、戻ってというようなものではなくて、放射状に展開していくイメージってのは、なんとなく理解できますよね。

そうした頭の動き方をトレースしたノート法がマインドマップとかマンダラートなわけです。

どちらも、ご存知の方は多いことでしょう。私自身もマンダラートを年初の目標設定などに使ったりしていますが、改めて紹介すると、マンダラートとは正方形を縦3列×横3列に区切ったもの。

正方形を縦3列×横3列に区切ると9つのマスが出来ますが、この真ん中にテーマを書きます。例えば「2015年の目標」とか、アイデア出しに使うなら「マグカップ」とか。

そのテーマに関連すること、あるいはテーマから出題された問いかけに対する答、例えば新商品企画の手がかりになりそうなことを周辺の8つのマスへと書き込んでいきます。

テーマが「マグカップ」とすると、形状、色、取っ手、価格、飲み易さ、強度、柄、重量、なんて感じ。考えていけば、まだまだいくらでも出てきそうです。

これで、マグカップの「商品コンセプト=切り口」が少なくとも8つは登場したことになります。

マンダラ

後は、これを繰り返すだけ。8つの切り口(入り口)から更に奥へ奥へと潜り込んで行く作業です。周辺に書いた8つのマスの内の一つひとつを更に展開させていくんです。

例えば、次のマンダラの真ん中には「取っ手?」と書く。そして、このコンセプトを新商品に発展させるためには何が必要なのか? この問いに対して周辺の8つのセルを再び埋めていく。

「指が2本入る」「子供でも持ちやすい」「人間工学」・・・・・。

8つの切り口があって、それぞれをまた8つ展開できたら「8×8=64」の新商品企画につながる要素が生まれたことになりますよね。

大きくしたり、小さくしたり、もしかしたら他のものに使えないかな?

「マンダラート」は、「アイデアが拡がる考具」の一つですが、このカテゴリから最後にもう一つ、「オズボーンのチェックリスト」なるものに軽く触れておきましょう。

この「オズボーンのチェックリスト」とは、アイデアを生み出すための要素の組み合わせ方、その基本パターンを網羅したものなんです。

なので、アイデア出しに行き詰ってしまったときに有効な考具な訳ですが、このチェックリストは全部で以下の9か条です。

◆転用したら?
  →現在のままでの新しい使い道は?
◆応用したら?
  →似たものはないか? 真似はできないか?
◆変更したら?
  →意味、色、動きや臭い、形を変えたらどうなる?
◆拡大したら?
  →大きくする、長くする、頻度を増やす、時間を延ばすとどうなる?
◆縮小したら?
  →小さくする、短くする、軽くする、圧縮する、短時間にするとどうなる?
◆代用したら?
  →代わりになる人や物は? 材料、場所などを代えられないか?
◆置換したら?
  →入れ替えたら、順番を変えたらどうなる?
◆逆転したら?
  →逆さまにしたら? 上下左右・役割を反対にしたらどうなる?
◆結合したら?
  →合体、混ぜる、合わせたらどうなる?

オズボーンのチェックリストを使うことで、ある情報やアイデアのヒントを色んな角度から見ることが出来るようになります。同じ情報源からアイデアが生まれる可能性を何倍にでも出来るわけですから、これは強力な武器になりそうじゃないですか。

ってことで、アイデアの作り方、その手法はいたってシンプル。今も昔も変わらないんです。違うのはその方程式に入れるデータな訳で、そのデータは時代や環境に応じて変化し続ける・・・・・

だからこそ、アイデアが尽きる、ということは有り得ないってこと。

さてさて、本書に限りませんが、今回も著者に指摘されてしまいました。

    ここまで読み進めてくれたあなたにとっての最大の問題は、
    「読んで、分かって、やらないこと」


まずい、言い返せない!


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