木下晴弘 著 『涙の数だけ強くなれる!』 -- あるレジ打ちの女性

以前、どこかで出会って印象に残っていて、また読んでみたいんだけど、でもどこでだったか分からないから読めない、なんて話が私の中にいくつかあります。

トルコの「エルトゥールル号事件」とか、「クラスメイトのいいところを互いにリストアップして」という話も心に深く残っていて、何かの拍子に見つけたんでした。

また一つ見つけました。「あるレジ打ちの女性」って話なんだけど、題名が分かって検索してみると、けっこう色んなところで紹介されていたんですね。

私が見つけたのは、木下晴弘 著 『涙の数だけ強くなれる!』という本の中。全部で10編の話があるんだけど、その中の一つがこの「あるレジ打ちの女性」でした。

涙の数だけ大きくなれる木下さんのモットーは、「感動が人を動かす」というもの。

「人は何かのきっかけで変わります。そして人が変わる瞬間というのは、そこには『涙』の存在があるのです」。

だから、「人は涙の数だけ大きくなれる」。そんな意味合いを込めての題名とのこと。

一話一話は5分ぐらいで読める短いものですが、泣けます。

登場人物が話の中で流す涙。そしてその話を読んで私たちが流す涙。そこに人が変わる瞬間があるんだなってのが実感できるような話が満載です。

涙もろい人は、電車の中でとかでは読まないほうが身のためでしょうね。間違いなく気恥ずかしくなりますから。

だからこのレジに並ばせておくれよ

その女性は、何をしても続かない人でした。大学でサークルに入っても、すぐにイヤになってやめてしまいます。

仕事も同じ。最初の会社は、勤め始めて3か月で上司と衝突してやめてしまいました。次に就職した会社でも、自分が予想した仕事とは違うと思い、やはり半年でやめてしまったのです。

そんなことを繰り返しているうちに、彼女の履歴書には、入社と退社の経歴が長々と並ぶことになります。正社員として雇ってくれる会社がなくなった彼女は、派遣会社に登録しました。

でも、派遣先でも同じことの繰り返しです。何かイヤなことがあれば、やめてしまう彼女の履歴書には、やめた派遣先の長いリストが追加されることになります。

今度の派遣先は、スーパーでレジを打つ仕事。当時のレジスターは、バーコードをセンサーで読み取ってくれるようなものではなく、値段をいちいちキーボードに打ち込まなければなりませんでした。

そして、いつも通り一週間もすると、レジ打ちに飽きてしまいました。

もっと頑張らなければ、もっと耐えなければダメということは自分でも痛いほど分かっていました。でもどう頑張ってもなぜか続かないのです。

そんなある日、田舎の母から電話がかかってきました。

「帰っておいでよ」

受話器の向こうからのお母さんの優しい声で、迷いが吹っ切れました。彼女は辞表を書き、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。

荷物を整理していると、一冊のノートが出てきました。小さい頃の日記でした。そこには、「私はピアニストになりたい」という文字が。それは、小学校の頃の彼女の夢でした。

彼女は思い出しました。なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。でも、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。

「なんて情けないんだろう。私は、また今の仕事から逃げようとしている・・・」

彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話をしたのです。

「お母さん、私、もう少しここで頑張る」

辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするためにスーパーに出勤していきました。

レジ

そんな彼女に、ふとある考えた浮かびます。

「私は昔、ピアノの練習を繰り返ししているうちに、どのキーがどこにあるか指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに、楽譜を見るだけで弾けるようになった」

彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。

「そうだ、私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。

彼女はピアノを弾くような気持ちで、レジスターのボタン配置を頭に叩きこみ、あとは、ひたすら打つ練習をしました。

そして、数日の内にもの凄いスピードでレジが打てるようになったのです。

すると、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、お客さんの方に目が行くようなります。

「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れでくるんだ」
「この人はいつも店が閉まる間際にくる」

そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もする立派なタイをかごに入れてレジに持ってきたのです。

彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。

「今日は何かいいことがあったんですか?」

おばあちゃんはニッコリして言いました。

「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ」

「いいですね。おめでとうございます」

嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。

これをきっかけに、彼女はお客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなります。いつしか彼女はレジにくるお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。

「○○さん、今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」

レジに並んでいたお客さんも応えます。

「いいこと教えてくれたわ。今から換えてくるわね」

彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。

そんなある日のことでした。

「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。すると、店内放送が響きました。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」

ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジにお回りください」

そして3回目、同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気付き、周りを見回して驚きました。どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。

店長があわてて駆け寄ってきて、お客さんに「どうぞ空いているあちらのレジへとお回りください」と言ったその時、そのお客さんは店長の手を振りほどいてこう言いました。

「放っておいてちょうだい。私はここへ買い物に来ているんじゃない。あの人としゃべりに来ているんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」

その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。その姿を見て、他のお客さんも店長に言いました。

「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来ているんだ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここに来ているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。既に彼女は、昔の自分ではなくなっていたのです。

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