国立西洋美術館とか、何度もその前を歩いているのに・・・

久しぶりの上野公園。実は、昨日の迎賓館の見学後に訪れたもの。

四ツ谷から上野までわざわざ足を延ばしてきたのは、つい先日、国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されたので、見に行ってみようかというミーハー(死語?)な気持ちから。

ところが、残念ながら本日は休館日とのこと。ってことで門の外から外観だけ。

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来てみて分かったのは、上野公園に来るたびにこの美術館の前を歩いていたなってこと。でも、一度も入ってみようとか、建物が素晴らしいなって思ったことがなかった。

確かに、外観からは特にこれといった特徴も感じられないなって思いながら見ていたら、近くにいた酔っぱらいのおっさんが、「この建物が凄いんじゃないの! 建築家が有名なだけなの!」って叫んでました。

なるほど。20世紀を代表するフランスの建築家、ル・コルビュジエの作品の一つ(フランスやドイツ他7カ国が共同推薦していた17点の内の一つ)ってことが評価されたんですね。

でも、「らせん状に回廊を配し、建物を外側に増築できるようにした『無限成長美術館』の発想に基づくもので、コルビュジエの美術館建築の完成形とされる作品」といった解説も目にしました。

続いて向かうのは寛永寺。でも、その前に

もう一つ訪れたい場所があって、上野公園の奥へと歩いて行くと、音楽が聞こえてきて、大勢の人が集まっています。野外コンサートか何かをやってるんでしょうか?

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違いました。手にお皿を持って何か食べている人も沢山います。キリスト教団体が食事を提供する集会のようです。対象者は、上野公園に野宿しているホームレスの方々、かな?

向かっているのは少し前、「ぶっちゃけ寺」というTV番組で知って、一度見に行ってみたかった寛永寺。JR上野駅の公園口からだと、上野公園を縦に突っ切った反対側に位置しています。

その途上にあった圓珠院(円珠院)。寛永寺が徳川家によって創建され、諸大名たちがその将軍家の法要参列のための装束着替所として建立した寺院の内の一つ。

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1652年(承応元年)に建てられ、火災や幕末の戊辰戦争といった厳しい時を過ごしてきましたが、山門である総欅造の薬医門は創建当時のままだとのこと。

寛永寺 根本中堂に到着。寛永寺は、徳川家康、秀忠、家光公の三代にわたる将軍の帰依を受けた天海大僧正によって、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するために建立されたもの。

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ということで、至る所に「葵の御紋」があります。屋根のてっぺんにも燦然と輝いてました。

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これまた、上野公園には何度も訪れているのに知らなかった

続いて向かったのは上野東照宮。

東照宮の山門の手前にあった売店の廃墟? お店の前のアイスクリームを売っていた冷蔵庫(って言っていいのか?)の姿が本当に懐かしい。

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東照宮の山門。

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そして参道と、参道脇に並ぶ石灯籠。当時、この石灯籠に火が灯った参道は美しかったでしょうね。

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奥の方には、国の重要文化財に指定された銅燈籠も並んでいました。

東照宮というのは、徳川家康を神様としてお祀りする神社で、日光の他にも全国に数多くありますが、その内の一つがこの上野東照宮。こちらも天海大僧正により創建されたもの。

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現存する社殿は、1651年(慶安4年)に建立されたもので、戊辰戦争や関東大震災でも焼失せず、第二次世界大戦にも不発弾を被っただけで、 江戸の面影を今も残しているとのこと。

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東照宮の参道から見た寛永寺五重塔。1639年に建立され、国指定の重要文化財なんですね。

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公園内にある面白いデザインの交番。正式名称は、上野警察署動物園前派出所とのこと。

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夏の日差しを受けて体力的には限界。のども乾いてきたので、次の目的地はビヤホールかな?


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