肉体と同じように、心も使わないと弱くなって

今日、気が付いたことが二つ。二つの間には相関関係があるかな?

一つの発端は数日前に遡ります。

あんなに鍛えていたのに、いつの間にか走るための筋力が衰えていたようです

このところ、運動の主体が自転車の方に偏ってしまい、ランニングから大分遠ざかってしまっています。7月のランニング記録は1回しかなく、距離にして14kmでした。

記録を辿ってみると、この7月唯一のランニングの前は、そこから更に一ヶ月も前のことでした。

こりゃ、まずいなと。どこまでいっても、私の運動の主体はランニングだなって思っているので、自転車とランニングとのバランスを考える時期にきたようです。

そんな思いもあり、数日前にランニングに出かけました。

走り始めは結構調子いいかもと軽快に走っていたのですが・・・・・5km辺りから左太股の付け根、腰骨の外側辺りが痛くなってきました。

耐えられない感じではなかったのですが、それでも軽めに切り上げようと6.5km地点で折り返し、後半はかなりゆったりと走って帰ってきました。

数日経過した今日、痛みも大分引いた感じなので走りに行ってきたのですが、痛い。2kmくらい走って、諦めて歩きで帰ってきました。

街灯と空
ここで書いた通り、昨年1年間で1900kmのランニングをしています。月平均にすると160km近くになります。それ以前も、もう何年間も月平均にして最低でも120kmくらいは走ってきています。

それなのに、たかだか一ヶ月や二カ月走らなかったからといって、こんなに衰えてしまうものなの?その間だって、何も運動をしていないわけではなく、7月なんて自転車で800km近く走っているのに。

やっぱり使わない筋肉は急速に衰えていくんですね。

入院したりして歩けなくなったりすると、脚の筋肉が急激になくなって細くなってしまうというような話をよく聞きますが、そこまで目に見える形で顕著ではなくても、体のいろんな部位で(表面的には見えなくて、だから気づかなくても)似たようなことが起こっているのでしょう。

使わないと衰えるのは“心”も同じ

これね、体の“肉体的”な話だけではなく、頭とか心(精神)といった、まさに目に見えなくて、だから気がつき難いところでも同じなんだよね、というのが今回のテーマです。

使わないと退化していく。当たり前といえば当たり前。でも、それが頭とか心となると、それをきちんと認識している人は非常に少ないのではないでしょうか。

なにしろ、日常生活の中で認識し易い肉体でさえ、(上の私のように)どうかすると見逃していて、いつの間にか「こんなになったちゃった」という可能性は多々ありそうな気がします。

頭を使わないと脳の働きはどんどん衰えて、認知症といった問題も起こりやすくなるという事実は既に常識になり、広く認識されるようになりましたが、それでも“自分のこととして”認識している人がどれくらいいるのかは疑問です。

そして“心”。これはもう、認識している人は本当に少ないのではないかな。

前に向かおうという“気持ち”が萎えてくると

心が衰えるって、どういうことなのかというと、もちろん色んな側面があるので一概には言えませんが、例えばストレスにさらされていない人は、間違いなくストレス耐性はどんどん低くなっていくことでしょう。

“問題”にぶつかることでしか、人は成長できないのではって書きましたが、これも“心”の話でしょう。

“問題”を避けて通ってばかりいると、そもそも問題に取り組んでいこうという“気持ち”が負けてきますよね。すると、ますます問題を回避しようとするようになります。

問題を回避するって、具体的な行動としてはどうなのかというと、“行動しない”という行動をするんです。例えば、家にこもって外に出なければ、問題が発生する可能性はずっと低くなることでしょう。

“行動しない”まではいかなくても、自分のコンフォートゾーン(安全領域)の中だけで行動しようとするかもしれません。安全領域の中で生きている限り、これまた問題にぶち当たる可能性を低くすることができそうです。

でもね、そこには夢も挑戦もワクワクもドキドキも無いんです。

ここで書いた通り、「問題がない人」≒「夢に向かってチャレンジしていない人」なんです。もっと悪く言えば、“逃げの人生”を送っている人です。

ガラス細工の“心”?

松本守正さんのワークショップの話の中で、生き方には三通りあるって話を紹介しました。それは、逃げるか、守るか、攻めるかの三通りです。

守りの人生も簡単なことではなさそうです。何もしないで“現状維持”の状態を保つことはできません。守るだけでは、人生(コンフォートゾーン)はどんどん小さくなっていってしまうんです。

そして、逃げたら人生が終わります。人生が縮小していくスピードMaxです。

そして、これが「心も使わないと退化していく」ということなんです。

心が被害を受けそうな問題を避ける、嫌な感情が生まれそうな場所に行かない、自分の弱さが露見しそうな状況から遠ざかる。

でもそうしていると、自分では気がつかない内に“心”はどんどん弱くなり、些細な衝撃でも簡単に割れてしまう脆いガラス細工のような心になってしまっているかもしれません。

そして、自分の心が壊れ易いということだけは分かっているので、ますますガードを固めるわけです。

行き着く先は?

“心”を使っていきましょう。風雨に曝してまでは言わないけれど。

現実世界で“問題”に積極的にぶつかっていこう、問題は神様からの贈り物なんだって、自分自身に言い聞かせている私がここにいます。

「今日、気が付いたことが二つ」って冒頭に書きましたが、もう一つは「私たちは闇の中にいる」といった話をしようと思っていたんです。でも、少し長くなりすぎたので、二つ目の話題は次回に。




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