車にひかれたら、それも自分の責任?(「7つの習慣」-その8)

前回で、第一回から7回に渡ってお伝えしてきた、「7つの習慣」の内の第一の習慣「主体性を発揮する」については終了ですが、これを書きながら色んな本を読み返したりする中で気がついた点を少し補足しておきたいと思います。

岸根交差点の夕焼け

道を渡っていて車にひかれたら、それも自分の責任なの?

主体性を発揮するとは、人として自分の人生に対する責任を持つということでしたよね。人生に対する責任を持つとは、あなたの周りで起きている出来事は全てあなたに責任がある、ということを受け入れることです。

でも、こういう考え方を紹介すると、「では道を渡っていて車にひかれたら、それも自分の責任と言うのですか。自分が悪いということですか」って言う人もいることでしょう。

この答えは単純で、責任を持つとは責めを負うことではありません。配られたカードに対して責任はないんだけど、そのカードでどうプレイするかはいつも自分次第。あなたの責任だってことです。

両親がどうだから、家が貧乏だから、妻がこうだから、夫がああだから、上司が無能だから、学歴が無いから、天気が悪いから、髪の毛が薄いから、年を取ったから、男だから、女だから・・・・・もしかしたら、あなたが責めを負う必要のない事も多いのかもしれません。

それでも、それがあなたに配られたカードなんです。配られたカードが悪いから人生という名のゲームから降りるってわけにはいかないでしょ(中には残念ながら降りてしまう人もいますが)。

そのカードでどうプレイしていくかは、他の誰でもなく、いつもあなたの責任です。それが主体性を発揮するということ。それが自分の人生に責任を持つということです。

癌というカードを配られて・・・・・それでも、どう生きるかという選択はできるんです

カーネギーメロン大学のランディ・パウシュ教授は、医師からすい臓癌で余命3か月から半年との宣告を受けます。

この癌宣告から一ヵ月後に、母校で「最後の授業」を行うのですが、そこに集まってくれた聴衆を前にして、自分のすい臓の巨大なCTスキャン画像をスクリーンに映し出し、そしてポインターで腫瘍を一つひとつ指しながら、こんな話をします。

「ご覧のとおりです。これを変えることはできません。あとはどのように反応するか、決めるだけです」

ランディ・パウシュ教授が癌になったのは、彼の責任ではありません。でも配られたカードを変えることはできません。変えられるのは、そのカードでどのようにプレイするかだけなのです。

自分を哀れんだからと言って生きていられる期間が延びるわけではなく、どんな感情を持って生きようと、死ぬ時期は必ずやって来る。それなら、残された時間を家族と一緒にいつくしみ、残された人生を楽しもうという“選択”をパウシュ教授はしたのです。

僕は死にかけていて、僕は楽しんでいる。残された毎日を楽しんで過ごすつもりだ。それ以外に人生を生きる方法はないから。

誰が“悪い”のかはどうでも良くて、誰の“責任”かってことです

似たようなことに気がついたのですが、「7つの習慣」の中からこんな言葉を紹介しました。

問題は自分の「外」にあると考えたら、その考えこそが問題なんだ。

この言葉をサラッと読んで、「そうか、自分の周りに何らかの問題があるとすれば、それは私の問題なんだ、私が“悪い”って考えなきゃいけないんだな」って思ったのです。

でもこの解釈も間違っていますよね。この言葉は誰が“悪い”のかを指摘しているのではなく、その問題を解決する“責任”は誰にあるのか、ってことを言っているんです。

自分の周りにある問題に対して、それは「あなたの責任でしょ」って言ってしまうと、その状況の改善は相手任せ(自分のコントロール外)になってしまいます。

その問題に対して、自分が正しいとか間違ってるとかは置いておいて、「主体性を発揮」して、それは「私の問題だ」って認識することが大切だってことです。

誰もが人生において偉大なことを成し遂げることができる・・・筈なんだけど

ジェームス・スキナー著「成功の9ステップ」から、「感情」についてもう少し。なにしろ、

感情は人生そのもの。あなたが欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば感情なのだ。

ということですから、知っても知り過ぎるということはないでしょう。

私たちの感情は、私たちの「出来事に対する解釈」や「実際の行動」に大きな影響を及ぼします。

私たちは、誰もが人生において偉大なことを成し遂げることができます。誰もがね。でも、それが“できる”のか、それとも実際にそれを“する”のかは、あなたの感情にかかっているのです。

自信、やる気、感謝、好奇心、愛、貢献といった力強い感情で生活している人は、自分の真の可能性を実現することができるでしょう。

一方、憂鬱、怒り、自己憐憫、ストレス、自己嫌悪といった感情に自分の身を任せている人は、他の人にとっての警告になるような道を辿ることになるかもしれません。

あなたは、どちらの道を選びたいですか。あるいは、どちらの感情を選択したいです。

スキップと鬱も、焼肉と鬱も、相容れないんです

以前書いた通り、感情は選択です。だって、“あなたの感情”なんですから。

前回、想像力を使って感情をコントロールしていきましょうって書きましたが、スキナーは「感情を変えるのなんか簡単」って、ここでも言っています。

それには、身体の使い方を変える、使っている言葉を変える、焦点を変える(ために新しい質問をする)の3つの事をするだけでOKだと。

詳しく書いていくとまた長くなってしまうので、それは別の機会に譲って、今回は簡単に。

身体の使い方を変えるとは、例えばスキナーは、セミナーの中で“うつの人”を壇上に呼び、「スキップしてごらん。スキップしているときにうつを感じることができれば、十万円を差し上げましょう」とチャレンジしたことが何回もあるけど、一回も支払う必要はなかったそうです。

斎藤一人さんは、うつの人を焼肉屋に連れていけば、うつなんか簡単に治っちゃうって言っていました。うつと、焼き肉屋で美味しそうに焼肉をガツガツと食べている姿は相容れないからです。スキップの動作と憂鬱の感情が相容れないのも同じことです。

“言葉”については、皆さん十分に理解していることと思いますが、常に意識していて欲しいのは、自分の発する言葉は、自己イメージを作っていくということ。そして、言葉は私たちの無意識をプログラミングするための協力な武器だってことです。

「元気ですか」って聞かれて、「まあまあだね」って答えるのと、「もの凄くいい気持ちなんだ!」って答えるのとでは、まったく感情が違ってきますよね。

焦点を変えるために新しい質問をするとは、例えば、

「今、私は何を感謝しているのだろうか」
「今、私の人生のどこが素晴らしいのだろうか」
「必ず成功すると分かっていたら、私は何に挑戦するか」

といった質問を自分自身に問いかけることです。忘れがちなこと、忘れていたこと、考えてもみなかったことが見えてくるかもしれません。

“補足”も含め、「7つの習慣」の第一の習慣「主体性を発揮する」は取り敢えずこれで完了。

次回は、第一の習慣から第二の習慣へと移って行く準備をしましょう。


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