33年なんて「一瞬」でしたね

いくつかの「奇跡」が重なり、大学卒業以来ずっと音信不通だった友人と再会しました。

33年後の同窓との再会

33年の月日が流れても、面影は残っているものなんですね。駅で待ち合わせて、顔を見た瞬間、お互いに相手を認識しました。なんか不思議な気がしますが。

同様に「気持ち」も、一瞬で34年の隔たりを飛び越しました。

居酒屋で向かい合わせで座ったときから、昨日別れた友人かのように、何のこだわりもぎこちなさも感じること無く、二人でお互いの33年間の「人生」を語り合っていました。

以前、母校(高校)の話の中で、「いつでも帰っていける場所」のようなことを書きましたが、母校と同じように「同窓」も不思議な力を持っているのかもしれません。

人生の一時期、同じ時間を共有した、同じ時代を生きた、もう少し格好よく言えば同じ夢を見た、そんな共通の思いが、知らないうちに同窓を特別な存在にしているでしょうか。

31年後の母校との再会

大学時代の4年間、千葉県の野田市と言うところに下宿をしていました。大学を離れてから、度々、大学近辺の田園風景(本当に何も無いところだったんです)を懐かしく思い出し、一度でいいから再訪してみたいなあと思っていたんです。

その夢を実現したのは1年半くらい前のことです。

理科大野田

ここで「輪行」のことを書きましたが、フォールディングバイクを買って一番最初に(今のところ最初で最後の)輪行に行ったのは、ここだったのです。

早朝、自転車で最寄りの駅まで行き、そこで自転車を折り畳み、京浜東北線、常磐線と乗り継いで8時前に柏駅に到着しました。

そこで再び自転車を組み立て、懐かしの東武野田線沿いに自転車でたどりました。

途中、新しい駅ができていて、ビックリ。流山おおたかの森駅です。

おおたかの森駅

新しいだけに近代的な駅なんですが、個人的な感想としては、野田線にはちょっと「似合わないかも」って気がしました。

そして、野田線は今も野田線のまま、懐かしいままでした。

野田線

大学時代、都会の柏から大学最寄り駅の運河駅まで、一部単線区間があったと思っていたのですが、私が大学を卒業する直前の冬に複線になっていたのを、先程知りました。

当時、たくさんの友人が住んでいた(33年ぶりに再会した友人も)大学から一つ手前の江戸川台駅。

江戸川台駅

そして、懐かしの運河駅です。駅名からして雰囲気がありますよね。どこの田舎よって感じでしょうか。

運河駅

江戸川台駅も運河駅も、少しは風景が変わっているようにも思いますが、基本的に「何も無い」駅前なのは当時のままです。前出の「流山おおたかの森駅」と比べてみると、時間が止まっていたの? みたいな驚きが。

そして、当時下宿していたアパートを探したのですが、結局見つけることはできませんでした。当時でさえ古いアパートでしたので、それから30年、周りも含めて何もかもが変わってしまっていても、多分何の不思議もないのでしょう。

でも、4年間もいたのに、「この辺り」という感覚さえも見つからず、少なからず寂しい思いをして帰ってきた記憶があります。

それにしても、この日、快晴だった記憶があります。それなのに、このダメダメな写真の数々。お恥ずかしい限りです。

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