やってみなけりゃ分からない ----- これも原則、かな

ふとしたきっかけから30年振りにギターを練習してみようかなって思ったわけですが、その「ふとしたきっかけ」ってカラオケなんです。

初秋の富士山遠景

ギターを始めたのも歌、ギターから遠ざかったのも歌

そもそも学生時代にギターを習いたいって思ったのは、弾き語りがしたかったから。そしてギターから遠ざかったのは、自分が音痴だと思ったから。ギターを弾けるようになっても、うまく歌が歌えそうもないなって思うと、自然とギターを手にする日が減っていきました。

で、カラオケです。これもふとしたきっかけなのですが、毎週必ず何曲か歌わなければならない状況になってしまい、「いや、わたし音痴ですから」って逃げることも許されず、仕方なく歌ってみると、「うん? 楽しいかも」って。

当然、うまく歌えてるってことではないんだけど、「もっとうまく歌えたら楽しいだろうなあ」とか、「これまで歌わないから歌えなかったってだけかも」とか、「音痴ってわけではなく練習すれば、もしかしたら少しはうまく歌えるようになるかも」なんてことを思いました。

これまで、飲み会の二次会とかでカラオケって流れになると、出来るだけ避けて通って来ました。カラオケには、苦手っていう意識しかなかったんです。

出来る? 出来ない? どうせ思い込むなら・・・

思ったのは「思い込み」ということ。「思い込み」については、ここを始めに色んなところで触れてきましたが、人生にとって良くも悪くも重要なポイントです。

人間って、「出来る」って思うことしかチャレンジしないんです。心の底から本気で「それは自分には出来ない」って思っていることにチャレンジする人は、まあいないのではないでしょうか(逆に言うと、「やろうか、やるまいか?」って迷っていることは、自分には出来るって思っていることなんです)。

でも、「出来ない」って思うのが思い込みなら、「出来る」って思うのも思い込みです。

どちらも同じ「思い込み」だけど、「出来ない」って思い込んでいたら、そこで思考停止です。そこから先に進むことはありません。

反対に「出来る」って思いこんでいることは、その後に“行動”がついてきます。この差は大きいですよね。「出来る」って思ってやってみたら、やっぱり出来た。私は正しかった、と。

でも、「出来ない」って思っていることには、その後に“やってみる”というアクションがないので、それが本当に出来ないことなのか、もしかしたら出来ることなのかは永久に分かりません。

ほんの少しの考え方の変化が、人生に大きな変化をもたらすかも

私のカラオケもそう。これまで苦手、出来ない、苦痛って思っていたから避けて通って来ました。でも、「やってみないと分からない」んです。実際、(無理やりだけど)やってみたら「面白そう、練習すれば私にもできるかも」に変わったわけです。

現実的に、うまく歌えるようになるかどうかは分かりません。でも、少なくともやってみることを「楽しそう」って思っている自分はいます。

「人生の違いは、考え方の違い」なんです。ほんの少し、考え方(思い込み)を変えるだけで、あなたの人生は大きく変わるかもしれません。

ふとしたきっかけで始めたカラオケ。それをきっかけに、今度は30年近くも離れていたギターに、もう一度挑戦してみようかと思っている自分。それもワクワクしながら。

ギターを再開することで、また新しい出会いや、新しい世界が広がるような予感もしています。

「やってみなけりゃ分からない」。これも私の「生活の中心」に、是非とも加えたいと思います。



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