ランディ・パウシュ著 「最後の授業」

少し前の本ですが、生前、カーネギーメロン大学の教授であったランディ・パウシュ著の「最後の授業」という本を紹介したいと思います。

最後の授業「感情は人生そのもの」という話をしました。「あなたの欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば嬉しいとか楽しいと言った、自分にとって好ましい感情なのだ」ということです。

でも、自分の身に起こる出来事は選択できません。中には否定的な感情を引き起こすであろう出来事も、生きていく中では決して少なくない(いや、山ほどある?)と思います。

パウシュ教授は、人の人生において起こる中でも、最も否定的な感情を引き起こすであろう出来事に出会います。

医師からすい臓癌で余命3か月から半年との宣告を受けてしまったのです。

人生を楽しむという選択をする

彼は、この癌宣告から一ヵ月後に、母校で文字通り「最後の授業」を行うのですが、そこに集まってくれた聴衆を前にして、自分の肝臓の巨大なCTスキャン画像をスクリーンに映し出します。

そして、赤い矢印で腫瘍を一つひとつ指しながら、こんな話をします。

「ご覧のとおりです。これを変えることはできません。あとはどのように反応するか、決めるだけです」

配られたカードを変えることはできません。変えられるのは、そのカードでどのようにプレーするかだけなのです。

これが感情に支配されずに、感情をコントロールするという記事の中で書いた、「選択」ということですね。それも究極の選択でしょう。

本書の冒頭に書いてありました。

自分をかわそうだと思うのは簡単だが、それでは妻と子供たちにとっても、僕にとっても、何もいいことはない。

自分を哀れんだからと言って生きていられる期間が延びるわけではないんです。どんな感情を持って生きようと、死ぬ時期は必ずやってきます。

それなら、残された時間を家族と一緒にいつくしみ、残された人生を「楽しもう」という選択をしたのです。

僕は「楽しまない」方法を知らない。僕は死にかけていて、僕は楽しんでいる。残された毎日を楽しんで過ごすつもりだ。それ以外に人生を生きる方法はないから。

暖かくて爽快な早春の晩。カーネギーメロン大学の副学長は車で自宅への帰り道、コンバーチブルを運転する一人の男性を目撃します。

その男性は屋根をはずし、窓を全開にして、片腕を運転席のドアの外にかけ、ラジオの音楽に合わせて指でリズムをとっていました。そして、わずかに微笑みながら頭も一緒に揺れて、髪も風に揺れていました。

彼女(副学長)は思いました。「今日この日を、この瞬間を楽しいでいる手本のような人だわ」と。

やがてコンバーチブルは角を曲がり、男性の顔がしっかり見えました。「うそでしょ、ランディ・パウシュじゃないの!」

彼女は癌の状況が厳しいことを知っていたのです。

人生をどう生きるか

パウシュ教授は、「僕の人生を定義するものは夢と目標であり、そのほぼすべてを実現してきた道のりである」って言っています。

僕が愛するもののすべては、子供のころからの夢と目標に根ざしている。

でも、夢や目標を実現する道のりには、「障害」がつきものです。障害だらけですよね。

本書では障害の象徴として何度もレンガ壁が出てきます。

レンガの壁がそこにあるのには、理由がある。
僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。
その壁の向こうにある「何か」を
自分がどれほど真剣に望んでいるか、
証明するチャンスを与えてるのだ。

壁の手前で、「いや、そこまでして欲しくないけどね」って言い訳を言いながら、何度も引き返してきた自分がいますよね。

パウシュ教授の「最後の授業」は、夢と目標の話です。でも、彼は夢をどのように実現させるかという話をしたのではないと言います。

人生をどのように生きるかという話をしたのです。

どんな夢や目標を持っているか、あるいはそれをどうやって実現していくかは大事ではないということです。大事なのは、「人生をどのように生きるか」。

人生を正しく生きれば、結果は後から付いてくるということなのでしょう。

正しくとは?

なにが無くても、「人生を楽しむ」ということですね。

高橋歩さんも言っています。

夢があろうとなかろうと、楽しく生きてる奴が最強

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