横浜から伊豆熱川に自転車で向かう -- 下田で幕末の歴史に

横浜から熱川へと自転車で向かった旅でしたが、翌日は予報通り朝から雨。

雨の保養所

このまま現地解散では勿体ないので、みんなで伊豆急行線で下田に向かうことに。雨の中を片瀬白田駅に向けて歩きますが、輪行バッグに入れた自転車が肩にずっしりと食い込みます。

片瀬白田駅から下田まで電車で約25分。

片瀬白田

育った地元の横須賀市久里浜にもペリー上陸記念碑があります

天気さえ良ければ、自転車で下田の町を是非とも走り回ってみたかったのですが、そうもいかず、重い自転車を担いで傘をさしながら町を散策。

下田で貰った観光マップには、「吉田松陰拘禁の跡」なんてのがあります。下田は、吉田松陰が異国を見聞しようとペリー艦隊への密航を試みた場所であり、数多くの吉田松陰に関する史跡が点在しているそうです。

吉田松陰と下田に関わりがあったとは、この日まで知りませんでした。下田は、日米和親条約の締結に伴い、函館とともに日本で最初に開港となった港町なんてことも初めて知りました。

吉田松陰のペリー艦隊への密航に関して、ペリー提督の文書が残されているそうです。そこには、

「日本の厳重な法律を破り、知識を得るために命を賭けた二人の教養ある日本人の烈しい知識欲を示すもので、興味深いことである。日本人の志向がこのようなものであるとすれば、この興味ある国の前途は何と実のあるものであるか、その前途は何と有望であることか。

(中略)当局が寛大であり、二人の首をはねるというような極刑を与えないことを望む。なぜなら、それは過激にして残忍な日本の法律によれば大きな罪であっても、我々にとってはただ自由にして大いに讃えるべき好奇心の発露にすぎないように見えるからである」

そう言えば、ペリー艦隊上陸の碑があることだけは知っていました。私の育った横須賀市久里浜にも同じくペリー艦隊上陸の碑があるので、なんとなくライバル視していたんですね。

下田マップ
天気が悪かったのが返す返すも悔やまれるなあ。いろいろと回ってみたかった。

宝福寺で唐人お吉と坂本龍馬のことを知り

今回の下田に来た目的はキンメダイのお刺身を食べる事なので、雨ということもあり特に観光周りもせず、行ったのは宝福寺だけ。このお寺には「唐人お吉記念館」があり、「唐人お吉のお墓と龍馬飛翔の寺」として有名なようです。

入館料400円を払って中に入ると、お吉さんのお墓や、お吉さんや龍馬にまつわる様々な資料を見ることができます。名前しか知らなかったお吉さんの悲しい物語をここで初めて知りました。

正面の立派なお墓は水谷八重子さんの寄贈によるもので、その右隣にある粗末なお墓が本来のお吉さんのお墓とのことです。

お吉さんのお墓

唐人お吉とタウンゼント・ハリスの写真が飾られていました。19歳のお吉さん、なるほど美人です。これなら悲劇の主人公になってしまうのも分かりますね。

唐人お吉の写真

そして、坂本龍馬が下田に縁があるとは、これまた知りませんでした。お吉さんと龍馬と、2人の名前が並んでいますが、この2人の間に何らかの関わりがあったということではありません。

宝福寺に投宿していた土佐藩主山内容堂が、この寺で勝海舟と会談した際、海舟は容堂に龍馬の土佐藩脱藩の罪を解き、その身を自分に預けてほしいと懇願したのです。

この海舟の尽力によって脱藩を許された龍馬が、その後の飛翔のきっかけとなったのが宝福寺であるということです。赦免の証として海舟に手渡された容堂の白扇も展示されていました。

容堂の白扇

キンメダイを美味しく頂いて

さて、目的のキンメダイのお刺身を食べさせてくれるお店に到着。同行の先生の馴染みのお店とのことで、新鮮なキンメダイのお刺身を姿作りで食べることができます。

キンメダイお刺身
下田港はキンメダイの水揚げ量日本一とは、後日知ったことでした。

キンメダイで昼食も食べ終わり、あとは帰るだけ。他の皆さんは下田から特急で東京方面を目指すとのこと。私は(できれば熱海から)自転車で帰りたいけど、この時間では夜にかかってしまいます。

なので、南箱根の別荘で1泊し、明日の朝に帰ろうかと。ということで、私だけ熱海経由で函南駅へと向かいますが、その話は更に次回に続きます。


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