ケビン&ジャッキー・フライバーグ著 「人を動かす人の習慣」

ケビン&ジャッキー・フライバーグ著「人を動かす人の習慣」のご紹介。

「座右の銘」とまでは言いませんが、いつも心に留めている言葉があります。それは、

人生は選択だ!

ってこと。

ついつい忘れてしまいますが、私たちの人生は “選択” の積み重ねの上に成り立っています。

今日はどの靴下を履いて学校に行こうか、誰と友達になるのか、どの学校、どの会社に入るのかといった分かり易いものから、機嫌がいいとか悪いとか、怒っている、悲しんでいるといった感情さえも自分の選択した結果なんです。

その意味では、あなたを取り巻いているあらゆる状況は、あなたの選択の積み重ねの結果として、今、あなたの目の前にあるのです。

それが、あなたにとって好ましいものであれ、好ましくないものであれ、誰のせいでもなく、それは全てあなたの責任なんです。

選択の積み重ねの結果が習慣となって

人を動かす人の習慣本書の原題は、「7 Choices for Blowing the Doors Off Business-as-usual」というものです。「7 Choices」とは、7つの “選択” ということです。

「7」繋がりで引用すると、「7つの習慣」の “習慣” とは、選択の積み重ねの結果として習慣になることを指し示しています。

その「7つの習慣」の中に、「主体性のモデル」というものがあります。

これは例えば、「知人から嫌な事を言われ」て、自動的に「ムッとして嫌な感情を持つ」のは「反応性のモデル」と言うものです。他人から嫌な事を言われて「ムッとする」なんて、ごく自然な感情ですよね(人間ができてない?)。

対して「主体性のモデル」では、言われたことに対して(自動的に反応せずに)一旦 “スペース” を設け、そこで「気にしない」という感情を “選択” するというものです。

繰り返しますが、普通に生きていれば、反応的になるのが自然なんです。

それを自分の意志で反応的にならないと “選択” し、その選択を続けることで “習慣” となり、やがてそれがあなたの “性質” の一つとなっていきます。

少し回りくどい言い方になりましたが、「人を動かす人の習慣」とは、「人を動かす人」が取るであろう「7 Choices」をあなたも繰り返し繰り返し行うことで、習慣にしようよということなんでしょう。

あなたは人生というゲームの中で、傍観者でいる? or プレイヤーになる?

「7 Choices」の中の一つに「傍観者でいる or プレイヤーになる」という選択があります。

人生というゲームのフィールドにおいて、私たちは全員がプレイヤーとして参加し、ゲームに勝利しようと積極的に打ち込むことを求められています。

その人生というゲームの中で、「傍観者でいるか、プレイヤーになるか」というのは、どういう選択なのか分かり易いですよね。

敢えて言えば、「プレイヤーになる」とは、人生の様々な場面において “積極的な選択” をするということです。もっとシンプルに言えば、「関わる」ということだと思います。

一方、「傍観者でいる」とは、「結果」に甘んじるということなのかもしれません。現状に耐えて受動的に生きる、ものごとをそのまま受容すること。流される生き方かな?

松本守正さんは、ワークショップの中で「生き方には3通りある」と言いました。それは、逃げるか、守るか、攻めるかの3通りです。

逃げる生き方は間違いなく “傍観者” の立場でしょう。守る生き方は、これもどちらかと言えば“傍観者” の立場に近いのではないでしょうか。

「プレイヤーになる」とは、攻める生き方なんです。

出来ることは、配られたカードでどのようにプレイするかという “選択” だけ

繰り返しになりますが、今、あなたを取り巻く環境は、あなた自身のこれまでの選択の積み重ねとして、あなた自身が生み出したものです。

その環境は、もしかしたら好ましいものではないかもしれません。でも、それは過去の話。未来は、あなたの選択によっていくらでも変わっていくのです。

今、あなたに与えられている悪しき環境の被害者となって生きるのか、あるいは与えられた環境の中でプレイヤーとして生きていくのか、という選択です。

極端な言い方かもしれませんが、ガンになるのもあなたの選択の結果なんだと思います。生活習慣病と言われるくらいなので、やはりあなたの生活習慣がその病を引き起こしたと言ってもあながち間違ってはいないでしょう。

この手の話をする時、必ず思いだすのはランディ・パウシュ教授の「最後の授業」という本です。

カーネギーメロン大学のランディ・パウシュ教授は、医師からすい臓癌で余命3か月から半年との宣告を受けます。

その配られたカードが嫌だからといって、それを変えることはできません。変えられるのは、そのカードでどのようにプレイするかだけなのです。

自分を哀れんだからと言って生きていられる期間が延びるわけではなく、どんな感情を持って生きようと、死ぬ時期は必ずやって来る。それなら、残された時間を家族と一緒にいつくしみ、残された人生を楽しもうという“選択”をパウシュ教授はします。

両親がどうだから、家が貧乏だから、妻がこうだから、夫がああだから、上司が無能だから、学歴が無いから、天気が悪いから、髪の毛が薄いから、年を取ったから、男だから、女だから・・・・・。

それがあなたに配られたカードなんです。配られたカードが悪いから人生という名のゲームから降りて “傍観者” でいるんですか?

そのカードでどうプレイしていくかは、他の誰でもなく、いつもあなたの責任です。

そう、やっぱり「人生は選択」なんです。


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