山本周五郎 著「雨あがる」 -- あなたの至福の時は

ビッグコミックオリジナルに連載されている「釣りバカ日誌」というマンガがありますが、もう10年単位で遥か昔に読んだ1シーンがなぜか強く印象に残っています。

その前後の話の流れは忘れてしまいましたが、主人公のハマちゃんが会社から帰ってきて、ひと風呂浴び、茶の間でビールを飲んでるシーンです。

その時、ハマちゃんはこんなことを言います(正確ではありませんが)。

「その日にどんなに辛いことがあっても、この一杯があれば頑張れる」

ハマちゃんに「辛い」とか「頑張る」という言葉は似合わないので、多分違う表現だったのでしょうが、意味合い的にはこんな感じだったと思います。

まあ、「至福の時」とでも言いましょうか、その時のためだけでも頑張ることが出来るような時間や出来事。その時のことを思って、今現在の辛さや苦しさを我慢する。

「この一杯があれば」という思いは本当によく分かるです。

「泥棒がいるんだよここには、泥棒が」

今日は、久しぶりに山本周五郎の著作を紹介。新潮社版の「おたふく物語」(←これも大好きな小説なので、また別の機会に)の中から「雨あがる」。

おたふく物語黒澤明監督がこの短編をもとに書いた遺稿を、黒澤組のスタッフたちが2000年に映画化しているので、あらすじを知っている人も多いのではないでしょうか(最近も映画化されたのかな?)。

剣の達人なのに、人を押しのけることができない人の好さが災いして、浪人生活の三沢伊兵衛は、妻たよと共に仕官の口を探して旅を続けている。

長い大雨で川止めにあった二人は、とある安宿に長逗留することになる。

その安宿には行商人や農民、飯盛女など、同じように雨が上がるのを鬱々として待つ貧しい人々がいた。

伊兵衛はある朝、女のわめき声で目が覚める。

「泥棒がいるんだよここには、泥棒が」女のあけすけなわめき声は高くなった、「人の炊きかけの飯を盗みやがった、ちょっと洗い物をしてい来る間にさ、あたしゃちゃんと鍋に印を付けといたんだ」

街道筋の町はずれのこういう安宿では、こんな騒ぎがよく起こる。客の多くはごく貧しい人たちで、少し長く降りこめられでもすると、食うものにさえ事欠き、つい他人の物に手を出す、という者も稀ではなかった。

それでも、人のいい伊兵衛には耐えられなかった。わめいている女の心の痛み、そして泥棒呼ばわりされている老人の辛さを思って。

そんな彼らの鬱々とした気持ち、ピリピリした心を和ませようと、伊兵衛はある手段で金を稼ぎ出し、その金で酒や食べ物を彼らに振る舞うことにする。

「三年に一遍でもいい、こういう楽しみがあるとわかっていたら」

この金儲けの “ある手段” が話の展開に大きく関わってくるのですが、その話の本筋よりも、私的には印象に残っている一節があります。

伊兵衛が米や野菜や酒を買って宿に帰ってくると、みな驚き、喜び、そしてはしゃぎながら宿中で宴の準備を始める。

準備が整い、そして酒宴が始まると、久しく飢えていたところで、みんなたちまちに酔い、ぼろ三味線が持ち出され、唄が始まり、踊りだす者も出てきた。

そんながやがや騒ぎの中、鏡研ぎの武平という男がつくづくと云った言葉が伊兵衛の心に突き刺さる。

「こんな事が年に一遍、いや三年に一遍でもいい、こういう楽しみがあるとわかっていたら、たいてえな苦労はがまんしていけるんだがなあ」

この言葉は、私の心にも突き刺さりました。市井の人々の哀しさや優しさを知り抜いた山本周五郎だからこそ書ける言葉なんだと。

ハマちゃんの言葉と、鏡研ぎの武平の言葉との間には大きな隔たりがあるような気がする一方で、気持ち的には同じことなのかもって気もします。

この一節

えーっと、書きながらどこに向かって書いているのか分からなくなってきました。

なんか本の紹介になっていないような気もするし、なんとなく脈絡が無く何を言いたいのか分からない文章になってしまった感もありますが、印象深く心の中に残っている「この一節」にいつか触れてみたかったんです。

山本周五郎の短編を読んでいると、「ああ、この一節を書きたいために、この小説を書いたんだな」って思うような一節に出会うことがよくあります。

これまで紹介してきた「かあちゃん」にも、「四日のあやめ」にも、「松風の門」にも、そんな一節がありました。

今回の「雨あがる」では、上で紹介した一節は全体の話の流れにはほとんど関係していないのかもしれませんが、私的には「これでしょ!」って思っています。

常に庶民と寄り添った山本周五郎の思いが、端的に、そして率直に表れている言葉だと思います。

あなたが「今この時を頑張れる」と思えるような、楽しみや待望の一日とはどのようなものですか?


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