わたしが生活の中心においているもの?

前回、先ずは自分の奥底の価値観を見つけましょうという話で終わりました。では、どうやってその価値観を見つけ出すのかという所から。

自分の人生をどうしていきたいのか

本書に、このような記述があります。

目的を持って始める最も簡単で大きな効果をもたらす方法のひとつは、ミッション・ステートメント(個人的な憲法、または信条)を書くことである。

このミッション・ステートメントの中で、自分はどうなりたいのか、何をしたいのか、そして自分の行動の基礎となる価値観や原則を明らかにしていくことになります。

ということは、「ミッション・ステートメント≒人生の目的」のような気がしてきますが、まあ、“ミッション”と言うくらいですから、そうなのかもしれません。少なくとも、人生の目的に至る道を明らかにするものがミッション・ステートメントなのでしょう。

公園と小学生
ミッション・ステートメントって、色んな説明を聞いたり読んだりしても、いつも分かったような分からないような感覚に陥ります(私だけ?)。

言葉にすれば、「自分の人生をどうしていきたいのか」ってことなんだと思いますが、本書からいくつかの例を引用させて貰った方が分かりやすいかもしれません。
  • まず家庭で成功しよう。
  • どんなことがあっても正直に生きよう。
  • 助言は素直に受けよう。
  • 誠意を持ちながら、強い決断力を持とう。
  • 毎年、新しい才能をひとつずつ身につけよう。
  • 明日の行動は今日計画しよう。
  • 前向きな姿勢を維持しよう。
  • 失敗を恐れず、失敗から学び、成長の機会を逃すことを恐れよう。
  • 率先力を発揮して、人生の目標に向かって進もう。
  • 周りの環境に左右されるのではなく、状況や機会にたいして自分から行動を起こす。
  • 悪い習慣から身を遠ざける。
  • 自分の可能性、能力、選択肢を広げる習慣を身につける。
  • 自分の持っているお金や才能を使い、また奉仕を通して、社会に貢献する。
例えばこんな感じです。このミッション・ステートメントがあなたの憲法となり、人生の重要な決断を行う基礎となるのです。

生活の中心においているもの?

さて、このミッション・ステートメントを考えるに当たり、先ず自分が「生活の中心においているもの」を探って行く必要があるそうです。

生活の中心においているものとは、文字通り、あなたの生活の基礎となっている部分のことです。この基礎の上に、あなたの生活が築きあげられているのです。

この基礎(中心)の中には、自分の最も基本的なパラダイムが入っています。パラダイムとは、あなたの行動や考え方のすべてを決めているものです。

だからこそ、自分が生活の中心においているものを見つめ、それが正しい原則に合っているかどうかを確認することから始める必要があるのです。

この「生活の中心」においているものによって、私たちの生活にどのような影響を与えるのかというのを、本書では4つの言葉で表現しています。それは、安定性方向性知恵、そしてであり、これらの根源になると書かれています。

生活の中心におくものの代表的な例として、「夫・妻中心」「家族中心」「お金中心」「仕事中心」「所有物中心」「自己中心」などが挙げられています。

“中心”と言いながら、いくつかの“中心”が混じり合ってひとつになってるんだ

例えば、「夫・妻中心」というのは、いかにもありそうで、また自然で妥当な選択のように見えます。でも、これには弱点があると言っています。それは、夫または妻を自分の生活の中心においている人たちは、極めて強い情緒的な依存性を抱えてしまうからとのこと。

具体的にはどういうことなのかという記述があるのですが、これが笑っちゃうくらい思い当たります。大抵の人は、一つではなくいくつかの中心を持っているようなので、少なくとも私の場合、(割合は別にして)少なからず「夫・妻中心」というパラダイムを持っているんですね。

自分の安定性が夫婦関係からくるのであれば、その関係に強く依存するようになり、相手の感情、気分、行動などに傷つきやすくなる。

相手に依存していると、ほんの小さな衝突がすべて拡大していきます。過剰反応、喧嘩と逃避、自分の殻に閉じこもる、攻撃的な行動、恨み、敵意、冷たい競争関係などが、その結果です。

さらに自分の古いパラダイムや生活習慣に頼りがちになり、自分の行動を正当化しようとし、相手の行動を責め始めます。

傷つくことを恐れ、自分の内面の弱さや傷つきやすい部分を相手に見せないように、皮肉、批評、嫌味といった手段を使い始め、お互いに相手が率先して愛を示してくれるの待つのです。

うーん、ここまでひどい状態にはならないと思いますが、言葉で表現するとうなずける点は多々あるように思います。

何を生活の中心におけばいいの?

上で挙げた他の中心の例も、基本的には様々な欠点を持っています。例えば、「仕事中心」の人はワーカホリックになってしまい、健康、家庭、人間関係、その他の大切な生活の要素を犠牲にしてまで働きがちになります。

また、所有物は多くの人にとって大きな動機になっていますよね。この所有物には有形なものだけではなく、名声や社会的な地位といった無形の所有物も含むのですが、これを生活の中心にしている人は、自分より多くの資産、名声、地位を持つ人の前に出ると劣等感を覚え、逆だと優越感を感じます。

あるいは、「友達中心」の人は、他人の意見に振り回されることが多く、意志決定の基準は「周りの人はどう思うだろうか」になります。

さらに、すぐに恥ずかしさを感じたり、自分の行動する力は自分が社交的に楽に感じる範囲によって制限されるといった説明もあり、この辺りも自分的に思い当たる点が少なからずあるなあと。

このように色んな“中心”を見ていくと、なるほど自分の中にもいくつかの中心が混じり合ってひとつの中心になっているんだなって良く分かります。

そして生活の中心におくべきものとしての正解は何かと言うと、それは“原則”となります。

7つの習慣には、この原則と言う言葉が至る所に出てきます。でも原則って何? 

「7つの習慣の中で、生活の中心におくべきものは原則って書いてあって、でもその原則について具体的には書いてないと思うけど、何のことでしょうか?」という質問がネット上にも散見するので、そう思っているのは私だけではないんですね(よかった!)。

この“原則”というもの、まさに人が生きていく上での原則ということだと思いますので、次回、深く踏み込んでいきたいと思います。



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