ジェームス・W・ヤング著 「アイデアの作り方」 -- 霊感ではない!

前回、「スウェーデン式アイデア・ブック」という本を紹介しました。本棚からたまたま手に取った本がこれだったのですが、読んでいる内に(前回も触れた)この系統の本として古典的名著と言われる、「アイデアの作り方」の方も紹介しないと片手落ちのような気がしてきて。

ということで、ジェームス・W・ヤング著 「アイデアの作り方」のご紹介。

アイデアとは、神の啓示の如く、ある日突然降ってくる物ではない

アイデアの作り方本書は、著者がシカゴ大学ビジネススクールで広告を専攻する大学院生に向けて講義した内容をまとめた60ページ程度の本で、原著は1940年初版発行。

80年近く前の本書ですが、アメリカの広告クリエーターの間では早くから「バイブル」と愛称されていたとのこと。

いわゆる「古典」ですが、内容的には現代でも通用する、アイデアを作り出すための「技術」を紹介してくれます。

表紙の内側には、「《アイデアをどうやって手に入れるか》という質問への解答がここにある」と記されています。

前回の本と同じく、これが “命題” です。

著者曰く、「アイデアとは、神の啓示の如く、ある日突然降ってくる物ではなく、アイデアの作成は自動車の製造と同じように一定の明確な過程である」。

言い換えると、アイデアの製造過程は一つの「流れ作業」であり、習得可能な「技術」であり、「技術」を習得する際、学ぶべき大切なことの第一は「原理」であり、第二は「方法」である、とのこと。

アイデアの作成において一番大切なことは、ある「特定」のアイデアをどこから探し出してくるかということではなく、「全て」のアイデアが作り出される「方法」の訓練であり、アイデアの源泉にある「原理」を把握する方法なんだそうです。

そして、前回から何度も繰り返していますが、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」というのが、アイデア作成の基礎にある最も大切な事実、そして原理なのです。

アイデア作成

モーパッサンが小説を書く勉強法として勧められた

さて、アイデアを作り出す「技術」について「5つの段階」を通ることになるのですが、ここではその必然性が十分に理解されていながら、実際には多くの場合無視されている「資料を集める」という第一段階を紹介しましょう。

実際問題、この「資料を収集する」という作業は、実に大変です。だから、体系的に資料集めをやる代わりに、霊感が訪れてきてくれるのを期待して、いい加減でごまかしてしまうことが多い、と。

収集すべき資料は特殊資料と一般資料の2種類があります。

特殊資料とは、例えば何かの製品を作って売ろうとする場合、「製品」そのものと、それを売りたいと想定する「人々」についての資料のこと。

簡単に言えば、製品と消費者について身近な知識を持つということ。製品開発においては最も基本的なことですが、実際にはそれが上手く出来ていない商品を見かけることも少なくありません。

この知識の習得には、「モーパッサンが小説を書く勉強法として先輩作家からすすめられたプロセス」と似たところがあるって書かれていますが、これがなるほど納得なんです。

「パリの街頭に出かけてゆきたまえ。そして一人のタクシー運転手をつかまえることだ。その男には他のどの運転手とも違ったところなどないように君には見える。しかし、君の描写によって、この男がこの世界中の他のどの運転手とも違った一人の独自の人物に見えるようになるまで、君はこの男を研究しなければいけない」

わたし達は、表面的な相違がほとんど目立たないような場合、そこには何ら相違点がないと決めつけてしまい、あまりに早くこの知識の習得を中止してしまうのです。

しかし、十分深く掘り下げていけば、ほとんどあらゆる場合、すべての製品とある種の消費者との間に、アイデアを生むかもしれない「関係の特殊性」が見つかるものである、と著者は言います。

目の覚めるようなまったく新しい組み合わせが

一方、一般的資料とは文字通り一般的な資料のこと。そして、特殊資料と一般資料の収集が大切だという理由は、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである」という原理によるもの。

アイデアは、製品と消費者に関する特殊知識と、この世の種々様々な出来事についての一般知識との「新しい組み合わせ」から生まれてくるものだからです。

著者は、このアイデア創造の過程を万華鏡に例えて説明しています。万華鏡の中には、様々な色の多数の小片が入っていますが、万華鏡を回すたびに、これらの小片は新しい位置関係にやってきて、あらゆる種類の幾何学的デザインを生み出します。

この新しい組み合わせは、中に入っている小片の数が多くなればなる程、新しい、目の覚めるような組み合わせを生み出す可能性も高くなるのです。

一つの新しいアイデアを生み出すと言うことは、私たちが住んでいるこの万華鏡的世界に一つの新しいパターンを生み出すということなのです。

万華鏡的世界

さて、最後の「第五段階」でアイデアを “具体化” していくのですが、ここに壁が立ちはだかります。

ここまで精魂こめて育んできた可愛い子供(アイデア)が、当初産み落とした時に思っていたような素晴らしい子供ではなかったことに気が付くのが、この段階なんです。

ほとんどすべてのアイデアは、産み落とした形のままではダメであり、忍耐強く種々たくさんの手を加えて、現実の過酷な条件に適合させていく必要があると。

多くの良いアイデアが陽の目を見ずに失われてゆくのは、どうやらこの段階においてらしい。

だからこそ、この段階までやってきて、自分のアイデアを胸の奥底にしまいこんでしまうような愚は決して犯さないよにと、著者は警告しています。

でも、なるほど「自分のアイデアを胸の奥底にしまいこんでしまう」ような感覚は、よく分かるような気がします。

「理解ある人々の批判を仰ぎましょう」って書かれているけど。「良いアイデアというのは、いってみれば自分で成長する性質を持っているものなんだ」ってのも分かるけど。

不完全な自分の子どもを公に出して批判を仰ぐのは、やっぱり勇気が必要。

それでも、「良いアイデアは、それを見る人々を刺激するので、その人々があなたのアイデアに手を貸してくれ、あなたが見落としていたそのアイデアの持つ種々の可能性を明るみに出してくれる筈」ということを信じて、前に出て行くしかないのでしょうね。


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