マルコム・グラッドウェル著 「第1感」 -- 誰にも断言できない?

マルコム・グラッドウェル著 「第1感」の紹介の2回目。

前回、赤青4組のカードを使ってのゲームで、人には自分が明確に意識する前から「なんとなく感じる」ものがあって、それが切羽詰まった状況でどんな風に働くかって話をしました。

無意識の内に危険回避行動をとるといった有効に働く場面がある一方で、瞬間的な認知が私たちを欺く場合があるのも事実のようです。今回は、そのあたりの話を。

「人種のことは私の判断をまったく左右しなかった」って、本当?

もう20年も前の話ですが、O・J・シンプソン事件というのがありました。

被疑者・被告人となったシンプソンが元プロフットボール選手および俳優として有名であったという点に加え、シンプソンが黒人ということで、人種差別問題も絡めて世界中の注目を集めました。

結果は、刑事裁判では無罪判決となります。(その後、補償賠償と懲罰賠償を加害者にするように求めた民事裁判では、殺人を認定する判決が下っています)
判決
さて、刑事裁判での無罪が決まったあと、陪審員の一人がテレビに出て、『人種のことは私の判断をまったく左右しなかった』と胸を張って答えていたそうです。

でも、これって本当に断言できることなの? ってのが、今回の主題。

大概の人は「すべての人種は平等だと思う」と答えるでしょうねえ

人種に関する有名なテストを以下に紹介するので、各自トライしてみて下さい。

先ず、テストの前に人種に対する考えを聞かれるのでが、大概の人は「すべての人種は平等だと思う」と答えることでしょう。

最初のテストは、「傷つける、凶悪、輝かしい、黒人の写真、白人の写真、素晴らしい」という6つの言葉が、「アフリカ系アメリカ人、または善」と「ヨーロッパ系アメリカ人、または悪」という2つのカテゴリのどちらに関連付けられるか瞬間的に判断し、テキパキと答えるように指示されます。

図にしてみるとこんな感じ。

カテゴリA

実際にやってみると分かりますが、「傷つける」は「悪」だから「ヨーロッパ系アメリカ人、または悪」の方だよな、とは単純にいかないのが不思議なところ。

「アフリカ系アメリカ人」と「善」とを組み合わせると、なぜ「輝かしい」とか「素晴らしい」という単語を、すんなりとこちら側に関連付けできないのでしょうか?

人種と組み合わす「善」と「悪」という言葉を入れ替えて2回目のテスト

今度は、人種と組み合わす「善」と「悪」という言葉を入れ替えてテスト。

カテゴリB

残念なことに、今度はすらすらと答えられた人が多いのではないでしょうか。

凶悪? 「アフリカ系アメリカ人または悪」だ。

傷つける?  これも「アフリカ系アメリカ人または悪」。

素晴らしい? 「ヨーロッパ系アメリカ人または善」。

無意識な態度が意識的な価値観を裏切ることがある

これまでにテストを受けた人の80%以上が「白人」を善とする連想をしているそうです。

つまり、「アフリカ系アメリカ人」のカテゴリーに悪い意味の単語を入れるのは(心理的に)簡単だけど、よい意味の単語を入れようとすると “引っかかる” のです。

このテストは、人種に(限りませんが)対する人の態度には二段階あるということを示しています。

ひとつは意識的な態度、すなわち自分で選んだ信念。はっきりと表明した価値観であり、人はこの価値観に基づいて、よく考えて行動します。テスト前の質問で、大概の人の答えである「すべての人種は平等だと思う」というのが意識的な態度です。

でも、無意識な態度が意識的な価値観を裏切ることがあるというのが先のテストです。

それが第二の段階、すなわち人種に対する無意識な態度であり、考える間もなく自動的に生じる瞬時の態度や行動です。

私たちは白人を善と結びつける文化的なメッセージに日々さらされています。

「人が支配的なグループとの肯定的なつながりを選ぶのではない。そうではなく、そのように求められているのだ。周囲では支配的なグループが常に善と結びついている。新聞を開いてもテレビをつけても、そこから逃れられないようになっている」

私たちの無意識は、知らないうちに様々な影響を受けていることを考えると、冒頭で紹介したO・J・シンプソン事件の陪審員の一人のように、自分の判断を「断言」できるとは誰にも言えないのかもしれません。

白と黒とチェス

O・J・シンプソンが逮捕された後、多数の出版物が彼の写真を掲載しました。中でも対照的だったのは、タイム誌とニューズウィーク誌でした。

オリジナルの写真を表紙に掲載したニューズウィーク誌に対して、タイム誌は彼の皮膚を暗くした顔写真を表紙に使ったのです。タイム誌には市民グループからの強い抗議を受けました。

後に、写真を加工したタイム誌のイラストレーターは、「より巧妙に、より注意を引きたかった」と語ったそうです。

この医者は誰?

次男が大学の心理学の授業で出されたなぞなぞを教えてくれました。

ある男性と彼の息子がひどい交通事故に巻き込まれた。父親は亡くなり、息子は救急治療室に運び込まれた。病院に着くなり、治療に当たった医者はその子を見て息を飲んだ。「うちの子だ!」。

さてこの医者は誰か。

これは洞察力を試すなぞなぞです。紙と鉛筆を使い、筋道に沿っていけば解ける数学や論理学の問題とは違います。

答えは、医者=男という思い込みを捨てた瞬間にひらめきます。そう、医者は男とは限らないのです。この医者は負傷した男の子の母親だったのです。



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