懐かしさと、寂しさと … 故郷とはそういう場所なのかな

防衛大学校を見学に行こうという話になって、朝早くから家を出ました。

防衛大学は京急浦賀駅から歩いて20分弱の小原台にあり、同行者とは浦賀駅で待ち合わせることに。そして昔の実家は、浦賀から山一つ越えた所にあるんです。

折角なので、久しぶりに少年時代を過ごした地を歩いてみる気になりました。昔の実家の最寄り駅は京急久里浜駅。京急久里浜で降り、海岸に出て、山を越えると浦賀という位置関係。

そんな感じのローカルで極私的な道中なので、ほとんどの読者にとっては「何の話?」ってなると思いますが、ご勘弁頂ければと思います。

朝10時前に京急久里浜駅に到着。駅ビルだけ(?)は結構立派なんですよね。

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久里浜の地に住んでいた時もほとんど使った記憶のないJR久里浜駅に来てみました。東京から新川崎、横浜、鎌倉と来る横須賀線の終着駅ですが、周りには何もありません。

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思い出してみると、久里浜の前の駅が衣笠で、高校時代に衣笠の西友でバイトしていた時、ここで乗り降りしていた懐かしい記憶が蘇ってきました。

再び京急久里浜駅前。ロータリー横にある店の並びの中の引田書店だけは覚えていました。建物は変わってるのでしょうが、書店の営業は40年以上は続いているはず。凄いな!

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久里浜商店街。今は平日の午前中なので人影も疎らですが、午後から夕方にかけては活気付いてくることでしょう(願いも込めて)。

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この商店街の端に中学校の時、同級生だった女の子の実家がおもちゃ屋さんをやっていたのですが、見に行ってみたら無くなっていました。少し寂しい。

久里浜商店街を抜け、海へと向かう道を歩きます。40年近く前、社会人となって実家から駅に向かって毎日歩いた道です。もう記憶に残ってないけど、両側の町並みは変わってるんでしょうね。

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記憶に残っていた文房具屋さんはまだありました(小学校が近いからね)。でも、鉄人28号のプラモデルを買いに通った模型屋さんは無くなってました(おもちゃ屋さん系は辛い時代?)。

私が通った久里浜小学校。当時は木造校舎でしたが、桜の木は当時と同じ桜なんでしょうね。

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小学校の校庭前を走る道路。道路1本隔てて向かい側も小学校で、こちらは明浜小学校。久里浜小学校の児童数増加により分離独立したのは、(いま調べてみると)私が小学校に入る数年前。

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“児童数増加により” なんて言葉があった時代だったんですね。

海に到着。久里浜海岸です。ずいぶんと綺麗に整備されてますね。

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海岸沿いにあるペリー上陸記念碑。碑に刻まれている文字を書いたのは伊藤博文です。子供の頃、土台の上に上って遊んだことを覚えています。

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この碑、太平洋戦争の際に破壊運動によって一度倒され、終戦後に再建されたものです。

子供の頃、この海岸で打ち上げられる花火大会を見に来たなって調べてみたら、今でも毎年、「久里浜ペリー祭」で花火が打ち上げられているんですね。これは嬉しいな。

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海岸沿いの久里浜地区と長瀬地区とを隔てるのが平作川ですが、その平作川が海へと流れ出す場所の両側にある防波堤。右の長い防波堤の先で、夏の朝、小学校の仲間と朝日を見ました。

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左側の短い防波堤からボートに乗り込もうとして、そのボートが動いて海に落ちたことも。

長瀬地区側の海岸。なんか、不思議とこの景色は変わっていないような気がする。あの頃、この草むらでトカゲを捕まえ、遊びに来ていた都会の(?)子に上げたら、お礼にファンタを貰った。

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元の実家の方に向けて歩いていくと、広大な空き地が。驚いたな。ここには(通称)自衛隊病院があったはずなのに、いつの間にか更地になってる。

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調べてみたら、2~3年前に田浦にある自衛隊横須賀病院へと移転されたようです。私が生まれた年に開設された建物がなくなるってのは、やっぱり少し寂しいな。

高校に通うのに毎日乗っていた京急バスの停留所。以前は、自衛隊病院の正門前にあったのが、ずいぶん旧実家近くへと移動していました。

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これだと、後ろを振り返りながらの100m走が不要になったんだな。そんな機会は2度と来ないのに、それでも何となく寂しく感じるのは、 “感傷” ってやつでしょうか。

旧長瀬トンネル。このトンネルを越えると浦賀です。上には長瀬隊道(すいどう)の文字があります。昭和5年の完成なので、昔の呼び方になってるんでしょう。

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今はコンクリートで固められていますが、昔は岩肌がむき出しで、常に湿ってる感じだった。もうとにかく怖くて、ここを通る時は必ずダッシュで通り抜けていました。

いま調べてみたら、「関東怨念地図に紹介されている心霊スポット」だそうです。昔は心霊スポットなんて言葉は無かったと思うけど、怖さを感じたのは何かしらの気配があったのでしょうかねえ。

さて、久里浜編は終わり。長くなってしまったので、次回の浦賀・自衛隊大学編へと続きます。


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