学んだということは、変わるということ -- 自分のキャラを変える

先日、食事をしながら特に面白そうなTV番組もやっていなかったので、少し前の映画を再び見ることに。映画の題名は、「アンストッパブル」。

全長約800メートル、危険性の高い化学物質とディーゼル燃料を大量に積んでいる貨物列車が無人のまま走り出してしまい、誰にも止められないこいつを何とかしてという、実話を元にした映画。

アンストッパブル

映画のストーリーを解説するのが目的ではないので、ここで紹介する人物は3人。主人公は、初めてコンビを組むことになった勤続28年のベテラン機関士フランクと、職務経験4ヶ月の新米車掌ウィルの2人。そしてもう一人は、操車場で操車場長を務める女性コニー。

フランクは正義感が強くて、“人のために” という人物。一方のウィルは、そんなに悪い奴ではなさそうだけど、自分勝手で自己本位的な人物に描かれています。

特にウィルは、家庭に問題を抱えていて仕事に集中出来ない状況。それもあり、貨物の連結でミスをしてフランクに責められ、一発触発イライラという状態です。

有りがちな流れですが、次々と襲いかかる苦難の中で、フランクの言動や人間性に感化されながら、ウィルは少しずつ変わっていきます。

暴走列車を必死に追いかける主人公の2人と、コニーが操車場から無線でやり取りを繰り返すシーンがあるのですが、コニーがフランクに「ウィルはどう?」って質問すると、彼はこんな返答をします。

「彼は変わったよ」

この一言を言いたくて、今回の記事を書いています。コニーの質問の意図と、フランクの返答とは噛み合っていないのですが、フランクはこの一言でウィルの「成長」を喜んでいるんです。

「学んだということは、変わるということ」

自分のことしか考えられなかったウィルが、命懸けで暴走列車を止めようとするようになったという、その「変わったよ」なんですが、これこそが人としての「成長」の証。

事あるごとに思い出す言葉があります。それは、こんな言葉。

「学んだということは、変わるということ」

出典を忘れました(記憶では、山口瞳著「けっぱり先生」だったと思っているのですが、先日ざっと読み返しながら探しても見つけられませんでした)が、ずーっと私の中にある言葉です。

本を読んだり、セミナーに参加したりして、色んな “知識を得た” なって思うことは多々あります。でも、それによって自分は “変わった” のかと自問した時、「はい」と答えられるかどうかが、“学んだ” かどうかの判断基準だなって思っているんです。

“変わる” とは、“行動” が変わるということです。もちろん、その前段階として “考え方” が変わり、その考え方の変化が行動の変化として表に出てくるんですけどね。

「君に届け」の(隠れ)くるみちゃんファンになりました

少し前に、息子がブックオフで椎名軽穂著 「君に届け」をセット(第1巻~第20巻)で買ってきました。何気なく手にしてみると、これが結構面白い。久しぶりにハマってしまいました。

「君に届け」の紹介は別の機会に改めてしたいと思いますが、登場人物の中に「くるみちゃん」という可愛い女の子が出てきます。

彼女は、いわゆる “いい子ぶりっこ”。人前では本当に可愛らしく振る舞うのですが、蔭ではライバルである爽子(主人公の女の子)の恋路を邪魔すべく、友達を扇動して悪い噂を流したりするような女の子。

自分のことを、「わたしみたいに可愛くて人気者は・・・」って自分で言うくらい自信過剰で、風早(もう一人の主人公)は自分と付き合うのが当然って思っているんだけど・・・・・

このくるみちゃんが、あることをきっかけにガラっと変わるんです。いい子ぶりっこの仮面を脱ぎ棄て、歯に衣着せぬ物言いのキャラクターに大変身。

ある意味、元々自分の中にあるものを外に出してきただけなので、「学んだということは、変わるということ」の “変わる” とは微妙に意味合いが違うかもしれませんが、でも結果的には “行動” が変わった訳です。

そして私は、隠れ(?)くるみちゃんファンになりました。このキャラクターの変化は奥が深い。

自分のキャラを変えるって、本来の自分を解放してあげることなのかもしれないなー

そもそも「キャラクター」って、性質とか性格といった意味ですよね。特徴といった意味合いもありますから、「外から見て分かる他との違い」と言っても、そう間違いではないでしょう。

要は、外に向けて自分のどんな性質とか性格とか特徴を出しているのかということ。

人って本当に多種多様な側面を自分の中に隠し持っています。そして、その中から表面に現れたほんの一部が、その人の性質や性格や特徴として、他の人から認識されるんです。

では、自分が隠し持つ様々な側面の中から、人は何を基準にしてある特定の側面を表に出すんでしょうか。

これが、以前触れた「アイデンティティー」(identity)なんだと思うんです。アイデンティティーとは、「自分とはどういう人間(性格とか人格とか)であると “自分自身” を定義づけているか」ということ。

違う言い方をすると、自分とはこういう人間であると、自分に対して “許可” した側面が外側に現れて来て、その人の性格や特徴を形成するんではないかと。

くるみちゃんは、「いい子」というキャラを自分に課していたのを、あるきっかけから「自分の思ったことを率直に言う」ということを自分に許したんです。

くるみちゃんを見ていると、(もちろん作者の描画力によるものですが)キャラが変わってから、なんか解放されて自由になったような印象を受けるんですよねー。

そんなくるみちゃんの “成長” に憧れている今日この頃の私です。


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