羽海野チカ 著「3月のライオン」 -- その2

前回に続いて、羽海野チカさんの「3月のライオン」から名シーンを紹介する第2回目。

3月のライオン2

そもそも、このマンガを紹介しようと思ったきっかけは、イモトアヤコさんのマナスル登頂成功のTV番組をみて、その中で「そこに行かないと見えない景色がある」といったことからでした。

嵐の中に身を投じる覚悟はあるのか?

れい君は、棋士たちから神にも悪魔にもたとえられる宗谷名人に、いつの日か訊ねてみたいと思っている事があります。

それは、宗谷名人の目に映ってきた景色、嵐の向こうにあるものについて。

そんなれい君の先輩棋士島田八段が、宗谷名人への挑戦権を賭けて三番勝負に挑みます。その終了後、疲労困憊している島田八段の姿を見て気付きます。

僕は・・・
こんな身を投げるように
「勝ち」を取りに行った事があるだろうか

そうだ・・・
島田さんの居る場所は
遥か遠い場所

無傷では決して
辿り着けるわけもない世界

そして思うんです。宗谷名人に「嵐の向こうにあるものを訊ねてみたい」と思ったけど、

それが どんなに
覚悟の無い
問いであったか

と。そして、

自分がまだ
嵐の中に
入ってさえもなかった事も・・・

そう、嵐の向こうにある景色を見るためには、少なくともその嵐の中に身を投げる覚悟が必要だって事ですよね。その “覚悟” 無くして、その問いに何の意味があるのかと。

前回の続きで言えば、自分はまだまだ “傍観者” だったのではないかと自己反省する訳です。

なるほど、リミッターの効いた努力ね・・・・・俺のこと?

でも一方で、新人王戦の決勝戦で戦った山崎五段にはこんな事を言わせています。

彼らは何度手ぶらで戻っても
ますます対策を練って
再トライをくり返す

苦痛などおかまいなしに

その身を投げて何度でも

「彼ら」とは、れい君と、彼の(自称)ライバル二階堂五段のこと。

まっ暗な水底にしかない「答え」を求めて深く潜る事は恐怖なんです。山崎五段は、「またどうせ見つからないかもしれない」という思いが勝った時から、リミッターの効いた努力しか出来なくなってしまっています。「答え」が欲しいという思いより、恐怖の方が勝ってるんです。

そんな山崎五段は、彼らの姿を見て、胸が張り裂けるように思います。

こいつらのいる世界に
もう一度
戻りたいって・・・・・

私のしたことは、ぜったい間違ってなんかない!

ひなちゃんが学校でいじめにあうエピソードはとても印象的でした。

いじめにあっていた友達をかばったことから、今度は自分がいじめのターゲットになってしまったひなちゃん。

そんなひなちゃんが涙を流しながら言うんです。「本当は、ひとりぼっちになるのがずっと恐かった」って。でもっっ、でもっっ、

後悔なんて
しないっっ
しちゃダメだっ


だって
私のした事は
ぜったい

まちがってなんか
ない!!

どんなに恐くても、こんなに力強く言える人に私もなりたいです。

そんなひなちゃんに、おじいちゃんが応えます。

すげぇ勇気だ!!

大人にだって
めったに出来る
事じゃねぇ!!

お前はすごい!!

お前は
何ひとつ
間違っちゃいねぇ!!

胸をはれ!!

こんな大人が側にいてくれたら、きっといろんな子の人生が変わってくんだろうなって。

自分の心の取り扱い方

最後にもう一つだけ。

ずーっと高校生活に馴染めなかったれい君が、初めて自分の居場所を見つけたのが放課後将棋科学部というクラブ。でもそのクラブも、3年生が卒業すると共になくなってしまいます。

また一人ぼっちになってしまいそうなれい君を心配する林田先生に、その3年生の一人、野口英作君(外見は野口英世にそっくり?)が言う言葉、これがしびれるんです。

「得たり」「失ったり」は
全ての人間に
避けようもなく
訪れるもの・・・

喜んだり
がっかりをくり返し

人は自分の心の
取り扱い方を
学んでゆくのです・・・

失望も
淋しさも
人間には
必要な感情です

勇気を出して
新しい世界に
手を伸ばすのは

「淋しさ」ゆえのこと・・・・・

そうやって人は・・・

自分の小さな世界を

赤子のように
手を伸ばして
広げてゆくのでは
ないでしょうか・・・・・

少し長いセリフですが、「うーん」って唸ってしまいました。



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