師走の小春日和の一日、観音崎を目指して(観音崎歩き旅-前半)

何年か振りに生まれ育った久里浜を訪れたのは今年の春。年の瀬も迫ってきた師走に、再び久里浜の地に降り立ちました。

夕方から横須賀中央で今年(横須賀での)最後の忘年会があるので、その前に飲み仲間(忘年会のメンバー)と一緒に、久里浜から海沿いを馬堀海岸まで歩いてみようと、やって来た次第。

京急久里浜駅に10時に集合し、商店街を通って海へと向かいます。

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途中、母校の久里浜小学校を左手に見ながら進みます。春に来た時には桜が咲いていたな。

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浦賀と長瀬の町をつなぐ川間隧道。隧道(すいどう、ずいどう)というのは、トンネルの昔の呼び方。常用漢字以外の文字が使われているので、今はトンネルという呼称が一般的。

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平成6年(1994年)竣工なので、私が長瀬に住んでいたころにはまだありませんでした。当時はここから右へと続く長瀬トンネルを使っていましたが、これが怖かった(オバケとか出そうで、ね)。

長瀬トンネルは今でも、こっちのトンネルと共存しているようです。日本一トンネルの多い街横須賀(市内に200以上)としては、1つでも減らしたくなかったのかな。

因みに、日本一トンネルの多い都道府県は大分県だそうです(550個以上でダントツ)。

トンネルを抜けると浦賀です。多くの釣り人がいるのは陸軍桟橋。太平洋戦争終了後、南方や中国大陸からの引き揚げ者約56万人が、懐かしい日本の地に第一歩を印したところです。

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そして、この引き揚げ者たちは、長瀬トンネルを通って久里浜から各地へと帰っていったんです。

この陸軍桟橋のすぐ山側にあるのが愛宕山公園。昔は「浦賀園」と呼ばれていたようです。

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明治二十六年開園の横須賀市最古の公園で、ここには咸臨丸出港の碑があります。碑の裏には艦長の勝海舟をはじめ、福沢諭吉、ジョン万次郎などの乗組員の名が刻まれています。

高台にある愛宕山公園からは浦賀港が一望できます。ここから右手に目をやれば浦賀水道も見えるので、ここから黒船の姿を眺めた人もたくさんいたのかもしれませんね。

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愛宕山公園の一角にこんな看板が。一般社団法人「日本龍馬会」が事業主体となって高さ20mの龍馬像の建立を目指しているようです。

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HPで調べてみると、建立時期は2019年12月末日までとありますが、見た限りではまだそれほど具体的な計画が進行しているようには思えませんでした。

愛宕山公園から階段を下りてくると、目の前には「浦賀の渡し」があります。浦賀港の東西の町を結ぶ渡し船の渡船場です。ちょうど、向こうから船がやって来ます。

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船に乗り込み、船長さんに料金200円を支払うと、向こう岸に向かって出航。

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対岸の渡船場から約1kmくらい歩いたところにあるのが浦賀かもめ団地。浦賀駅からだとざっくり2kmくらいかな。グーグルマップで知って、一度自分の目で見てみたかったんです。

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地図によると36号棟まであるマンモス団地。県営団地で、目の前は海という素晴らしい立地。家賃を調べてみると、2万円台前半から4万円台程度と、かなり格安。

ただ、入居を開始したのが1970年ってことなので、当時新婚で入った夫婦が70代になるわけですから、入居者の老齢化は想像に難くないですよね。

空き住戸も2割近いらしい。そう言えば、ここを通ったのは平日のお昼前くらいだけど、どうも人影が少ないような気がした。もちろん、洗濯ものや布団を干したりと生活感はあるのだけど。

目の前の海にカヤックを漕いでる人がいます。この人とは、後ほど出会うことに。

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鴨居港を過ぎ、多々良浜にやって来たら、その海水が想像以上に透き通っていてビックリ。

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先に見えるのは観音崎自然博物館。

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砂浜に赤とグレーの小さなボートらしき姿が見えると思いますが、これが先ほどかもめ団地の海側を軽快に進んでいたカヤックです。

観音崎自然博物館横の休憩所に行ったら、見るからにカヤックを漕いできました風の人が休憩していたので声を掛けてみたら、当たりでした。燈明堂からスタートしてきたとのこと。

まだ道半ば。後半へと続きます。

観音崎一周

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