期待を感謝に変える -- そこにいてくれるだけでありがとう

アンソニー・ロビンスのセミナーで、「幸せの方程式」というものを教えて頂きました。それは、

人生の状態 = 設計図 ⇒ I'm happy.

ということ。

幸せカエル

設計図とは、あなたがこれまで生きてきた人生の中で、知らず知らずの内に自分の中に作り上げてきた、あなたの人生の未来予想図です。“予想” というよりも “期待” かもしれません。

あなたの人生の状態が、この「設計図」と一致している時、あなたは幸せを感じます。逆に、一致していない時に感じるのは不幸せですね。これが「不幸せの方程式」です。

人生の状態 ≠ 設計図 ⇒ Unhappy

そして、あなたの人生に問題があったり、思い通りにいかない時、目の前には3つの選択肢が。
  1. 無視と非難
  2. 人生の「現状」を変える
  3. 人生の「設計図」を変える
前回、1つ目と2つ目の選択肢について書きました。今回は、3つ目の選択肢、「人生の『設計図』を変える」について。

「現状」を変えることが不可能なのであれば、「設計図」を変えよう

多分、2つ目の「人生の『現状』を変える」という選択肢が一番 “建設的” (微妙にニュアンスが違うかな?)なんだと思います。問題があるなら、悩みがあるなら、不幸せなら、“行動” を起こして解決しなさい、ってことですから。基本はこれでしょう。

アンソニーは、セミナーの中でこんなことも言っていました。

「どんな問題でも、大量の行動を起こせば、すべて必ず解決できる」

この言葉には、なんか勇気を貰ったような気がしました。「そうか、解決できるのか!」って。

ただ、「どんな問題でも」には、「解決できる問題ならば」という “但し書き” がつくんです。例えば、自然の摂理に反するようなことは、人の力では解決のしようがありません。

今回のシリーズの最初に、既に無理のある年齢なのに、「自分の子供を産んで育てる」という「設計図」を持っているがために、女優として大成功しているにも関わらず、精神が不安定になるほど不幸せな状態にあった女性の例を出しました。

彼女の問題は、何らかの行動によって解決できるものではありません。どうするか? ここで登場するのが3つ目の選択肢「人生の『設計図』を変える」なんです。

「現状」を変えることが不可能なのであれば、「設計図」に戻って、それを変えましょう、と。

どうやって変えるのか? 「現状」を変えるのは “行動” ですが、「設計図」を変えるのは “考え方” です。そもそも、この「設計図」はあなたの心(頭)の中にあるものなのですから。

ただし、昨日今日出来たものではありませんよね。これまでの長い人生の中で、(多くは)無意識の内に積み上げて、積み上げて作り上げてきたものですから、それを変えるのは大変。

「フォーカスを変える」とは、持つことを許された “宝物” に感謝すること

アンソニーは、人生の「設計図」を変えるためにいくつかの方法を教えてくれましたが、その中の一つに「フォーカスを変える」というものがあります。

「フォーカスを変える」とはよく出会う言い回しですが、違う言い方をすると、「見ている場所を変える」とか「考え方を変える」といったところでしょうか。

もう半分しか or まだ半分も

以前、丸山浩路さんの 「本気で生きよう!なにかが変わる」という著作を紹介したことがあります。

この本の中に、片耳の不自由な女性が、講演を終えた丸山さんを訪ねてくるシーンがあるのですが、会話の中でこの女性が「先生、私、こっちの耳が聞こえないんです」という話をします。

それに対して丸山さんは、「なぜ、『私、こっちの耳は聞こえるんです』と言ってくれないのか。そうすれば、『ああ、それはよかったですね。どちらかの耳が聞こえればそれで十分ですよ。そっちの耳が聞こえて本当によかったですね』って一緒に喜べるのに」って返します。

失ったものより、残されたものを大切にしましょうじゃありませんか。持っていないことに対して不満を言う前に、持っているものに感謝しようじゃありませんか。

持つことの出来ないものに焦点を当てて嘆くのではなく、持つことを許された “宝物” に視線を向けて、そのことに感謝する。

同じく本の中に出てくる筋ジストロフィーという難病と闘う少年はこんなことを言います。

「手が動く、足が動く、目が見える、耳が聞こえる・・・・・。あたり前じゃないよね。奇跡だよね。でも、みんな、そんなこと当たり前だと思っている。当たり前だと思っちゃうから、欲張りになっちゃうんだ。欲張りになっちゃうから、やさしくなくなっちゃうんだ」

「期待を感謝に変える」とは、本当に奥の深い言葉

だいぶ遠回りになりましたが、そもそもここへの流れのスタート地点は、「期待を感謝に変える」という言葉でした。

人は、日々の生活の中で様々な、本当にありとあらゆる “期待” を、他人にも自分にもします。

明日は遠足だから晴れてほしい、駅に着いたらちょうど電車が到着して欲しい、誰かに私の体験を話したらもの凄く驚いて欲しい、良い伴侶と出会いたい、年収2000万円貰いたい・・・・・

最近、親が子を、逆に子が親を・・・という悲惨な事件が、ニュース番組を賑やかすことが多いような気がします。これも、親は子に、子は親に “期待” をして、その期待が裏切られた結果なんだと思います。

真面目に勉強をしていい大学に入って、一流企業に就職して、早く嫁さんを貰って親を安心させて欲しい。いやいや、進路のことでとやかく言わないで欲しい、自分の勝手でやらせてくれ。

自分のことでさえ期待通りにいかないのに、ましてや他人のこと(自分の子供や親であっても)なんて、こっちの思い通りになるなんて考える方が間違ってるんですけどね。

でも、やっぱり親は子に(子も親に)期待をしますよね。そんな時、思いだして欲しいのが「期待を感謝に変える」という言葉なんです。

こっちが期待したように生きてはくれないけれど、生まれて来てくれてありがとう。健康に育ってくれてありがとう。そこにいてくれるだけでありがとう。

あーしろ、こーしろって煩いけれど、産んでくれてありがとう。元気に育ててくれてありがとう。学校に通わせてくれてありがとう。そこにいてくれるだけでありがとう。

どれだけ多くのことに感謝出来るか = どれだけ素晴らしい人生を生きるのか

このブログのカテゴリーの一つにある「良き人生」とは、すべてこの「ありがとう」に集約されるように思います。

もし、自分の中にある “期待” のすべてを “感謝” に変えることが出来たとしたら、私の中から “不満” も “不安” も消えてなくなり、代わりに “感謝” で満たされることに。

私が持っているもの、私の周りに存在している人やモノや環境や・・・・・どれだけ多くのことに感謝出来るかが、どれだけ素晴らしい人生を生きるのかの鍵なのかもしれません。



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