モチベーション? 始めるための原動力? 続けるための動力?

昨日、春の嵐が通り過ぎて行きました。今日はもう、本当に雲ひとつない澄み切った青空。

この時期、晴れていてもこの場所から富士山が見える機会はそれほど多くはありませんが、今日はスッキリくっきりと青空を背景に雪をかぶった富士山が。

嵐の後4

鶴見川沿いにある新横浜公園は池になっていました。ネットで写真を見かけて「ふーん」なんて思っていたら、結構すごいことに。

嵐の後2

真下を覗くと、公園の中を魚が泳いでいます。なかなか見れない光景かも。

嵐の後3

モチベーションって何だろ? って、今日ランニングしながら考えていました。

約10日振りのランニングなんです。このところ天気が悪かったりというのもありますが、なんとなく気持ちが乗らなくてサボっていた自分がいたのも事実です。

よし、今年は走るぞ! って決めて、1月なんて201キロも走ったのに。2月も上旬の1週間で68キロ走って。その後、自転車で事故って、走れるようになるのをジリジリしながら約1ヵ月も我慢。

少しずつ走れるようになって、結構盛り返していた気でいたのに、このところ少しクールダウンというか意気消沈というか気分が乗らないというか。

嵐の後5

要因は色々とありそうなんだけど、一つには面白いオーディオブックが見つけられずにいるってのが大きいかも。

「オーディオブックの続きが聴きたい」というモチベーションが自分の中にあるのは分かっていました。これがあるから、寒くて一歩も外に出たくないような日でも、やっぱり走りに行ってこようって。

ところが最近、面白い本に出会ってないんです。そうなると、今日は晴れてないしとか、今日は風が強いしとか、今日は体調がいま一つだからなんて、言い訳の方が勝ってしまうんです。

もちろん、年間の目標設定とか、月間の達成状況とか、その他にもモチベーションはあるんです。

でも、なんて言えばいいんだろ? どうしようかと迷った “その瞬間” に、もう一押ししてくれる何か。もしかしたらそんなことが、何かを続けていく上で、結構大切なものなのかもしれません。

嵐の後1

モチベーションに関してもう一つ感じたのは、苦しい状況の向こうにある “何か” が、すぐに確認することができる明確な “何か” であることの重要性。

足が故障気味ということもあり、つい頑張ってしまわないように、このところずっとタイムは測らずに走っていました。言ってみれば、ジョギングに毛が生えた程度のペースで走っていたわけです。

今日は少しハードな練習をしようと力を入れて走っていたら、当然のことながら苦しくなります。苦しくなると走るペースを落としたくなります。

ペースを落とせば “楽になれる” って分かっていて、それでもペースを落とさずに走るのは、1キロを○○分で走りたいとか、このレースに勝ちたいとか、前を走る人から離されたくないといった目標とか目的があるからです。

タイムも測らず漫然と走っていたら、苦しさに負けてペースを落としてしまいました。なぜなら、そこで踏ん張る “理由” が無かったから。

嵐の後6

おまけでもう一つ。

年間目標があって、それを達成するための月間目標があるんだけど、月の初めってどうしてもスロースタート気味になってしまいます。

弾みがつかないって言えばいいのか、目標達成への気持ちが低いのが分かります。

それでも我慢して少しづつでも日々の行動を積み重ねていくと、そのやったことの “蓄積” が自分に勇気ややる気を喚起してくれるんです。

ここまでやってきたんだから、もっと頑張ってさらなる高みを目指そうって。

やっぱり、“動き出し” が一番力が必要だし、難しいってことですね。逆に言えば、動き出してしまえは、あとは慣性の法則にも助けられて、さらに弾みもついてくるわけです。



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