小林正観著 「この世の悩みがゼロになる」 -- 既に幸せだったんだ

小林正観さんの著作、「この世の悩みがゼロになる」のご紹介。

この世の悩みがゼロになる正観さんは既に鬼籍に入られてしまいましたが、これまで 「『き・く・あ』の実践」「『そ・わ・か』の法則」「100%幸せな1%の人々」といった本を紹介してきました。

正観さんの所に来る人生相談の98%は、(ザックリ言うと)「自分の価値観に合わない人を、どうしたらいいでしょうか」というものだそうです。

悩みの殆どが「自分のこと」に関する相談ではなくて、他の人のことなんですね。自分がどう生きるかではなく、自分以外の人をいかに自分の思い通りにするかという「悩み」。

言い換えると、物事がうまくいかない原因を、自分ではなく外に求める人が多いということ。

楽かどうか、楽しいかどうかってのを生き方の基準にする

すべての人間関係に関わる悩みや問題は、「その人がその人である」ということを “まるごと” 受け入れることができた瞬間に、あなたの目の前から消えてなくなります。

目の前の人が、自分の考え、生き方、価値観とは違うということを認める。それを訓練し、学ぶために人は生まれてきたのかもしれない、と正観さんは言います。

以前紹介した、「あなたは間違っている」から “間” を抜いて、「あなたと私は違っている」という “間抜けに生きる” ってことですね。

親兄弟、夫婦、隣人、同僚、それぞれがお互いに全然違うということを認識すると、喧嘩をしなくなります。わかり合おうとか、説得して理解してもらおうとか思わず、相手をまるごと認める(あなたと私は違う人なんだって)と、お互いにラクになれるのです。

その人がそういう人であることをまるごと認めるというのが、自分にとって一番ラクだってこと。

ポイントは、この「ラク」ということのようです。どういう考え方、生き方をすることが、あなたにとってラクであり楽しいのかってことを求めましょうよ、って。

これが小林さんの人生に対する一貫した思いであったようです。現実の事象に対して、ラクなのか、ラクでないのかという “損得勘定” で生きましょう、ということです。

よく言われることですが、 “正しさ” を掲げるのではなく、 “楽しさ” を求める生き方です。 “正しさ” は、時として人間関係に軋轢をもたらすことがあります。

自分がその生き方をしていて楽しいかどうか、それを基準にものを考えるということが、実はとても重要なことのように思えます。

「負けてもいいや」って臨むと、潜在能力が目覚める?

もうずいぶん前のことですが、あるコーチングセミナーに参加した際、アイスブレイクとして「後だしジャンケン」をやりました。

コーチの方が「グー」を出せば、私たちは1秒後に「パー」を出して勝つのです。簡単ですね。5回やったら、大概の人が5連勝できると思います。

じゃんけん
その後、逆のパターンをやったのです。コーチから「グー」が出されたら、私たちは1秒後に「チョキ」を出して負けなければなりません。

ところが、これで5連敗することは結構難しいのです。後だしジャンケンで「勝つ」のも「負ける」のも情報処理としては同じなのに、です。

「負ける」のが難しいのは、私たちは日ごろから、そして物心つくころから「勝つ」訓練ばかりしてきたからだそうです。

「勝つぞ」「闘うぞ」「上位に入るぞ」という意識のときは、人は15%の能力しか出ませんが、負けてもいいや、勝つ必要はない、いやむしろ負けちゃおうというときは、全然緊張しないので、残り85%の脳細胞(潜在能力)が目覚めるそうです。

少し違うかもしれませんが、先日の横浜駅伝の結果が、かなり悲惨なものでした。実は、今年は結構万全の準備をして臨んだ積りだったんです。その結果は10kmを47分半。

昨年の大会では十分な練習が出来ず、足の状態も良くはなかったので、まあ最後まで足を痛めずに走りきれればいいやって思いながら走ったら、結果は同じく10kmを45分。

今年は、心にも体にも力が入ってしまったんですね。

当たり前の日々が淡々と過ぎていくことがどれほど幸せか

世の中には99%の人と、1%の人とに分けられると正観さんは言います。

学校教育や社会に出て働く中で、闘うこと、抜きん出ること、人と争うこと、比べることを100%の人が教わってきました。

そして、その中の1%ほど、その教えから外れる人、99%の人が歩んでいる路線とは、違う価値観で生きている人がいるそうです。

その1%の人たちとは、大病をした、大事故に遭った、災難、トラブルに巻き込まれた、寝たきりの親の介護をずっと何年もしてきた・・・・・ということを体験した人たちです。

彼らは、その中で初めて、何事もない、当たり前の日々が淡々と過ぎていくことがどれほど幸せか、ということに気づいた人たちなのです。

この1%の人たちは、「持っていないものを列挙して、それを手に入れることが幸せだ」と教えられたにもかかわらず、あるとき180度方向転換をして「今のままで十分幸せだよね、必要なものは全部いただいている」ということに気づいてしまったのです。

自分も、目の前の相手も、今のままで既に100点満点であると思える人たちです。

楽しい

99%の側に所属する人たちに、「欲しいものを50個書いてみてください」と言うと、ちゃんと50個書ける(別荘が欲しい、車が欲しい、結婚相手が欲しい・・)のに、「では、同じ数だけ、既に手に入れているものを書いてみてください」と言うと、あまり書けないそうです。

しかし、この1%の人たちに、「手に入れているものを書いてみてください」と言うと、いくつでも書き出すことができるそうです。

そして、「では、同じ数だけ、足りないものを挙げてください」というと、同じ数だけ書けないのです。

この2つの集団の人たちは、見ている世界が違うのです。

足りないものを50個挙げられる人は、足りないもの、手に入れたいものだけを見つめているので、持っているものに目がいかないのです。

この99%の世界の人たちは、何かを手に入れなければ幸せを感じてはいけないと思い込んでいるのです。

しかし、自分がどれだほどたくさんのものを手に入れているか、必要なものはすべて地球や宇宙から与えられていること、どんなに自分が恵まれていて、生かされているかということに気づいてしまった人は、今この瞬間から幸せを感じることができるのです。


毎度毎度、同じようなことを書いているような気がしますが、でも本当にそう思うんです。 “幸せ” になるためには、自分が “幸せ” だってことに気が付けばいいだけ、ってね。


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