私は地雷を踏んで足を失ったことに感謝しています

NPO法人アジアチャイルドサポート代表理事である池間哲郎さんの講演会に行ったのは、もう10年も前のこと。その時、この「あなたの夢はなんですか? 私の夢は大人になるまで生きることです。」という本の存在を知りました。

従って、今回紹介する内容も10年以上前のことだし、更にはアジアチャイルドサポートのきっかけとなったフィリピンのスモーキーマウンテンを池間さんが訪れたのは今から20年以上前の話。

ただ、これだけの年月が流れても、貧困地域で暮らす子供達の悲惨な状況は残念ながらあまり改善されてはいないようです。

あなたの夢はなんですかあたり一面、目も開けられないほどの煙が立ちこめ、吐き気をもよおす悪臭がただよっているスモーキーマウンテンには、ゴミを拾うことを毎日の仕事にしている子どもたちがたくさんいます。

その中の一人の少女、足の先から頭のてっぺんまで真っ黒に汚れ、ボロボロのTシャツを着た10歳ぐらいの女の子に池間さんは質問をしました。

「あなたの夢はなんですか?」

少女はニコニコしながら答えました。

「私の夢は大人になるまで生きることです」

1年間では1500万の人々が貧しさを原因として死んでいく

貧しさで死んでいく人がいっぱいいるのです。食べ物を買うことができない。きれいな水を飲むことができない。小さな薬さえも買うことができない。そんな貧しさが原因で、2秒に1人が死んでいきます。この現実をぜひ知ってもらいたいと思います。

1日では4万人以上が、1カ月では120万の人々が死んでいきます。1年間では1500万の人々が貧しさを原因として死んでいくのです。

さらに深刻なのは、亡くなっていく人々の90パーセント以上が子どもだということです。

世界人口の20パーセントにすぎない私たちのような豊かな国の人々が、世界の食糧の70パーセント近くを食べてしまうのです。残った30パーセントの食糧を80パーセントの人々が分け合って食べているのです。

豊かな国の中でも日本人とアメリカ人(世界人口の7パーセントにも満たない)が世界で一番ぜいたくな国民だと言われています。「異常なほどぜいたく」だと指摘する人もたくさんいます。

日本とアメリカで世界の食糧の4割近くを消費していると言われるほどです。

私たちがもっと考えなければいけないことがあります。それは日本人の食卓に出された食糧のうち20パーセントぐらいが残飯として捨てられているという事実です。

貧民街

全員が弁当のフタを閉じて、食べてくれないのです

ある日、ゴミ捨て場に暮らしている子どもたちを連れてピクニックに行きました。もちろん、弁当は私のおごりです。その中身は彼らが今までに食べたこともないほどのごちそうでした。

昼食の時間がやってきて、弁当のフタを開けて中身を見た子どもたちは「キャーキャー」と声を出して喜びました。うれしさのあまりピョンピョンと飛び跳ねている子どももいます。

しばらくして「サアーお昼を食べよう」と言うと、意外なことが起きました。全員が弁当のフタを閉じて、食べてくれないのです。どうしてなのか、私にはわけがわかりませんでした。

黙って様子を見ていると、6歳ぐらいの少女が私の前にやってきました。そして、今にも泣きそうな顔で「おじさんにお願いがあります」と言うのです。「なに?」って聞くと、少女は私にこう言いました。

「こんなごちそうを私だけで食べることはできません。お家に持って帰って、お父さん、お母さんと一緒に食べていいですか?」

びっくりしました。お腹が空いているだろうに我慢をして、お父さんお母さんにもごちそうを食べさせたいと言うのです。ほかの子どもたちも同じ気持ちだったようです。結局、誰も一口も食べずに弁当を持って帰ることになりました。

父親が結婚式に招待され、出されてきた折り詰め弁当に手をつけずに持ち帰ってくる。それを家族で食べる。比ぶべくもないけれど、日本でもほんの少し前までそんな時代だったんです。

お前を置いていくほうが、生きていける可能性が高いのだよ

マンホールチルドレンという言葉を耳にしたことがある人は多いかもしれません。

80万都市のウランバートルは世界で最も寒い(モンゴルの)首都です。冬は-30℃が当たり前。外で眠っていたら確実に凍死してしまいます。

暖房用のお湯が通るマンホールが町のあちらこちらにあります。地上は-30℃ですが、マンホールの中は10℃前後まで上がる。ここなら生きていられるのです。

彼らの暮らすマンホールに実際に入ってみました。ひどい場所です。生きるためとはいえ、あまりのひどさに言葉を失ってしまいました。汚水がいっぱいたまって、ゴミが散乱して、息ができないほど臭い。懐中電灯で照らすと、たくさんのネズミとゴキブリがバーッと散っていきました。

子どもたちはマンホールの中で横になって寝ているのです。私にその格好をして見せてくれました。これは動物ではありません。人間です。それも子どもたちです。人間がまともに生きられる環境ではないのです。

ウランバートル

数年前にモンゴルを襲った大寒波がエルデネの運命を変えてしまいました。-60℃もの信じられない寒さだったそうです。家畜が寒さのために凍死してしまい、エルデネの家族も暮らしていけなくなりました。

食べ物がなくなり、一家は餓死するほど追いつめられました。父親は悩みに悩み、10歳のエルデネを都会に捨てることを決断しました。

父親はエルデネを連れてウランバートルにやってきました。そして、国立デパートの前に連れてきて、彼の両手を握りしめ、涙を浮かべて言いました。

「お前をここに置いていく。草原にいては餓死するだけだ。都会ならなんとか残飯を拾ってでも、物乞いをしてでも生きていくことができるかもしれない。寒かったらマンホールにもぐりなさい。お前を置いていくほうが、生きていける可能性が高いのだよ」

父親はそう言うと、息子を置いて背中を震わせながら去っていきました。

子供たちに自分の背中を見せて、教育できるような真剣な生き方をしていますか

カンボジアで出会ったリンナさんは10歳のときに地雷を踏んで、右足を付け根から失いました。

子どものころはとても成績が優秀だったけれども、家が貧乏だったから、9歳ぐらいのときに自分の考えで学校をやめて、自分の住んでいるのとは別の州の農場まで働きに出たそうです。その農場で働いているときに地雷を踏んで、右足を失ったのです。

リンナさんは、親を助けるために働きに出たのに、これでは逆に迷惑をかけてしまうと、死ぬことさえ考えました。たった10歳の子どもなのに‥‥。

リンナさんはずっと「死にたい、死にたい」と思っていたけれど、ある日、たとえ右足がなくても一生懸命に生きなくてはいけないと決意したそうです。

それから彼女は、学校に行っている友達の教科書とか古い本を全部集めて、必死になって勉強をしました。今はパソコンも使えるし、洋裁もできて、お店もやっています。そして4人の子どものお母さんでもあります。

あるときリンナさんが私に言いました。

「私は地雷を踏んで足を失ったことに感謝しています」

びっくりして「なぜですか?」と聞くと、こう答えました。

「私は右足を失ったからこそ、一生懸命生きることを意識できました。真剣に生きることができるようになりました。だから、今の幸せがあるのです」

講演会に行った際、主催者の一人が参加者に向けて訴えかけました。

この講演を聞いて、この本を読んで、援助をしなさいと言いたいのではない。「あなたは、毎日を真剣に生きていますか」ということを問いたいのだ、って。

今回紹介した国の人たちは、どんなに強い気持ちがあっても、どんなに才能があったとしても、今の状況から這い出すことは環境が許してくれない。

私たちは、その気さえあれば、なんにでもなることができます。少なくとも、そんな環境の中に生きています。

あなたは、自分の可能性を信じて、夢の実現に向かって真剣に生きていますか。

心配なのは、貧しいアジアの子どもたちではなく、この豊かな日本という国に暮らしている、日本の子供たちなんだ、と言われました。

あなたは、子供たちに自分の背中を見せて、教育できるような真剣な生き方をしていますか、と。

下を向いてしまう自分がいます。


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