時代小説が大好き!

以前、山本周五郎の「さぶ」という本を紹介しました。また、好きな作家はたくさんいるんだけど、その作家の著作をすべて買ったという作家は、山口 瞳、山本 周五郎、山手 樹一郎の三人だけ、という話も書きました

でもよく考えてみるとそんなことはなくて、もっとたくさんの「著作は全部読んだぜ」っていう作家がいます。例えば柴田錬三郎などもその中の一人です。

時代小説作家は数多いるけれど

本棚の山本周五郎結構いろんなジャンルの本を読んできましたが、「時代小説」は本当に好きなんです。

「鬼平犯科帳シリーズ」などで著名な池波正太郎、「竜馬がゆく」の司馬遼太郎、あるいは木村拓哉主演で話題になった「武士の一分」の原作者である藤沢周平など、いずれの作家の本も多分ほとんど読んでいると思います。

でも、山本周五郎、山手樹一郎、柴田錬三郎という三人の時代小説作家は、私にとって特別です。

この三人の著作を読むことで、私はこれまで生きてきた中でどれだけ助けられたかと思います。私の人生における“考え方”の土台は、この三人の(もちろん彼らだけではありませんが)作家によって形作られた部分が少なからずあるのだと思っています。

読み出した時代が高校生の頃というのも大いに影響しているんだと思いますけどね。

この三人、同じ時代小説というジャンルでも、その話の傾向は三者三様です(当然ですけど)。

山手樹一郎の主人公は、明朗闊達、正直で親切でお人好し

山手樹一郎の本に出てくる主人公は、明朗闊達、正直で親切でお人好しで、って感じです。もう、とにかくみんな明るいんです。町人が主人公という本もありますが、どちらかというと武士が主人公という方が多いのではないでしょうか。大名の若殿が主人公になって活躍みたいな本も数多くあります。

こんな主人公に相対するヒロインは、おきゃん(活発な女性)な下町娘や大店の内儀(美貌の後家)みたいなのが典型でしょうか。こちらも主人公に負けず劣らず元気で前向きな女性たちです。病弱とか“なよなよ”なんてヒロインは一人も出てきません。

主題は常に勧善懲悪。そして「正義は必ず勝つ」ので、読んでいて肩が凝らないし、主人公と一緒に明るく元気になっていく気がします。

だから、心が疲れているときなどは、ついつい手にとって読み出してしまうんです。主人公がすぐそばにいてくれて、いつでも励ましてくれる、そんな錯覚を持たせてくれるんです。

山手樹一郎には、長編小説、短編小説の両方の作品がありますが、どちらも負けず劣らず心楽しい時間を提供してくれます。

柴田錬三郎の描く主人公は、何もかも超越したスーパー剣客です

柴田錬三郎の本に出てくる主人公は、これはもう本当に分かりやすい「剣の達人」です。どの主人公も、その時代で言えばナンバーワンじゃないのってくらい、とにかく強いんです。

従って、物語の中心になるのは、剣による闘いの場面です。また、その表現がスゴいんだ。何がどうスゴいか、生憎と表現する言葉を持っていないので、すこし引用させて頂きましょう。

斜陽を切って、宙に閃き、刃金の匂いをまいて、がっきと噛みあった二刀であった。
それなり、殺気と殺気は、力点にこめられ、むしろ、両者の姿を、もの静かにさえ見せていた。
この永い固着状態こそ、兵法者の全生命が、心とからだに、すき間なく、くばられ、充ち満ちて、次の一撃をもって勝負を決定させるために、どれだけの無心無想を保ちえるものか・・・その鍛練を証すものであった。
刀と刀とがひらいて、対峙をつづける間は、敵の破綻を祈り、隙をねらう意識は、脳裏にあろう。
こうして咫尺(しせき)に眼光を迫らせて、引きも押しもならぬ完全なる均衡裡に、いっそ力も利かぬ真空ともいえる空間を選ぶや、思考力もまた、体内から去っている。

こんな感じです。この場面だけ切り取っても、その描写のスゴさは伝わり難いかもしれませんが、高校生の頃、本当にワクワクゾクゾクしながら、その一つひとつのシーンを堪能したものです。

出てくる主人公は、山手樹一郎とは対照的に、シニカル(冷笑的とか、ひねくれた)なタイプが多いように感じます。

代表作の「眠狂四郎シリーズ」の主人公、眠狂四郎はニヒリズム(虚無主義)の塊りみたいなもんです。

一方、ヒロインの方はと言うと、「美人で病弱で薄命」というのが典型でしょう。柴田錬三郎の本では、山手樹一郎が描いたような快活で元気溌剌、健康なといったタイプのヒロインは、ほとんどお目にかかれません。

柴田錬三郎は基本、長編小説しか書いていません。「眠狂四郎シリーズ」の一部や他の長編小説などで、短編の連作で長編になっているという本も無くはないのですが。

そう言えば、柴田錬三郎で忘れてならないものがもう一つありました。柴錬三国志です。三国志は、もちろん吉川英治版も読みましたが、個人的には柴錬の方が好きです。まさに血沸き肉踊るって感じで、読んでいた当時は本当に虜になっていました。

最近、友人から北方謙三の三国志が面白って話を聞いて、興味をかきたてられている最中です。あのハードボイルド作家の北方さんが書いた三国志、どんなになっているのかぜひ読んでみようと思っています。

山本周五郎が生み出したのは、山本周五郎の文学でした

山本周五郎が描くのは、多くは江戸の市井の名もなき人たちです。

主人公のタイプは“こんな感じ”とまとめて言うことができないくらい、様々な職業や年齢の人たちです。もちろん武家の人もいますし、裏長屋に住む職人もいます。また、女性が主人公になっている小説が多いのも山本周五郎の特徴でしょうか。

その登場人物たちの特徴を一言で言えば、やはり“市井の人々”なんだと思います。いわゆる“大衆”の生き様を描いた大衆文学作家の代表とも言える山本周五郎。

なんか大衆小説って言ってしまうと、娯楽中心で純文学よりも“劣った”イメージを持つ人もいるのかもしれませんが、山本周五郎の描く世界は本当に深いです。

山本周五郎が活躍した当時、大衆文学は“文学”とはみなされることなく、著しい差別観のもとに置かれていました。言ってしまえば、文学としての市民権を得ていなかったんです。

その意味では山本さんが目指したのは“純文学”なのかもしれません。でも、山本さんが作った作品は、大衆文学でも純文学でもなく、山本周五郎の文学なのだと思います。

最近、なぜ私がこんなにも山本作品に魅かれるのか、その源が分かったような気がするんです。その辺りの話も織り交ぜながら、今後折に触れ、いろんな作品を紹介していきたいと思っています。



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