「まずい決断」をするのが怖くて・・・考えて、考えて、がんじがらめ

前回、アンソニーの言葉として、こんなことを紹介しました。

経験を積めば積むほど、成功の確率は高まる。
人より多くのまずい決断をした人ほど、
人より多くの成功を手にすることができる。

前回も同じことを書きましたが、これね、多分殆どの人が “頭では” 理解していると思うんですよ。

だって、日本には昔から「失敗は成功のもと」という有名なことわざがあるくらいだし(因みに、英語では Failure teaches success. だそうです)。

あるいは、元東北楽天イーグルス監督の野村克也さんのこの言葉も有名ですよね。

「『失敗』と書いて『成長』と読む」

またエジソンにもこんな言葉があります。

「今の成功は過去の失敗により出来たもの」

まあ、これらの言葉に限らず、似たような言い回しは色々とありそうですから、皆さんの頭の中にも少なからず “知識” としては入っているのではないでしょうか。

成功と失敗

“知識” として知ってるだけではなく “納得” もしてるよね! それでも怖い?

そしてここで大事なのは、“知識” として入ってるだけではなく、多分納得もしてると思うんです。「うん、そうだよな」って。

それにも関わらず “失敗” が怖くありませんか?

正直に言ってしまえば、今ここに書いていることは、すべて自分のことでもあるんです。私自身、「多くの失敗をした人ほど、多くの成功を手に入れることが出来る」って頭では十分に理解し、納得もしている積りです。まさに、「うん、その通り!」って。

それにも関わらず “失敗” が怖い。

以前、池松耕次さんの「問題=神様からのプレゼント」という言葉を紹介しました。これの意味するところは、「問題」とは人が成長するために必要不可欠なものだから、ということです。

なんで必要不可欠かというと、「問題」があって初めて人は “行動” を起こすから。そして “行動” に付きものなのは? そう、“失敗” ですよね。

「問題」があって、それに対して “行動” を起こしてみるけど “失敗” して。何がダメだったんだろ? 次はこうやってみよう。あー、今度はうまくいった。

これが成長であり、この先にあるのが成功という名の果実なわけです。

それなのに、「問題」が起きたら逃げ出したい私がここにいます。

なぜなのか? 答えは簡単ですよね。繰り返しになりますが、単に “頭では” 理解していても、自分の実体験として持っていないから、本当に根っこのところで「確信」が無いんです。

違う言い方をすると、自分の “感情” が理解してくれていないんです。

じゃあ、どうするかと言うと、これはもう「実際にやってみる」しかないんですけどね。自分で体験することによって体で覚える、あるいは感情で理解するしかない。

“失敗” を怖れる前段階の、「まずい決断」をするのが怖くて

ごめんなさい、なんか、堂々巡りみたいな話になっているかもしれませんが、前回同じようなことを書きながら、頭の中に閃いた考えを明確な言葉として残しておきたくて、いまこれを書いています。

アイデアが閃いて

頭の中に閃いたきっかけは、冒頭のアンソニーの言葉の中の「多くのまずい決断」という部分。

なるほど、失敗を怖れる気持ちは間違いなくあるのですが、ただ、「失敗せずに成功した人はいない」というのも真実であろうから、失敗すること自体は仕方がないよな、とも思っています。

ただ、出来れば “最小” の失敗で済ませたいという(セコイ)気持ちが強くあります。イヤな言い方をすると、出来るだけスマートにいきたい、ってこと。

なぜなら、(カッコ悪いのはイヤって思いも勿論あるけど)その方が近道のような気がするからです。失敗が少ないということは、試行錯誤の回数が少なくて済むということですから、ゴールまで早くたどり着けるんじゃないかと思う訳です。

失敗を最小にしたいということは、即ち「まずい決断」の数を出来るだけ減らすということです。そのためにどうするかと言うと、「考える」んですね。

あの方法はどうだろうか? こっちのやり方はどうだろうか? って、考えて考えて、そして行動に移せなくなるんです。

それが、アンソニーの冒頭の言葉を知って、「そうか『まずい決断』をたくさんしてもいいんだ」って、なんか吹っ切れたような気がしました。

そうか、たくさんの「まずい決断」も成功のために必要なことなんだ

「失敗」と「まずい決断」って同じように思えるかもしれませんが、私の中では違うことだったんです。言葉で表現してみると、「失敗」は “行動” の結果であって、その “行動” を起こす前の “考え” の中に、「ますい決断」が(あるいは、「良い決断」が)含まれているのだと。

何が言いたいかと言うと、「失敗」云々の前の「決断」のところで考え込んでしまっていて動けない状態になっていたんです。

それが、「たくさんの『まずい決断』も成功のために必要なことなんだ」って明確に言って貰って、気分が晴れたというか、気が楽になったというか。

でもね、考えてみると(また考えてるなー)「まずい決断」だったのか、あるいは「良い決断」だったのかは、その決断を実行に移してみて初めて分かるというシンプルな事実が。

でもね(って繰り返しますが)、それでも例えば人から教えてもらったり、本で読んだりして、最大限の準備をして、最善の手段を取りたいって思ってしまう私がいるんです。

でもね(って、三度目)、「そうか人から教えてもらったり、本を読んだりするだけじゃ、決して埋めることの出来ない大きなギャップがあるんだ!」ってことに気がついたんです。

どこで気がついたかという話が実は主題だったのですが、これはまた次回に。


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