山本周五郎著 「さぶ」

山本周五郎著「さぶ」のご紹介。

私の人間性の形成において大きな影響を受けた3人の“山さん”の内の一人、山本周五郎と初めて出会った本です。

きっかけは小林旭主演の映画でした

きっかけは映画です。「無頼無法の徒 さぶ」という映画なのですが、主演は小林旭です。製作は1964年となっていますが、私が見たのはTVの深夜枠で1970年代の初めの頃だったと思います。

当時、小林旭の大ファンだった(といっても時代がずれているので、古い映画を深夜にTVで見てファンになったのですが)私は、それまでに見ていた「渡り鳥シリーズ」とは全く趣の変わった「さぶ」に深い衝撃を受けたのです。

文庫さぶその日からどれくらいの日数が過ぎていたのか定かではありませんが、ある日、本屋で「さぶ」という題名の本を見つけました。

映画の「さぶ」に原作があるとは知らなかったので、まさかと思い本を手に取りページを繰ってみると、見事にこの映画の原作だったのです。

これが、その後長きに渡って読み続けることになる山本周五郎との出会いでした。

左の写真は、その時買った文庫本ですが、奥付には昭和48年(16刷)とありますので、約40年前のものです。表紙にシミもでき、年輪を感じさせます。因みに220円です。

「山口瞳さんの『男性自身シリーズ』と出会った本屋を何十年後の今でも覚えていて」という話を以前書きましたが、この山本周五郎の「さぶ」と出会った本屋も、その本屋の棚のどの辺にあったかも覚えています。

記憶って不思議なもんですね。

本の題名は「さぶ」、でも主人公は栄二?

小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。

こんな出だしから始まります。

この本には、二人の主人公がいます。題名になっているさぶと、もう一人の主人公栄二。

「ずんぐりした体つきに、顔もまるく、頭が尖っている」さぶは、いつも陽のささない片隅でみんなからぐずと言われ、人に軽んじられながら、下積みになって働かなくてはなりません。

一方、「痩せたすばしっこそうな体つきで、おもなが顔の濃い眉と、小さな引き締まった唇が、いかにも賢そうな、そして気の強い性質をあらわしている」栄二は、利発で、腕が立ち、そのうえ人に、特に若い娘たちに好かれ、幸福な将来を約束されているのです。

題名は「さぶ」ですが、主人公はむしろ栄二といってもいいでしょう。映画の中で小林旭が演じたのも栄二です。因みに、さぶは長門裕之が演じています。

さぶ単行本この対照的な二人の友情(あるいは、さぶの栄二に対する無償の愛)を主題としながら、栄二の成長を追っていくというのがざっくりとした物語の流れです。

明るい将来が約束されたかのように見えていた栄二は、盗人の濡れ衣を着せられ人足寄場(ある種の刑務所に近い施設かな)に送られてしまいます。

これまで人から愛され、好意を持たれ続けてきた栄二は、人の好意を素直に信じる純情さを持っていたのですが、その一番大切なよりどころが根底からくつがえされたのですから、自暴自棄になり、自分を陥れた相手に対して激しい憎悪を抱くのは当然の成り行きでしょう。

栄二は、この人足寄場で様々な人と出会い、そして精神的な成長を遂げていくことになります。

寄場の役人も大きな役割を果たします。憎悪に凝り固まり、復讐を誓った栄二はさぶさえも拒絶するのですが、そんな栄二に役人の一人岡安さんが言います。

おまえは気がつかなくとも、この爽やかな風には木犀の香りが匂っていいる、心をしずめて息を吸えば、おまえにもその花の香が匂うだろう、心をしずめて、自分の運不運をよく考えるんだな、さぶやおすえという娘のいることを忘れるんじゃないぞ

ある意味、高慢で独りよがりだった栄二が、寄場の様々な人たちとの出会いの中で、人間にとって何が真実であるかということを徐々に学んでゆきます。

どんな人間だって独りで生きるもんじあない

寄場の仲間の一人、与平さんがこんなことを言います。

栄さんはきっと一流の職人になるだろうし、そういう人柄だからね、もっとも、栄さんだけじあない、世の中には生まれつき一流になるような能を備えた者がたくさんいるよ、けれどもねえ、そういう生まれつきの能を持っている人間でも、自分ひとりだけじあなんにもできやしない、能のある一人の人間が、その能を生かすためには、能のない幾十人という人間が、眼に見えない力をかしているんだよ、ここをよく考えておくれ、栄さん

寄場から解放され、おすえを妻にめとり、さぶと一緒に自分たちの店を始めるも、ほとんど仕事がなく、おすえの内職やさぶが人足をして稼ぐわずかなお金で飢えを凌ぐ日々が続きます。

栄二は、「女房に稼がせるようになったら、男はそれでおしまいだ」って、おのぶに打ち明けると、おのぶは言葉を返してきます。

とんでもない、冗談でしょ、人間が人間を養うなんて、とんでもない思いあがりだわ、栄さんが職人として立ってゆくには、幾人か幾十人かの者が陰で力をかしているからよ-----さぶちゃんはよくいったでしょ、おれは能なしのぐずだって、けれどもさぶちゃんの仕込んだ糊がなければ、栄さんの仕事だって思うようにはいかないでしょ

言葉に詰まる栄二に、おのぶは続けます。

さぶちゃんが誰にも負けない仕込みをする、っていうのは嘘じゃないでしょ、栄さんはその糊を使って仕事をする、掛物にしろ屏風にしろ、仕上がりがよければ栄さんは誉められるわ、いい仕上げだ、立派な腕だって、-----そのとき糊をほめる人がいるかしら、この掛物に使った糊はみごとな仕込みだって、仮にもほめるような人があると思って、栄さん

与平さんは、上の話の場面で、こんなことも言っています。

どんな人間だって独りで生きるもんじあない、おえまさんは決して一人ぼっちじあなかったし、これから先も、一人ぼっちになることなんかあ決してないんだからね

この辺りが、「さぶ」の大きなテーマなのかもしれません。


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