切に生きる -- 最近多発している病院等の不祥事とは対極に?

このところ、医者、医療機関、大学病院等が絡む不祥事の話を聞く機会が多いような気がします。

今日も、千葉県がんセンターと群馬大病院について、腹腔鏡手術を受けた複数の患者が死亡した問題で、難易度が高い手術を行う施設としての学会の認定が取り消されたとのニュースが。

何の気なしに “不祥事” という言葉を使いましたが、「不祥事という言葉は、大きな社会責務を負わなければならない対象に対して使われるものであり、その中でもモラルの欠損など社会的に問題がある事由によって事件・事故に繋がった場合に用いられるもの」だそうです。

そんな話を聞く度に思い出すのは、聖路加国際病院の名誉院長である日野原重明先生であるとか、脳神経外科医である上山博康先生のこと。

前回に続き、8年前の雑誌の特集「切に生きる」から、今回は上山博康先生の話を紹介したいと思います。

手術

上山先生は、「神の手」だとか「匠の手を持つ脳外科医」といった表現で数多くテレビ番組等でも紹介されているので、ご存知の方も多いことでしょう。

脳の血管にできる瘤・脳動脈瘤は、放っておけば命の危険にさらされるけど、手術は困難を極め、一歩間違えば種々の後遺症が残ります。

そんな手術の依頼が全国から月に数十件も舞い込んでくる先生です。

現在、上山先生は「上山博康脳神経外科塾」の総帥として、若手脳神経外科医を養成しているとのことで、以下、少し前(現役バリバリの頃)の話としてご理解下さい。

もし後遺症が出るなら、俺は上山先生の手術でそうなりたい

医者の態度には2種類あるとのこと。

一つは、この手術は後遺症が残る可能性が高い。あなたがそれでもいいと言うなら手術をします。そしてもう一つは、非常に優しそうに、「これは様子を見ましょう」って穏やかに逃げるタイプ。

でも、脳動脈瘤のように破裂したら死んでしまうものの処置を、そうやって先延ばしされたら、患者さんは本当に手術不能になって死ぬしかなくなります。

上山先生は、医者として手術をすべきだと思ったら絶対に手術をするタイプです。たとえ後遺症が出て患者さんに恨まれてでも、医者のプライド、医師道として、あえて汚名を着てでもやるそうです。

もちろん、自分が納得しないで手術を受けて麻痺がでたら、やっぱり後悔するので、患者さん自らが納得し、決意して、お願いしますと言わない限り当然手術はできません。

でも、上山先生は患者さんからノーと言われても、手術すべきだと判断したら100回でも1000回でも説得します。それが一番正しいという信念があるからです。

ある患者さんに言われます。

「どこの病院へ行っても手術を断られたけど、上山先生だけはやろうと言ってくれた。もし後遺症が出るなら、俺は上山先生の手術でそうなりたい。上山先生の手術で後遺症が残るならしょうがない」

この患者さんの手術は成功して、いまでもピンピンしているそうです。

プライドを失くすとモラルも欠如してくるのかも

でも、すべての手術が成功する筈もなく、中には悲しい結末を迎えるケースも当然あります。

「俺には独り立ちできていない子どもが2人いるから、まだ死にたくないんだ。俺、先生に任せるから、頼むよ」という患者さんがいました。

非常に難しい脳腫瘍の症例だけど、なんとかして助けてあげたかった患者さんでしたが、手術は失敗に終わり、その患者さんは手術中に亡くなります。

自分の技術の未熟さが歯がゆくて、悔しくて・・・・・そのままご家族のところに行き、土下座して謝りました。

患者さんの奥さんは泣いたままでしたけど、その長男が涙を拭きながら上山先生に言います。

「・・・・・父は先生のことが好きで、先生を信頼して手術を受けると言いました。父の信じた先生が、一所懸命やってこうなったんだから、悔しいけど仕方ありません・・・・・」

かつて、恩師の伊藤先生から言われた言葉がありました。

「患者は人生を懸けて手術台に上るんだ。俺たちは何を懸ける。おまえのプライドを懸けろ。医者としてすべてのプライドを懸けろ。それしか患者の信頼に応える方法はないんだ」

患者さんは命を懸けて先生を信頼します。手術前に遺書を書く人もいるそうですが、患者さんはそれくらいの覚悟で手術台に乗るのだから、医者にもそれと同等の覚悟がいるということです。

この逸話は、以前テレビ番組の中でも紹介されていたものですが、上山先生はいまでもこの患者さんの笑顔が脳裏から離れず、「だから僕は手を抜けないんだ」って言います。

「植物状態になっても知らないよ」なんて言う医者は大バカヤロー!

冒頭紹介した通り、月に数十件もの患者さんからの相談が手紙やEメールで来るそうですが、そこには症状だけでなく、その人が歩んできた人生まで綴られているものが多く、上山先生はすべて丹念に目を通すそうです。

それは、人生を懸けてやってくる患者さんの人生を少しでも理解しないと、人間の治療はできないと思っているからです。

4歳の時から10年以上も脳腫瘍で苦しんできた子の両親が相談に来ました。

前の病院から脳の写真を借りてくる時、「へぇ、これを上山先生が? 植物状態になっても知らないよ」と冷たく言い放ったそうです。

上山先生はその写真を見て、「絶対という保証はないけど、きっと取れると思う。だから手術してみましょう」と言うと、ご両親は泣きながら「お願いします」って頭を下げました。

結局、手術は成功し、その子は諦めていた高校にも進学して、今も張り切って生きているそうです。

「10年以上苦しんだ本人と、そのご両親への思い入れがどれだけあるかということです」

先生は、不安な気持ちを抱えてやって来る患者さんと、腹を割ってとことん話します。人を治す治療なんだから、人と向き合わなければ何もできないから。分かり合えなかったら、戦えないから。

ダメ医者は簡単に、「現代医学では無理だ」とか「常識的にできるわけがない」って言うんです。でも、上山先生のところでは、そう言われた人が元気になって退院していくそうです。

必死で助けを求めに来ている患者さんをぞんざいに扱う医者に、「バカヤローッ!」ってゴジラみたいに火を吹きかけてやりたいって。

患者さんと一緒になって喜んだり、悲しんだりできるような人間でありたい

上山先生には、失敗への不安がないのでしょうか?

「ありますよ。だけど、患者さんの恐怖に比べたらそんなもん、屁みたいなもんでしょう』」

睡眠時間は毎日4時間。そこまで頑張る動機は、単純なものです。頑張って手術して治ったら、患者さんが心から感謝してくれるから。こんないい商売はないでしょう、って先生は言います。

退院の日を迎えた患者さんから、「先生、ありがとうございました」と言われ、その場では格好つけて「いやいや、よかったね」と上山先生。

でも、一人になったら「よっしゃ!」ってガッツポーズをするくらいの喜びで一杯だそうです。

単純だけど、「でも医者はそうやって、患者さんと一緒になって喜んだり、悲しんだりできるような人間でありたいですね」という一言に、上山先生の思いや医師道のすべてが詰まっているのでしょう。



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