やる気になれば誰にでもできる小さなことを積み重ねていけば

てんつくマンという人をご存知でしょうか。わたし、大好きで、講演会(?)でも何度か話を聞かせて頂いたことがあります。

そのてんつくマンが作った「107+1 ~天国はつくるもの~」という映画があります。てんつくマンと映画の話は改めて後日にしたいと思いますが、今回はこの映画を見て行動を起こした人の話。

毎朝午前6時、新宿駅東口広場でゴミ拾い

上智大学4年生(当時)の荒川さんの一日は、毎朝午前6時、新宿駅東口広場から始まります。

もしかしたら世界一、人の往来が激しいかもしれないこの広場のゴミを拾ってから学校に行くという生活を、もう半年も続けているのです。

きっかけは、この映画でした。映画を見て号泣し、「一人が動けば世界が変わる」というメッセージに動かされ、「俺も動こう、何かをやろう」と思い立ちます。

そして頭に浮かんだのが、ゴミが散乱している新宿駅東口広場だったのです。

「毎朝6時からこの広場のゴミ拾いをやる」と決めますが、現実はそう甘くはありません。それまで9時、10時に起きるという生活をしていたので、毎朝5時に起きるだけでも大変な事です。

時期は秋から冬へと変わろうとする頃。寒さが厳しくなる中、通常のゴミは勿論、ねずみやカラスの死骸、女性の下着、注射針など、考えられないようなものまで捨てられていて、2時間、3時間とかかって集めたゴミは10袋以上にも膨れ上がったそうです。

友人のアイデアで、「一緒に掃除してくれる人募集」と書いたダンボールの看板を首にかけていましたが、変な目で見る人、目の前にわざとゴミを捨てる人、せっかく集めたゴミを蹴飛ばす人まで。

「もう止める、明日は止める・・・でも」って、何回も何回も心の中で葛藤を繰り返していました。

一番最初に手伝ってくれた人はホームレスのおじさん

そんなある朝、一人でゴミを拾っていると、気がついたら一緒にゴミを拾ってくれている人がいるんです。ホームレスのおじさんでした。

「君が毎日掃除しているのを見て、手伝えないかと思って」と言って、それ以来毎日掃除を一緒に手伝ってくれるようになります。

ホームレスとゴミ

いつの間にか、「つらい」とか「やめたい」といった思いが無くなっている自分に気がつきます。すると不思議なことに、道行く人から「毎日ありがとう」とか「御苦労さま」と声をかけられたり、時には温かい飲み物を差し入れてくれる人まで現れるようになります。

そして、「手伝います」と言って、一緒にゴミを拾ってくれる仲間が一人、二人と増えていったのです。

荒川さんが一人で始めてから半年が経過するころには、新宿駅東口広場のゴミ拾いは、同世代の大学生を中心に少しづつ仲間の輪が広がり、毎日10人前後の人たちが集まってくれるようになりました。

やる気になれば誰にでもできる小さなことを着実に積み重ねていけば

この活動をしている中で気がついたことがあるそうです。

荒川さん自身もそうでしたが、よく「人生を変えたい」とか「幸せになりたい」と言いながら、でも「何をしたらいいか分からない」という人が多くいます。

熱中しているものもないし、友達と遊びたいし、ダラダラしていた方が楽だと思い、人生を変えたいと思っても、その一歩を踏み出せない人がたくさんいます。

でも、人生を変えるって、会社を起こすとかメジャーデビューするとか、そんな大きなことをしなくてもいいんだって気づいたそうです。

ゴミ拾い、毎朝元気に挨拶をする、お母さんの家事を手伝う。そんな小さな、やる気になれば誰にでもできる小さなことを着実に積み重ねていけば、それによって自分の人生は必ず良い方向へと向かっていくんだと。

以前に紹介した今野華都子さんの、「単調な日々のなかで、どのように自分を育てていくか」という言葉と同じことのような気がします。今野さんは、元気な挨拶や笑顔、あるいは人を認めたり自分を許したりすることで「自分を育てていく」と言っています。

「やる気になれば誰にでもできる小さなこと」って、例えば「きちんと挨拶する」、「元気に返事をする」、「靴を脱いだら揃える」、「席を立ったら椅子を戻す」といったことなんだと思います。

“無力” と “微力” は全然違うんだ

てんつくマンは外で食事をするとき、割り箸を使わずに常に持ち歩いているマイ箸を使うそうです。それは、「森林を守るために自分の箸くらい持ち歩こうと思って」ということ。

同席した人が、「あんた一人がやったって知れてるじゃないか」って言うと、てんつくマンは “無力” と “微力” の話をするそうです。

気づいていても何もやらなければそれは無力。何年たっても何も始まらないし、何も変わらない。でも、微力でも続けていれば、理解者も出てきて少しずつ広がって、やがて大きな力になると思う、と。

二宮尊徳の「積小為大(せきしょういだい)」という教えがあります。

大事をなさんと欲せば、
小なる事を、怠らず勤むべし。
小積もりて大となればなり。
凡そ小人の常、大なる事を欲して、
小なる事を怠り、
出来難き事を憂ひて、
出来易き事を勤めず。
それゆえ、終に大なる事あたはず。
それ大は小の積んで
大となる事を知らぬ故なり。

これは奥が深いなー。


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