感情なんて本当に選択できるの?(「7つの習慣」-その5)

前回、主体的に生きている人とは、自分の人生は自分次第でどうにでもなるってことを自覚している人だって話をしました。それは、自分の周りで起きる出来事の“意味”は、すべて自分でコントロールできるからです。

ということは、主体的に生きている人に「言い訳」という言葉は存在しないってことです。

夏の終わりの雲

言い訳って、相手よりも自分に向かって言っているんですよね

言い訳や反応的な言葉は絶対に使ってはいけませんよー。なぜなら、人は言い訳を言っていると、それ(言い訳)が現実になってしまうからです。

言い訳で一番納得させているのは、自分なんですよね。「そうかそれじゃあ仕方ないよね」って、自分で言って、自分で納得しているわけです。

言い訳や反応的な言葉は、心理学でいうところの「自己達成予言」になってしまいます。こういう言葉を使う人は、「選択の自由が無い」という思いを持っていて、その思いを支える証拠を自分で作り出し、更に強化していくのです。

その行き着く先は、被害者意識に陥り、自分の状況をすべて外的な要因(他人や環境)のせいにしながら生きていくことになってしまいます。

ということで、第一の習慣「主体性を発揮する」を身に付ける第一歩は、今後一切言い訳を言わないと誓うところから始めていきましょう。

問題はすべて自分の中にある

さて、人生の大きなチャレンジに主体的に対応する力が育成されるのは、日々の平凡な出来事の中にあります。交通渋滞に対してどう対応するか、言われたことをしなかった子供にどう反応するか、どういう言葉を使うかといったことが大切なんです。

実際に、結婚生活において、家庭において、仕事において主体性の原則を30日間試してみて欲しいとコヴィー博士は言います。

他人を裁いたり、批判したり、あるいは弱点について争うことをやめてみる。また、他人や環境のせいにしたり、自分の弱点を弁護することもやめ、間違いを犯した時に、素直にそれを認め、修正し、そこから学ぶようにする。

そして、自分自身を変えるように、自分のあり方に集中してみて欲しい、と。

他人の弱点や欠点を批判することをやめるとは、意識を他人に向けるのではなく、自分自身の反応に向けるということです。彼らが何をしているのか、何を怠っているかが問題なのではなく、それに対してあなたがどういう反応を選択するか、あなたは何をすべきかが問題なんです。

問題は自分の「外」にあると考えたら、その考えこそが問題なんだ。

更に具体的な取り組みとして、以下のようなことをやってみるようにとのことです。

近い将来、直面するであろう状況で、過去の経験からして反応的になる可能性が高いものを一つ選んでみる。その事柄に対して、自分が影響を及ぼせることを考慮に入れ、その状況を考え直してみる。

主体的な反応を示すためには何ができるだろうか。刺激と反応の間のスペースを思い起こし、その中に存在する選択の自由を活用する約束を自分自身にする。

サミュエル・ジョンソンの言葉が紹介されています。

満足の泉はその人の心に湧き出るものでなければならない。自分自身の人格以外のものを変えることで幸福を求める愚かな人は、実を結ばない労力に人生を浪費し、避けようとしている悲しみを倍増させるに違いない。

感情なんて本当に自分で選択できるのかよー?

主体的な生き方を身に付けていくために上記のような取り組みを行っていくわけですが、「近い将来、直面するであろう状況」を想像した時、実際その場面で、果たして自分が主体的な反応をすることが出来るのかどうかは、少なからず懐疑的です。

なぜなら、それは“感情”の問題だから。

あなたにとって嫌なことが起こった時、「スペース」の事なんか忘れて、「わー嫌だっ!もう嫌っ!」って反応的な感情が湧き出て来るのが自然でしょう。だって、これまでずーっとそうやって生きて来たのですから。

「自然に湧き起こる(と思っている)感情さえも、あなたの選択だ」って言われて、「なるほどそうなんだ!」って頭で理解しても、「でも“感情”なんだよ」って思っている自分がいます。

先日、北村薫さんの「ターン」(このブログでも何度か書きましたが、私の大好きな本です)を読み返していたら、こんな言葉がありました。

「心を理屈では制御できないでしょう」

私もそう思うんです。とは言いながらも、これを乗り越えて行かないと成功への階段の入口にさえ立てないってことなんで、なんとかしなければなりません。

「嫌な出来事」から生まれる感情を快楽に結び付ける

ここ何カ月か、ずーっと気にかかっているというか、頭の片隅にあることは、ジェームス・スキナーが「成功の9ステップ」の中で言っていた次の言葉です。

感情は人生そのもの。あなたが欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば感情なのだ。

これはすごく納得するんですよ。なるほど、そうだよなって。

とは言っても、欲しい感情とは「嬉しい」とか「楽しい」という感情だと思いますけど。

言い換えると、「あなたの欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば嬉しいとか楽しいと言った、自分にとって好ましい感情なのだ」ということですね。

また、同書の中でこんなことも言っています

もしあなたが夢の人生を手に入れたいと思うなら、自分の連想体系をコントロールしなければならない。夢の実現や成功に役立つ活動のすべてを、快感と結びつけなければならない。

これって、「第一の習慣」と同じことを言ってませんか。主体的に生きるとは、自分の周りで起きる出来事の“意味”を、すべて自分でコントロールすることです。それも、あなたを成功に導いてくれるような“意味”を選択しなさいってことですから。

夢の実現や成功に役立つ活動の中で発生する出来事は、“嫌な”ことの方が圧倒的に多いと想像できます(だからこそ、多くの人が成功を諦めているんです)。もし、嫌な出来事から生まれる感情の全てが快感と結びついたとしたなら、成功は約束されたも同じだと思いませんか。

なぜなら、意識している、いないに関わらず、私たちは常に快楽が得られる行動を選択しているからです。だからジェームス・スキナーはこう言うのです。

何に快楽を連想し、何に痛みを連想するか、が人生の違いなのである。

ポイントは、「連想体系をコントロールする」ということです。

少しづつ核心に迫って来ましたが、続きは次回



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