松本守正さんのワークショップに参加して

先日、松本守正さんのワークショップに参加をしてきました。題名は、「自分力」。

初めての参加でしたが、松本守正さんの“気持ちの熱さ”がビシビシと伝わってくるようなワークショップでした。

チンパンジーのおもちゃが、「すごい!すごい!すごい!」って言ってる

冒頭で「自分のことが好き」という話をされました。これは本当に大事なことなんだって。

なぜなら、自分を好きになれない人は、人も好きになれないから。
なぜなら、自分を大切に出来ない人は、人も大切に出来ないから。

夏の空
シンバルをシャンシャンと叩き続けるチンパンジーのおもちゃを知っていますか。守正さんは、例えば今回のようなワークショップをやっているとき、いつもこのチンパンジーのおもちゃが頭の周りを回りながら、「すごい!すごい!すごい!」って言っているイメージを持っているそうです。

もしかしたら、“意識的に”自分のことを「好きだ!好きだ!好きだ!」って言い続けていないと、多くの人は、“無意識の内に”自分の事を「嫌いだ!嫌いだ!嫌いだ!」って考えで頭を埋め尽くしているのかもしれません。自分なんか「ダメだ!ダメだ!ダメだ!」って。

人はモノの捉え方、考え方、表現の仕方によって人格が決まる

松本守正さんのブログのトップに、「人はモノの捉え方、考え方、表現の仕方によって人格が決まる」という言葉があります。

「人格」というのは、人間性であり、人間力であり、守正さん風に言うと「自分力」ということのようです。そして、その「自分力を高める」というのが今回のワークショップの趣旨なのでしょう。

では、どうやって高めていくのか。

先の言葉、「人はモノの捉え方、考え方、表現の仕方によって人格が決まる」の中で、「表現の仕方」ってところがピンとこないなって思っていました。

自分なりに解釈すると、もしかしたら“言葉”ってことかもしれないなと。目の前の事象をどんな“言葉”で言い表すのか。その“言葉”を口に出す出さないに関わらず、何らかの表現にしますよね。これが「表現の仕方」ってことなのかなって。

という解釈が合っているとすれば、「捉え方」「考え方」「表現の仕方」というのは、3つとも同じことを言っているように思います。

突き詰めて言えば、「考え方」ってことです。

人生の違いは、考え方の違い

以前、アチーブメント(株)の青木先生の言葉として、「事実は一つ、解釈は無数」という話をしました

目の前にある「グラス」は、ガラスでできた物体というのが「事実」。それを、ある人はグラスとして使い、ある人は鉛筆立てとして使うというのが「解釈」であり、その解釈の仕方は無数にあるよということです。

まさに「捉え方」であり、「考え方」であり、「表現の仕方」なんだと思います。

グラスに半分だけ入った水の話はよく聞きますよね。

ある人はそのグラスの水を見て、「もう半分しか残っていない」と思い、別の人は「まだ半分も残っている」と思うという話です。

「もう残り少ないな」って捉え方をして、「もう半分しか残っていない」という表現の仕方をする人。
「まだまだ十分あるな」って考えて、「まだ半分も残っている」という表現の仕方をする人。

同じグラスの水を見ても、人によってそれに対する「捉え方」、「考え方」、「表現の仕方」は無数にあるということです。

守正さんは、それによって人格(=人間性、人間力、自分力)が決まるって言っているわけです。

アチーブメントの青木先生は、「人生の違いは、考え方の違い」という言い方をしています。あるいは、「人生の質は、考え方の質で決まる」って。

「自分は消極的だって思っている」って、それは真実なの?

少し回り道をしましたが、改めて、では、どうやって“自分力”を高めていくのか?

もしかしたら、違う質問の仕方をしてもいいかもしれません。

では、どうやって“考え方”を(良い方向に)変えていくのか?

守正さんが、ワークショップの中で出席者に向かってこんな質問をしました。

「この中で、死んだら天国に行くと思う人?」。何人かの手が挙がります。続けて、「死んだらリン酸カルシウムになると思う人?」。また手が挙がり、更に「自分はマイナス思考だと思う人?」、「自分は消極的だなって思う人」、「自分は暗いなって思う人」、「不倫をしている人」(笑い)、「今日覚せい剤を打ってきた人」、「自分は頑固だなって思う人」。

この中に“真実”は2つしかありません。それは「不倫をしている人」と「今日覚せい剤を打ってきた人」ってだけです。

それ以外は全部「脳の錯覚」なんだって。真実でも事実でもなく“錯覚”なんだと。あるいは“思い込み”なんだと。

(守正さんが)「やめられない、止まらない」って言ったら、(会場から)「カルビーのかっぱえびせん」って声が。「ようこそここへ」って言ったら、「クッククック」(桜田淳子ですね)。「一寸先は」、「闇」。

これ、みーんな、自分の思い込み、考え方の“癖”なんですよ、って。

考え方も“習慣”の一つに過ぎない

同じような話ですが、以前、「偏見のメガネ」についての記事を書きました。その中で、「考え方も習慣の一つ」ということを言っています。

自分の「考え方」なんだから、いつも自分の頭で考えて、自分の意見としたり、口に出しているだろうって、そんな風に思っていませんか?

もちろん、そういうこともあるでしょう。でも、多くの場合は、「習慣」の産物なんです。“行動”だけでなく、“考え方”も「習慣」によって繰り返されるものがほとんどなんですよ。

先の「やめられない、とまらない」なんかは本当に分かり易い“刷り込み”によって生まれた習慣ですが、様々な方法によって、あなたの頭の中に刷り込まれ、そしてそれがいつしか習慣になっているのです。

「こういうときには、こういう風に考えよう」って。

「自分はダメなやつだ」
「自分には能力が無い」
「自分は成功できない」
「自分は何をやっても続かない」
「自分は引っ込み思案だ」

すべて単なる考え方の「習慣」に過ぎません。思い込みです。錯覚なんです。

言い換えれば「真実ではない」ということです。自分でそうだと思っているだけです。

こういうマイナスの考え方は、それを“補強”してくれる出来事が日常の中でたくさん起こることでしょう。

自分に対して「やるなー」って出来事もきっとある筈です。でも、「だめだなー」って出来事の方が間違いなく印象に残っていくんですよね。

「自分はダメ」→「それを証明する出来事」→「やっぱり考え方は正しかった」→「自分はダメ」→ 
この繰り返しで、強固な「習慣」、「思い込み」になっていくんです。

「考え方も習慣の一つ」ということ、理解して頂けましたか。

ちょっと長くなってしまったので、分割してお届けしましょう。次回に続きます。



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