爽やかな秋の空の下、桜田門で歴史の変換点に思いを馳せ

参加したセミナーがいろんな意味で酷かったので途中退場したら、外は秋晴れの快晴。折角なので周辺を散歩してみようかと。

セミナーの開催場所は砂防会館。この名称、何度も聞いたことがあるよなーって調べたら、かつて田中角栄の個人事務所があり、「砂防会館」の名称は当時の田中派閥の代名詞だったとのこと。

また、ロッキード事件での主な現金授受の場所と認定されてるそうなので、なるほど当時のニュースで何度も聞いてた筈ですね。

砂防会館を出て国道246を皇居の方に向かって歩いていくと、左手にコンクリートの塊のような建物が出現。調べてみると最高裁判所でした。

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少し歩くと、皇居のお濠に到着。適当なところに座ってお握りを食べていたら、皇居の周囲を走っているランナーが次から次へと目の前を通り過ぎて行きます。今日は祝日(秋分の日)ですもんね。

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この時期になると、曼珠沙華の花も隙間だらけで少し寂しい姿に。

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石垣の謎?

お堀端を歩いていくと桜田門に到着。桜田門で思い出すのは桜田門外の変。かの有名な「安政の大獄」にて多くの人を次々に処刑していった井伊直弼が水戸藩士らに暗殺された事件。

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今から155年前のことだったんですね。歴史の教科書等によると、この事件によって幕府の権威は大きく失墜し、これを契機に德川幕府は終焉へと歩みだすこととなる、みたいなことらしい。

桜田門(高麗門)の石垣。江戸城の拡張って主に1600年代に行われたものだと思うので、そうするとこの石積みも1600年代のものなんでしょうか?

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高麗門を入って右手にあるのが渡櫓門(わたりやぐらもん)。高麗門を破って敵が侵入してきた場合、渡櫓門の上の櫓から弓・鉄砲で敵を掃討する目的だったとのこと。

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今から400年も前に、どうやってこんなにキレイな線や面や角の石を作ることができたんだろうかって、いつも不思議に思う。

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でも、よく観察してみると、どの石垣も特に角の部分に積まれている石がキレイなことに気が付く。角以外は、高さの不均一な石を積み上げているので、石と石との接合面が真っ直ぐではない。

見た目だけではなく、石垣全体の強度的にも “角” が大事ってことなのかな。

これは二重橋ではないけど、二重橋の方を向いている楠正成公

二重アーチ構造なので、これが「二重橋」なんだって思っていたら、この向こう側(奥)にある正門鉄橋が二重橋だそうです。この石橋の名称は、「正門石橋」とのこと。

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スッキリ青空。

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皇居外苑の一角にある楠木正成公の銅像。正成公が見ているのは二重橋の方向です。高村光雲らによって作られたこの銅像は完成までに10年を費やしたそうです。

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こんな爽やかな秋の日には、屋内でつまらないセミナーを聞いているより、外を散策していた方が100倍も気持ちがいい。途中退場してきて正解でした。


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