アンソニー・ロビンス -- 自分をどういう人間だと定義してますか

アンソニー・ロビンスのセミナーも最終日です。

昨日も触れましたが、朝から晩まで一日中、「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったり」していたので体は疲れていますが、心の方は高揚感でいっぱい。

会場の朝の風景

さて、この「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったり」することで、自分の中のエネルギーを高め、それによって自分を Peak State(最高の状態)に持っていくというのが前日の話でした。

大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったりするのは大きな抵抗があったな

ところで、会場を埋め尽くした6000人の参加者と一緒に、この「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったり」することに(心理的な)抵抗が無かったかと言えば嘘になります。

それどころか、セミナーの最初の頃は音楽が始まる度に「嫌だなー」って思っていました(踊り出してしまうと、エネルギーが高まっていくので、返って楽しくなるんですけどね)。

さて、今日は “ここ” のお話。私は、なんで「嫌だなー」って思ったのかという話です。

ベースにあるのは「恥ずかしい」という感情。これまで踊ったことなんて数えるくらいしかないし、リズム感も無いから上手く踊れないし、大声を出すのなんてとんでもない、って。

これは正直な気持ちで、本当の話なんですが、アンソニーの話の中に、「なるほど、そういうことなのか」というものを見つけました。

“ここ” の部分も、昨日の「エネルギーの高い状態」と深く関連しているのですが、その点も含めて私の中に深く残っています。

実は、このアンソニー・ロビンスの3日間のセミナーの記事、開催から約一ヶ月後に書いています。

自分の中で少し整理したいなって思いもあり、また、たくさんの受け取ったモノの中から、自分の中に強く残ったモノ、深く根付いたモノを紹介したいと思ったので、期間を置いたんです。

自分は「こういう人間だ」って定義付けてしまうと、自分でその定義を守るんです

ということで、今日は「アイデンティティー」(identity)という話なのですが、これも(一か月過ぎた今でも)強烈に私の中に残っているモノの一つです。

「アイデンティティ」とは、辞書によると、「自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性」とあります。分かったような分からないような気もしますが。

砕いて言うと、「自分とはどういう人か」ということです。もっと言うと、「自分とはどういう人間(性格とか人格とか)であると “自分自身” を定義づけているか」ということだと思います。

そして、この「アイデンティティ」こそが、人生に非常に大きな影響を与えているものなのです。

なにしろ、自分で自分のことを「自分とはこういう人間である」と定義づけている(決めつけている)ということは、自分にそういう「枠」を被せているってことですから。

この自分で決めた「枠」から、出ることができないんです。なぜなら、「自分とはこういう人間である」と決めつけて、それになんの疑いも持っていないから。

これでは、「枠」から出て来ようがありません。なるほど、辞書にある「自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること」とあるのが頷けますね。

これまで自分の定義の中に入れてこなかった人格や性格をプラスしてみる

最初の話に戻りますが、私が「大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったりする」ことに抵抗を感じた(嫌だなーって思った)のは、「自分は “そういうこと” をやる人間ではない」って定義していたから。

自分は「人前ではエネルギーを発散させるような人間ではない」とか、「物静かに落ち着いている人間である」とか、「恥ずかしがりやで人前には出たくない人間だ」って「枠」をはめてたんです。

これまでの長い人生の中で(知らない内に)自分の中に築き上げてきた人格(枠)なわけです。自分で意識して作ったわけではないから、そこに “良い” も “悪い” も無いんです。

“良い” も “悪い” も無いけど、間違いなく私たちの足枷にはなります。自分は、「人前で大声を出しながら跳んだり跳ねたり踊ったりする人間ではない」って思っていると、エネルギーを高めることもできませんしね。

ではどうすればいいかというと、このアイデンティティを「拡大」すればいいんです。新しく作るのではなく、「拡大」するんです。なぜなら、元々私たちの中にあるものだから。

人前で「私は元気バリバリの人間」という姿を見せないあなたの中にも、「元気いっぱいの自分」はいますよね。ただ、外に出さないだけで。なぜなら、それは私のアイデンティティではないから。

だったら、私のアイデンティティの枠を広げて、その中に「私は、いつも元気に溢れている人」って定義を入れてあげればいいんです。

新しいアイデンティティを体現するのは、ちょっと怖くて、でもワクワク

人が聞いていなかったら、カラオケで思いっきり声を張り上げて歌ってみたいって人は、多分想像以上にたくさんいるのではないでしょうか。

それが、人前でカラオケで歌うのが好き(得意)という人となると、これまた多分だけど激減しそうな気がします。

これは、「自分は、人前で上手くもないカラオケを歌えるような人ではない」ってアイデンティティを持っているからです。だから、歌ってみたくても実際に歌う機会はほとんど無いんです。

ね、これって人生においてもの凄く大事なことだと思いませんか。新しいアイデンティティを手に入れるということは、ある意味生まれ変わるって事です。

自分で自分に「枠」を嵌めている限り、あるいはその「枠」に気付いて取り除こうとしない限り、私たちの人生はこの「枠」の外へとは拡大していかないんです。

あなたは、自分をどういう人間だと決めつけていますか。それはあなたの人生をより良いものにするのに足枷になっていそうですか?

さて、どんなアイデンティティを自分に足してあげましょうか。


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