「習うより慣れろ」って、やはりメチャクチャ凄い真理だったんだ!

前回、「人から教えてもらったり、本を読んだりするだけじゃ、決して埋めることの出来ない大きなギャップがある」というフレーズで終わりました。

これだけだと何の事を言っているのか分からないかもしれませんが、ある事を自分自身が体験して学んだことを、人に伝授してくれたとしても、伝え切れないことがたくさんあるってこと。

「百聞は一見に如かず」という言葉がありますが、百人の他の人の話を聞いても、他の人が書いた千冊の本を読んでも、自分自身のたった一度の体験に敵わない部分が確実にあるんです。

本を読んでも

いきなり、電子オルゴール製作の苦労話になりますが

話は変わりますが、少し前に電子オルゴールを作ってみたくて、メロディICなるものを購入し、回路を組んで鳴らしてみたりしました。

ところが、実際に音を出してみると(和音ではなくて)単音でチープな感じだし、演奏時間は短いし、曲の選択肢も数えるほどしか無いしと、私の目的的には全くダメな感じだったんです。

何か他にないのかって色々と探しまわった末に出会ったのが、「自分で電子オルゴールの楽曲を作る(プログラムする)」という手段でした。

マイコンを使って作るのですが、そこには大きな関門がありました。作った楽曲をマイコンに書き込むための装置(電子回路)が必要なんです。この書き込み装置自体も同じマイコンを使って作るのですが、それほど簡単な訳ではなく。

色々と情報を探している内に、指導してくれる人物にネット上で出会いました。この方(師匠と呼びましょう)とメールをやり取りしながら、回路やパーツのことを少しずつ学んでいったんです。

このやり取りの最初の頃、師匠からこんな提案がありました。

「手元に、書き込み装置を作り上げるためのプリント基板とパーツ一式が余分にあるので、これを譲ってあげましょうか。これがあれば、悩むことなく簡単に作ることが出来ますよ」

結構、魅力的な提案でした。私の目的は、電子回路を学ぶことではなく、電子オルゴールを作ることな訳ですから。ここで苦労する必要もないかなと。

でも、基本的に “作ること” が好きなんですよね。この際だから、電子回路やプログラムにも “作る” 範囲を広げてみたいなと。

自分で作るとなると、とことん自分で作ってみたいんです。回路図があって、必要なパーツリストがあるなら、一つずつ自分でパーツを探して、回路図に従って組み上げてみたかったんです。

コンデンサ一つとってみても、それがどんな働きをするのか分からず、積層コンデンサと電解コンデンサの違いも知らず、初めて聞くような名前のパーツも出てきたりと、要は右も左も分からない状態で苦労して作り上げたのがこれです。

ブレッドボード電子オルゴール

試行錯誤の繰り返しの中で、頭の中に少しずつ “地図” が出来てきて

上の写真は完成形な訳ですが、ここに至るまで違う組み方をしたり、組み上げたけど全然動いてくれなかったり、動き出しても何故か不安定だったり。

その度に、回路を端から端まで調べ直したり、ネットで情報を集めたり、最後は師匠にメールで問い合わせたりと、様々な試行錯誤の末の集大成なわけです。

ほんとにもう、何度も何度も回路図と照らし合わせながら、配線は合っているか、パーツは正しいのか、配置の向きは間違っていないのかと。

上の写真のプリント基板に当たる部分はブレッドボードという本当に便利なもので、抵抗やコンデンサといった電子パーツを差し込むだけで配線できるんです。

その便利さもあって、試行錯誤の中で回路を組んではバラして、バラしては組んでの繰り返し。

そんな事を繰り返している内に、頭の中に少しずつ “地図” が出来あがってきたんです。

最後の方は、そのパーツがなんでそこにあるのかも(何となくですが)分かってきたり、回路図も確認程度に見るくらいで回路を組み上げることが出来るようになりました。

少し話が戻りますが、師匠から「手元にある余分のプリント基板とパーツ一式を譲りましょうか・・・」の申し出に対して、私はこんな回答をしています。

「自分で色々と調べて少しずつ前進しながら、『おー、こんなことが出来た!』みたいな感覚が好きなんです。また、部品集め等も含め、自分で苦労して調べながら一歩ずつ進めた方が、後々他の方にお伝えするとき、自分の理解として教えることが出来ると思うので・・・・・。」

結果はその通りになりました。今だったら、(少なくとも上の回路に関しては)人に自分なりの説明を加えながら、作り方の指導が出来ると思います。

本を読んだだけでは、あるいは師匠から説明を受けただけでは、現在のレベル(いや、大したもんじゃないけどね)に到達することは決してなかったと思います。

何事においても、頭で理解することはできても、それを「腑に落ちた」状態までもっていくには、自分でやってみるしかないないんですよね。

自転車に乗れるようになるまでの転ぶ回数が決まっている?

教えてもらったことを自分でやってみて、でも上手くいかなくて。上手くいかない理由は人それぞれなのかもしれません。だからこそ、そこの部分は教えようがなくて。

「A」ということも「B」ということも教えることが出来るけど、なんで「A」なのか、どうして「B」なのか、あるいは「A」と「B」の間に何があるのかとか、教えられないことがたくさんあるって思うんです。

鉄棒の逆上がりだって、自転車だって、水泳だって、実際にやってみて初めて出来るようになったり、乗れるようになったり、泳げるようになる訳です。

クロールの泳ぎ方は、手でこうやって水をかいて、足は水を押しやるように蹴って、息継ぎは顔を横に向けてって教えることはできますが、それだけで泳げるようになりますか?

泳ぐ練習

前回の「成功を手に入れるための行動」も同じことですよね。

出来るだけスマートにいきたい。転んだところを見られるのは嫌だ。そのためにはどう行動するのがベストだろうかと本を読み漁っていても、前に進むことはないんです。

泳げるようになりたくて、でも泳げないって事を人に知られたくなかったり、あるいは手足をバシャバシャ動かす姿を見られたくないから、スマートな泳ぎ方を本で一生懸命習得しようとする。

自転車も同じ。一度も転ばずに自転車に乗れるようになることはないんです。「多くの失敗をした人ほど、多くの成功を手に入れることが出来る」風に言えば、「転ぶ数が多い子ほど、より早く自転車に乗れるようになる」って感じかな。

乗れるようになるまでの転ぶ数が決まっているとしたら(そんなことはないけど)、規定回数に早く到達した方が、短い時間で乗れるようになるって理屈ですよね。

こんな言葉がありますよね。

「習うより慣れろ」

人生における様々なことも、根は同じなのかもしれません。


関連記事
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://55life555.blog.fc2.com/tb.php/925-c8290016

<< topページへこのページの先頭へ >>