国語の先生が、私の詩の朗読に涙して→5年後に驚愕の真実が

今回は、もうずいぶん昔に体験した本当に驚くような脳の不思議な働きを導入に(なるのかは疑問だけど)書き綴ってみたいと思います。

中学の国語の先生が、私の詩の朗読に涙して

それは、中学校での国語の授業のことでした。国語の担当は、かなりお年を召された(当時は “おばあちゃん” って印象でしたが、今考えてみれば50代だったんでしょうね)女の先生でした。

前回の授業で、宿題が出されていました。自分の好きな詩を一つ選んできて下さいというものでした。それを、次の授業の時に朗読して貰いますからね、と。

そして、運の悪いことに私が当てられてしまったんです。取り敢えず、選ぶだけは選んできましたが、詩なんて全く興味も無く、知りもしませんでしたら、たまたま手元にあった詩集(誰のか忘れました)から、適当に一つの詩を選んだだけでした。

詩の朗読

先生から朗読するように指名された私は、仕方なく席を立ち、その選んできた詩を読み始めました。

先生は、教壇の左端に寄り、窓に寄りかかるようにして校庭を見ていました。季節的には春の終わりから初夏にかけての頃だったと思います。先生が外を見ていた窓は開いていました。

私は詩を(つっかえながら)朗読しつつ、先生の方に時折視線を向けていたのですが、詩の終盤に差し掛かった頃、その先生がフッと指先を目元に持っていったんです。

私は思いました。「おお、先生が私の詩の朗読を聴いて涙ぐんでる」って。

その先生、いわゆる怖い先生だったんです。単刀直入にものを言うような。なので、あまり好きな先生ではなかったのですが、この瞬間からこの先生のことを好きになったんです。

だって、私自身なんの思い入れも無く適当に選んだ詩を、涙ぐみながら聴いてくれたんですよ。そりゃー、いっぺんに好きになるでしょ!

体に衝撃が走りました

あれから(5年くらいかな)時が流れ、私は大学生になっていました。

あるとき、授業と授業の合間に、教壇横の窓に寄りかかるようにして校庭に目を向けていました。季節も、5年前のあの時と同じような頃だったと思います。

やはり同じく窓は開いていたのですが、その日はちょっと風の強い日だったんです。特に何も考えることなく外を見ながらボーっとしていた私の目に砂ホコリが入ったんです。

指先を目元に持っていく私。その瞬間、何の脈絡も無く、電撃のように閃きました。

そうか、あの国語の授業の時、あの先生は私の詩に感動して涙ぐんでいたんじゃなかったんだ。単に、外から入ってきたホコリが目に入っただけだったんだ、ってね。

そりゃそうだよな。なんの変哲もない詩の、私のたどたどしい朗読を聴いて涙ぐむ方がおかしいよなって。まあ、真実は分かりませんが、詩に感動してという可能性は0.1%くらいしかないでしょうね。

その事実よりも驚いたのは、脳の奇妙な働き方でした。だって、その瞬間まで、その先生のことなんて思い出したこともなかったんですよ。

いや、脳って本当に不思議だなって、いまだに強烈に印象に残っている体験です。

えーっと、導入から本題にどうやって繋げたらいいか、いま一つ言葉が出てきません。

まっ、いいか。

「欲しいもの」が見つかって、やっとスタート地点に立てたというところかな

では、本題。

「夢」とか「成功」については、これまで色々と “学んで” きました。いろんな本を読んだり、いろんなセミナーに通ったり。

なので、“知識” は人に教えられるくらいあります。それなのに、未だに「夢」も実現していないし、「成功」も手に入れてはいません。

そもそも、私が手に入れたい「夢」ってなんなのか、最近までもう一つ具体的になっていなかったという現実もあります。欲しいものが分からなければ、それに向けての行動なんて無理の二乗みたいなもんでしょ。

無理矢理、「あれが欲しい」とか「こんな風になりたい」って思い描いても、どうしても現実感が持てなかったんです。本当にそれが苦労をしてでも「欲しいもの」なのかと自問すると、「いや、苦労してまで手に入れたくはないな」って頭のどこかで考えている自分がいたんです。

“苦労” するくらいなら、現状に甘んじていた方がいいなって、流されていた自分がいました。

でも最近、見つけたんですよ。「欲しいもの」が。「なりたいもの」が。

少し前に記事にした「理想の一日」であるとか、「理想の私」は、その一端を言葉で表現したものです。その根幹には、また別のものがあるのですが、それに関してはいずれ改めて。

どうやって “なりたい” 自分に “なる” か?

そうだ! 「理想の私」の時にも書きましたが、「理想の一日」と「理想の私」とには順番があります。あくまで「理想の私」が先ということです。

「理想の私」になる(成長する)ことが、すなわち「理想の一日」を手に入れるための必要条件なんです。今のままの “私” では、決して「理想の一日」を手に入れることは出来ません。

では、どうやって成長していくか。

基本は “行動” なんですけどね。とにかく行動する。考える前に行動する。行動の圧倒的な “量” が、そしてそれに伴う様々な苦難が成長を後押ししてくれるはずです。

とは言っても、そんなに簡単に “行動” を起こすことが出来れば、こんなに苦労していませんよね。

なぜ “行動” を起こすことがこんなにも難しいのかというのは、これまでにも散々書いてきました(知識はあるのに、実行できない私・・・・・トホホ)。

例えば、「コンフォートゾーン」の話とか、レンガ壁の話とか、結構繰り返し書いています。

この「コンフォートゾーン」からどうやって一歩を踏み出すか、どうやって「レンガ壁」を乗り越えるかというのを今回の本題にする積りだったのですが、「導入」と、「前置き」が長くなってしまいましたので、「本題」は次回に持ち越しします。

「導入と前置きだけっ!? そんなの、ありかよー」って声が聞こえそうな気が・・・・・スンマセン。


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