岸見一郎著 「嫌われる勇気」 -3- 覚悟はある?

岸見一郎著 「嫌われる勇気」の3回目。(2回目)

全般的には決して悪くない、と言うか、むしろ頷けるところがとてもたくさんある本書ですが、小さなところに目が行ってしまって、ついつい批判的な目線になっている自分がいます。反省。

私たちはみな何かしらの「目的」に沿って生きている

アドラー心理学では、「目的論」という立場が大きな位置を占めているように思います。目的論とは、私たちはみな何かしらの「目的」に沿って生きているということ。

例えば、引きこもりの子どもがいるとき、学校でいじめられたのがトラウマになって、だから人が恐くなって外に出れなくなってしまったという考え方は「原因論」。原因があって結果がある。

これを目的論で言うと、部屋に引きこもっていれば親が心配してくれ、親の注目を一身に集めることができる。でも、外に出てしまうと、凡庸な、あるいは他者より劣ったただの人になってしまう。

親の注目を集めるという「目的」を達成するために、引きこもるという行動をとっている。外に出たくないという「目的」のために、不安という感情を自分で作り出している。

前回、「人が変われないのは、自らに対して『変わらない』という決心を下しているから」というフレーズを紹介しました。なんで「変わらない」という決心をしているかといえば、それは「変わる」その先にある未知の世界が恐いからです。

目的論的に言えば、「変わらない」という目的を達成するために不安という感情を作り出している、ってことなのかな。

最善の選択を積み重ねてたどり着いた場所 ・・・ でも、違う場所に行きたい

同じく前回、人生を生きていくというのは無数の選択の積み重ねであり、その無数の選択の一つ一つは、その時点においては自分にとって最善と思われる選択であったと書きました。

そしてこの “最善の選択” の積み重ねの到着点が “今” な訳です。

“今” とは、現在の性格、気質、ライフスタイル、アイデンティティー、あるいは物の見方、考え方、偏見等々、言葉はどうあれ、今の “あなた” ということ。

“最善の選択” という言い方をしましたが、それは “良い” 意味ばかりではありません。「こっちの方が楽だから」とか、「そっちに行くのは不安だから」といったネガティブな意味合いも少なからず(いや、大いに)含まれている筈なんです。


選択3方向

「私たちはみな何かしらの『目的』に沿って生きている」という観点からすれば、“最善の選択” とは自分の目的に沿った選択をしているということ。楽をしたいとか、不安を避けたいといった目的を達成するためにとった選択もたくさんあるってことですね。

こうやって考えていくと、なぜ多くの人が「今の自分を変えたい」と思うのかが分かるような気がします。自分のために “良かれ” と思って歩んできた道が、着いてみたら違う場所だったと。

無意識の目的に沿って生きていてはいけないんです

この「私たちはみな何かしらの『目的』に沿って生きている」という考え方ですが、思った以上に奥が深いような気がしてきました。

「目的」って、自分の “意図” の先にあるものだと思っていましたが、先のフレーズの中の「目的」は、意図していない(無意識の)目的も含まれていますよね。

違う見方をすると、自分で明確な目的を持っていないと、わたし達の選択は無意識の目的(その多くは、 “楽に生きたい” とか “恐い事を避ける” といったこと)によって支配されてしまうということではないでしょうか。

以前、「自然にしていれば低い方へ低い方へと流れるものを、自然に逆らって高きに導こうとするのが “意志” 」といった事を書きましたが、明確な目的がないと無意識の目的に引っ張られて楽なほうへ、そして低いほうへと流されていってしまうということ。

逆に言えば、「私はこうなりたい」という明確な目的を持って、その目的を “選択” の判断基準として生きていく。その目的を達成するためには、どういう選択をすべきなのかを常に意識して生きていくことが大切なんだと。

“覚悟” とは、自分の “思い” の究極の姿?

前回、「『最後は勇気だ!』って言われてもなー」って書きましたが、突き詰めていくと最後に残るのはやっぱり “勇気” しかないよなって気がしてきました。

「何が何でも、私はこう変わる」という決意を固めるには勇気(あるいは覚悟)が必要。そのためには決して楽な選択をしない不安に負けないと決め、それを実行していく際に必要なのも勇気。

なるほど、最後に必要なのが「勇気」ということは分かった。でも、その勇気がないから困ってるんじゃないか・・・・・私もまったく同感です。

でも、その「勇気」を後押ししてくれるのは、「こうなりたい」という “思い” なんだと思います。その “思い” はどれだけ強いのか。あなたは本当に変わりたいと望んでいるのか。

なんとなくグルグル回っているような感じもしますが、最後にたどり着くのはあなたの “思い” の強さなのではないでしょうか。

この “思い” の究極の姿が「覚悟」という言葉なのかなって思います。


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