自信の"正体"とは「前にも似た状況を乗り越えた」という "記憶"

「横浜駅伝」から中3日開けて、今日からランニングの練習再開です。

体を動かしていると明らかに脳が活性化されているよなって感覚をいつも持つのですが、今日も走りながら「我ながら、こいつはいいんじゃないっ!」ってことを発見してしまいました。

花の遊歩道

あの時出来たんだから、この程度なら問題無しでしょ、という自信

横浜駅伝の記事でも軽く触れましたが、ここ1~2年のランニングに対する体調はあまり芳しくない状態が続いていました。

ちょっと無理をすると足腰のどこかを痛めてしまい、そこから回復するのに結構な期間が必要でって感じで、練習するのにも恐る恐るという状況でした。

ちょっとでも違和感を感じると、走るのを止めて歩いてみたりと。まあ、これはこれで体にとって良いことなんだとは思いますが、なんかフラストレーションが溜まるんですよね。

そして横浜駅伝の当日。足の状態も不安だし、心拍的にもここ1年以上追い込んだ練習をしていないので、どこまでもつか分からず。それでも今日は「行けることまで行くしかない」って感じで。

結果はというと、まずまずだったんです。途中で特に足が痛くなることも無く、心臓の方も(徐々にペースは落ちていたとは思いますが)最後までもってくれました。

で、今日のランニングです。相変わらず、走りながらふくらはぎにピシッて痛みが走ったり、太ももの裏側に違和感を感じたりと、これまでとそう変わらない状態でした。

違ったのは、それらをあまり気にせずに走り続けることが出来たということ。

何が違ったのかと言えば、それは “自信” ですよね。

「横浜駅伝の時も同じように違和感を感じた場面もあったけれど、結局最後までシリアスに痛めることなく走りきることが出来た」という自信です。

あの時出来たんだから、今回も出来るだろうと。

自信とは、人から貰えるものではなく、自分で獲得するもの

よく言われることですが、“自信” って誰かがくれるモノではないんですよね。自分で勝ち取ることでしか決して手に入れることの出来ない大切なもの。それが “自信” というものです。

じゃあ、どうやって勝ち取るかと言えば、それは “やってみる” しかありません。出来るか出来ないか不安だけど、勇気を出してやってみたら出来た。

そして、「あの時出来た」という “記憶” が、「今回も出来る筈だ」という“自信” に繋がっていく。

もちろん、最初は小さな小さな、そして弱々しい自信でしょう。でも、これを繰り返すことで、そして積み重ねることで、その自信はやがて揺るぎないものへと成長していきます。

何事もそうですが、「勇気を持って最初の一歩を踏み出してみる」という “行動” (あるいはリスク)をとる人だけが、その先に待ち構えている「自分自身の人生」を謳歌することができるんです。

「やってみたこと」だけが自信へと昇華していく

今日伝えたかった(走りながら発見した)ことは、過去に “出来た” という記憶だけが、あなたの自信に昇華していくということ。

ということは、繰り返しになるけど「やったこと」しか自信にならないってこと。当たり前のことのように思えるけど、なんか自分自身で発見したというか、腑に落ちた感じなんです。

「人生は戦いの連続」なんて考え方は好きではないけれど、でもこの “戦い” を「自分との戦い」として捉えると、戦いの連続という考え方にも納得がいきます。

何らかの行動を起こそうとする時、特にそこに何らかのリスクがある時、人は自分の中にある “恐怖” と戦うんです。これをやったら人から何て言われるだろうかとか、こんなことを言ったら人からどう思われるだろうかって、いつもいつもついて回りますよね。

実際やってみたら、誰々さんからこんな事を言われた。でも、自分はやりたい事を、あるいはやるべきことをやったのだから、人の意見は気にならなかった。

あの時、人の意見を気にせず自分のやりたい事をやれた。だから、きっと今回も同じように出来る筈。

この繰り返し、そしてこの積み重ね。

攻める生き方って、実はほんの小さな行動の積み重ねに過ぎないんです

「自分との戦い」なんて事を書いていたら、このブログの中で何度も引用させて頂いている松本守正さんの言葉を思い出しました。

松本さん曰く、人生の生き方には三通りある、と。それは、逃げるか、守るか、攻めるかの三通り。人生の中で、自分との戦いにどう対処していくかということですね。

「逃げ」たら、これは言うまでもなく「人生、詰み」ってことでしょ。

「守る」とは、いいように解釈すれば「逃げ」も「攻め」もしないという選択。でも、攻めないってことは、「行動を起こさない」って選択でもあるわけで。

ということは、逃げたり守ったりしている内は、自信も手に入れることはできません。

過去にも同じようなことを書いていたんだなって思いますが、同じようなことを “自信” というなんかあやふやなものと結びつけて考えた時、また違う側面が見えてきたような気がするんです。

「攻める」って言うと大それたことのように感じますが、要は小さな最初の一歩を踏み出すか出さないかというほんの些細な違いなんだなって。

自分の中にある恐怖に、小さな勇気で立ち向かい、そして小さな行動を起こしてみる。最初から大きな勇気も、大きな行動も必要無いんです。

小さな勇気、小さな行動、小さな記憶、そして小さな自信を手に入れる。

これが “習慣” になった時、あなたの前には大きな大きな可能性が広がることでしょう。

この手のことを書くたびに、「本当にそうだよな!」って思い出すのは、この言葉。

止まっているものは、止まり続けようとする。
動いているものは、動き続けようとする。

結局、止まっている自分を動き出させる最初の行動が一番大変なんだってこと。

「松本守正さんのワークショップシリーズ全4回」、何度読み返しても良く書けているなって(いや、松本さんの言葉を紹介しているだけですが)思いますので、機会があったら是非一読を。


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