ジェフ・ケラー著 「成長の法則」 -- 成長したいという思いこそが

ジェフ・ケラー著 「成長の法則」のご紹介。

「成功」という言葉を使ってしまうと、なんとなく “いやらしい” 感じを受ける人もいるだろうし、人によっても「成功」の定義は違うだろうし、なかなか一括りに出来ない面もあると思います。

「良い結果=成功」という、 “結果” ありきの言葉のイメージが強いと思いますが、私自身は “過程” にこそ関わるべき言葉じゃないかなって感じることがあります。

では、“過程” って何?っていうと、それは “成長” なんじゃないかなって。

著者は、「成功とは、自らを絶えず成長させ続ける結果として得られる報酬だ。成長しようと努めること自体が成功している状態だといってもよい」と書いています。

成長の先に成功があるのではなく、成長していく姿こそが成功だってことです。

成長する芽

少し前に、イタリアの素人オーディション番組に出演した修道女が一夜にしてスターとなり、世界中で話題になったことがありましたが、ウーピー・ゴールドバーグを思い出した人も多いのでは。

以前、アカデミー賞女優の彼女が、俳優修業をする若者たちから次のような質問を受けました、という話を書いたことがあります。

私たちは、将来、役者になることを夢見て、毎日毎日、厳しい修行を積んでいます。こうした私たちの努力は、いつか報われるのでしょうか?

この質問に対するゴールドバーグの回答が、とても強く印象に残っているんです。

いま、あなた方は、いつか役者になりたいとの夢を持ち、素晴らしい仲間とともに、励ましあい、助け合いながら、毎日その夢を追い求め、目を輝かせて生きているのでしょう。そうであるならば、あなた方の努力は、すでに報われているのではないですか。

夢を求めて生きることの本当の意味は、ここにあるような気がします。夢があるからこそ、その夢を手に入れたくて、人は大きく成長していくんだろうなって。

「夢破れ」たとしても、そこには大きな財産が残るような気がしますが

たまに、「夢破れて・・・」といった表現を目にすることがありますが、印象的には人生の “敗残者” みたいな使われ方をしているように思います。

でも、これって逆のように思うんですよね。

今、古舘春一さんの「ハイキュー!!」という、高校バレーボールを題材にした漫画にはまっています。主人公達が所属する烏野高校バレーボール部は、主人公も含めまだまだ発展途上。

全国大会への出場を目指し、インターハイ予選に出場するも3回戦で敗退します。そして悔しさで泣き崩れます。

負けるのは彼らだけではありません。全国大会へと出場できる1校以外はすべて敗退校なんです。全国大会に出場できた学校も、そこで最後まで勝ち残るのは1校だけです。

特に3年生は、多くの場合負けた試合が高校最後の試合になるわけです。ほとんどの3年生が、 “夢破れて” 高校を卒業していくことになります。

じゃあ、彼らは敗残者なのか? 答えは、言うまでもありませんよね。きれいごとでもなんでもなく、彼らはみな成功者(って言葉はそぐわないかもしれないけど)であるはずです。

本書の著者の言葉を借りれば、「成長しようと努めること自体が成功している状態」なのですから。

バレーボール

微妙に横道に逸れた感がありますが、まあ、言葉では「成長しようと努めること自体が成功している状態」なんてことを言っていても、ついついその努力を忘れている自分がいるわけで。

本書の中身も大抵分かっているし、それほど特別なことを言っているわけでもないけれど、たまにこの手の本を読んで、自分の心に火をともさないとなって(ま、ボヤ程度としてもね)。

すべての土台にあるのは、「自分の人生に責任を持つ」ってことなのかも

成長の法則本の紹介なので、50個の内からいくつか。

【地道に努力する】

多くの人は地道に努力を重ねるのを嫌がります(私もです)。そして、すぐに欲求を満たそうとする傾向があります(私もです)。

「一夜にして成功するには10年かかる」なんて格言も。

マクドナルドの創業者レイ・クロックは、「私は一夜にして成功をおさめたと思われているが、その一夜というのは30年だ」と語ったそうです。

上に書いたとおり、「地道に努力する」過程、そのものが成功なんだってことを肝に銘じる必要がありますね。すべては、やっぱり「努力」という言葉に集約されるんでしょう。

【常に最善をつくす】

最善をつくさないときに最も被害をこうむるのは、ほかならぬ自分自身です。

人は習慣の生き物です。人を2種類に分けると、最善をつくそうと努力する習慣が身についているか、何をするにもいい加減に済ませてしまうことが習慣になっているか、のどちらかでしょう。

今日は手抜きをしても明日は最善をつくせばいいと考えるのは、「甘いな~」。そんなこと出来っこないんです。だって、習慣とはそういうものなんですから。

最善をつくすのは、常に今日であるべきなんです。

【失敗を歓迎する】

常に最善をつくしたとしても、それでも失敗はするでしょうね。でも、これだけは忘れないように。

「何かをしようとすれば、失敗を避けることはできない。逆に言えば、失敗せずにできるようなことは大したことではない」

【自分の人生に責任を持つ】

大層なことを言ってるみたいですが、これ簡単な話で、例えば「努力する」のも、「常に最善をつくす」のも、「自分の人生に責任を持つ」ってことです。

要は、人任せにしないで、最善の結果を得るために “自分” が行動するってこと。

行動の結果、失敗したとしても、それを誰かや何かのせいにするのではなく、 “自分” で受け止めることも「自分の人生に責任を持つ」態度です。

これ、大事なことで、ここに成長のカギがあるんです。失敗しても、誰かや何かのせいにしている限り、そこに成長はありません。これは本当にもったいないこと。

変化を起こすより責任転嫁や言い訳をするほうが簡単だからですね。自分の能力を磨く努力をするより、「景気が悪い」「上司が悪い」と愚痴をこぼしているほうが楽ですからね。

自分への戒めも込めて。

【幸せを選ぶ】

表現が変? 「幸せ」って、選べるの?

幸せになるかどうかは自分の選択であることを認識すべき。持っていないものに対して不満を並べるのではなく、自分が受けている多くの恩恵に感謝することを選べば、即幸せになれます。

誰か他の人やモノが、あなたを幸せにしてくれると考えるのはまったくの見当違い。外的な働きかけによって永続的な幸せを実現することは不可能なんです。

【最高の気分でいる】

繰り返しますが、心の持ち方は常に自分の「選択」だということ。

職場で散々な目にあって疲れ果てて帰宅したあなたは、ソファにぐったり座って立ち上がる気力もない。その時、電話がかかってきて、応募した懸賞に当たり、賞金1億円が手に入ることがわかった。

さて、あなたはどう反応するでしょうか。おそらく、ソファから飛び上がって歓声を上げるでしょう。

先ほどまでぐったりしていたあなたはどこに行ってしまった? 

要するに、私たちはどんなときでもポジティブになることも、ネガティブになることもできるのです。それは、あなたの「選択」なのですから。

ならば、いつも「最高の気分を選ぶ」ことにした方がいいよねってことで、これはアンソニー・ロビンスのセミナーで学んだ「常に自分を Peak State に置く」ってのと同じこと。

「気分」を選ぶのも、「幸せ」を選ぶのも自分自身だって頭で分かっていたとしても、それを “感情” にまで持ち込んでくるのは、そう簡単なことではありません。

アンソニーの教えは、「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったり」することで、 “体の状態” を持ち上げ、自分の中のエネルギーを高めるってこと。

その結果として “感情” に影響を及ぼすんだ、って。

いずれにせよ、落ち込んで、肩を落として、下を向いていても何もいいことは起こりませんからね。胸を張って、上を向いて歩いていきましょうか。


コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://55life555.blog.fc2.com/tb.php/1269-6b9c343e

<< topページへこのページの先頭へ >>