「走る」ってのは、「心の充電時間」なのかも(ベタ過ぎ?)

日は二十四節季の一つ、「穀雨」でした。このころに降る雨は百穀を潤すという意味だそうです。次はもう「立夏」なので、春の季節の最後の節気でもありますね。

二十四節気における春は、「立春」に始まり、「穀雨」で次の季節へと橋渡しをするんですね。

百穀を潤す雨ということで、穀物や草花にとっては恵みの雨なのでしょうが、今年の4月上旬から中旬にかけては本当に雨や曇りの日が多かったような気がします。

タイミングというか巡り合わせが悪くて、鶴見川沿いのランニングもほぼ2週間ぶり。

足への負担を少しでも減らそうと、草地があるところはそこを走るようにしているんだけど、2週間前には普通に走れた草地が今はこんな状態に。

雑草の生長
穀雨のお陰なのか、膝近くまで伸びています。再びここを走れるようになるのは秋以降になるんでしょうね。

ああ、これだったんだな

このところ色々と行事があって、色んなところに出かけたりしていたのですが、どうも気分が乗らないというか、いま一つ曇りがちだったんです。

そして2週間ぶりに走って気が付きました。「ああ、これだったんだな」って。

以前にも同じようなことを感じたことがありますが、「走る」というのは私にとって「元気の源」のようなものなのかもしれません。

もちろんストレス発散というような意味合いもあるのでしょうが、何と表現すればいいのかな? 思索の時として必要不可欠なようです。

以前から「瞑想」に興味があって、「いつかやろう」って思いながら、ご多分に漏れず「いつか」がやってこないまま長い年月が過ぎています。

でも、「走る」というのは、私にとっての瞑想のようなものなのかもしれません。走りながら頭が空っぽになることもあるし、何かの啓示(ってほど大したもんじゃないけど)が降りてくることもあったし。

辺りには草や花の匂いが漂って

桜の花と若葉とが入り混じった葉桜の頃を楽しみにしていたのに、いつの間にか葉の生い茂った只の桜の木になってしまっていました。

葉桜?

もうツツジが咲き始める頃なんですね。川の向こうには菜の花の黄色い姿も。

ツツジと青空

上空は青空なのに日産スタジアムの向こうには重苦しげな雲が。連日の雨の名残かな。

雲の日産スタジアム

外で読書

公園のベンチに座ったり、草の斜面に寝そべって本を読むのにも最適な季節。

ベンチと

そう言えば私の場合、「走る」のはそのまま「オーディオブックを聴く時間」でもあります。その意味では、走っている空間は「思索の間」であり、「瞑想の間」であり、そして「書斎」でもあるようです。

手垢の付いた言葉で言ってしまうと、「心の充電時間」なのかもしれません。


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