アレクサンダー・ロックハート著 「自分を磨く方法」

アレクサンダー・ロックハート著 「自分を磨く方法」のご紹介。

行動を起こさない95%の人たち

世の中には、大きく分けて四種類の人聞がいるとのこと。

自分を磨く方法
1.「それはムリだ」と考えるタイプ
チャンスが目の前にあるのに、「できない理由」を考えて行動を起こそうとしない人たち。

2.「すればよかった」と考えるタイプ
ここぞという時に行動を起こさず、後になって「こうすればよかった」と悔やむ人たち。

3.「そのうちする」と考えるタイプ
チャンスを生かす方法を研究し、「いつの日か、チャンスがあれば」って考えるけど、結局、何もしない人たち。

4.「してよかった」と考えるタイプ
言い訳を考えるヒマがあるくらいなら、すべきことをし、次から次へと業績をあげる人たち。

このブログでも紹介しているように、私自身、色んな本を読んだり、セミナーに参加したり、様々な事を考えたりしているのに、相変わらず1~3のどこかでウロウロしている事が多いようです。

1~3にいる人たちを一言でまとめると、「行動しない人たち」と言ってもいいのではないでしょうか。そして、残念ながら全体の95%くらいの人たちが、この1~3に分類されそうな気がします。

「行動を起こす」ことは、なぜこんなにも大変なんでしょうかねえ?

色んな原因や理由がありそうです。「別に無理してそんなことしたくないし」って言う人もいるでしょう。言葉には出さないけど、失敗するのが怖い人もたくさんいそうです。

多分、すべての人が「一生懸命生きたい!」って思ってる筈

どんな人であっても、その心の奥底を覗いて見れば、そこには「やりたい」とか、「なりたい」とか、「生きたい」といった気持ちが絶対にある筈なんです。

多くの人が「スラムダンク」の桜木花道を応援するのも、オリンピックで活躍する日本選手に気持ちを込めるのも、彼らに自分自信を投影してるからです。自分にはできないから、それを代表してやってくれている彼らに気持ちを託しているんです。

それは即ち、わたしも頑張りたい、一生懸命生きたい、努力してみたい、何かを達成したい、称賛されてみたい、何者かになりたい・・・・・そんな思いが誰の心の中にもあるってことです。

でも、一生懸命やっても失敗したらどうしようとか、「あんなに努力しても無駄なのに」って、人から笑われるのが怖いとかといった “心の壁” が、あなたを押し止めるのです。行動することから。

そして、この行動しない人たち(自分自信)を守っているのが “言い訳” というものです。

心の底にある「やりたい」という思いと、やって失敗したら「怖い」という思いとの間に生み出されるのが “言い訳” です。それは、自分自身に対する “言い訳” であり、自分の気持ちを守るものです。

言い訳をして、自分を安全な場所に置いている限り、私たちは何かを成し遂げることはありません。

だって、言い訳を捨てたら、そこにあるのは裸の自分自身なんですから。言い訳という鎧を着て、自分を守っていたいですよね。鎧を脱いで無防備な状態には成りたくないというのは本能でしょう。

「攻める生き方」とは、“言い訳” を捨てるってことだったんだな

生き方には3通りあります。逃げる生き方、守る生き方、そして攻める生き方です。言い訳をして行動しないのは、逃げる生き方なのか、あるいは守る生き方なのかは状況次第でしょうが、少なくとも攻める生き方ではありませんよね。

全ての言い訳を捨てた時、あなたの目の前に現れるのは、険しく遠く、そして未踏の道でしょう。でも、それは陽のあたる道です。そこに足を踏み入れていくのが、攻める生き方です。

その道の先にしか、自分が求めるものがないと分かっていても、そこにたどり着けるのか不安です。

不安で自信が無い時、人は周りからの影響を受け易くなります。他人から「あなたには無理だ」って言われると、そうか自分には無理かもって思ってしまうんです。

本書の中に、フランスの心理療法士エミール・クエの言葉が紹介されています。

「できる」と確信するなら、その目標が現実的であるかぎり、どんなに困難なことであっても、人はそれをやり抜く。それに対し、「できない」と思うなら、どんなに簡単なことでも無理難題のように見えてくるから、人はそれをすることはできない。

これって、ヘンリー・フォードの有名な名言を噛み砕いて言ってる感じかな。

あなたが「できる」と思おうと「できない」と思おうとどちらも正しい。

自分で何かをできないやつは、人にも『お前はできない』と言う

昨夜、たまたまTVで「幸せのちから」という映画をやっていました。他の事をやりながら横目で見ていたのですが、とても印象に残るシーンがありました。

この映画、ウィル・スミスが息子と共演して、クリス・ガードナーという実在の人物を演じています。クリスは、医療機器の販売員をしていたのですが、売れなくて生活に困窮し、その生活に嫌気がさした妻には出て行かれ、更に住む場所さえも失くしてしまいます。

そんな状況の中で、息子のクリストファーとバスケットをして遊ぶシーンがあるのですが、そのクリストファーが楽しそうにバスケットをしながら父親に向ってこう言います。

「プロの選手になるんだ!」

それに対して、クリスはこう返します。

「どうだろうなあ、お前は。
パパの小さい頃と同じ程度だ。
パパはそんなに上手くなかった。
だからお前も、それほどたいした選手にはなれないと思うぞ。
他のことでは一流になれても、これはダメだ。
あんまりバスケットに熱中するんじゃないぞ。いいか」

息子は「わかった・・・」と言いながら、ふて腐れた表情でボールを投げ捨てます。息子の悲しそうな表情を見てクリスは言葉を続けます。

「おい、何かをやるのは無理だなんて誰にも言わせるな。
パパにもだ。
いいな?」

「わかった・・・」

「夢があるなら、その夢を守れ。
自分で何かをできないやつは、人にも『お前はできない』と言う。
欲しいものは自分でつかめ。
なんとしても」

自分の人生の責任なんて、自分以外に取りようがない

あなたが何をしようとも、一部の人々は(肉親でさえ)、あなたの努力を批判したがるものです。

残念ながら、他人の批判から影響を受けずにいることは、多くの人にとってかなり難しいことだと思います。破壊的な批判を聞くと、自信と自尊心が揺らぎ、自分には無理だと感じることもあるでしょう。

だから、批判を聞くときは、それがその人の個人的な見解にすぎないことをよくよく理解しておきましょう。単に見方の違い、考え方の違いに過ぎないのです。

そして、自分の人生には “自分で” 責任を持つのです。

父親から「プロにはなれないよ」って言われて、息子がプロになることを断念したとしたら、その責任を取ってくれるのは誰ですか? 父親?

もしも父親が「責任を取る」と言ったとしても、責任の取りようなんてありませんよね。結局は、(嫌でも)自分で責任を取るしかないんです。「父親に言われたから」なんて言い訳を言ったとしても、プロになれなかった(ならなかった)現実は変わりようがありません。

であるならば、最初から自分の判断で、自分の意志で、決めた方がよくありませんか。

それがましてや他人からの批判だとしたら、もう何をか言わんやでしょう。松本守正さんが言うように、外野席のおっさんから何かを言われたとしても、そんなの何の関係もないでしょ。

だって赤の他人なんだもの。あなたの人生に何の責任も取ってくれない人ですよ。そんなこと当たり前なのに、弱い私は、ついつい外野からの声に影響されちゃうんですよね。



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