サクセス・ウィズアウト・リミット(3) -- 失敗することが快感に?

前回、「サクセス・ウィズアウト・リミット」での望月俊孝さんの講演について紹介しましたが、後半は微妙に話題がずれたかもしれません。ずれたまま、その続きです。

「言葉と感情とイメージ」の3点セットは、人生にとっての大きな武器にも凶器にも成る可能性があるって話でした。

やる前から失敗するのは目に見えているので・・・怖くて怖くて

生きていく中で、「もしこれが出来れば、自分の人生を大きく改善することが出来るって分かっている。でも、それは私の苦手なことで、私には行動できない」 ってことがありますよね。

例えば、社交的になって、初対面の人とでも気軽に話せるようになりたい、みたいな。パーティー会場で人と話せれば楽しいけど、それが苦手だからグラス片手に壁にへばりついている私。

パーティー

なんにしてもそうだけど、(行動を起こすべき時に)行動を起こせないのは、その結果が、あるいは “想像上” の結果(「きっと失敗するだろうな」ってやつ)が怖いから。

失敗して、落ち込んでいる自分の姿を “イメージ” してしまうんですよね。その時に味わうであろう “感情” もありありと感じることができます。もしかしたら、「やっぱり、俺にはできないじゃん」って “言葉” まで聞こえてくるかもしれません。

行動 → 失敗 → 落ち込む=もれなく、否定的な「言葉+イメージ+感情」のトリプルパンチ付き

これだと、まさに凶器ですね。そりゃ、怖いわけで・・・

どんな行動でも、最初は間違いなく失敗するでしょう。これは想像でもなんでもなく、もう間違いなく失敗する筈。だって、初めてやるんですから。人はそれを知っているから行動できないわけで。

やる前から失敗するのは目に見えている・・・でも、それが楽しみ!?

じゃあ、こっちの流れになるとしたら、どう?

行動 → 失敗 → 快感=もれなく、肯定的な「言葉+イメージ+感情」のトリプルプレゼント付き

「何かをやろうと思って行動したら、やっぱり失敗してしまった」

この時、

「失敗かー、でもヤッター、成長したぞ! これでまた一つ、成功への階段を登る事が出来た!」

失敗=快感

って、思うことが出来たなら、人生はどんな風に変わっていきそうですか。もちろん、そんなに簡単な話でないことは重々承知してますが(自分でも実証済み?)。

ただ、前回紹介したスキナーの次の言葉は、こういうことを言ってるんだと思うんです。

何に快楽を連想し、何に痛みを連想するか、が人生の違いなのである。

更にこんな言葉も記しています。

もしあなたが夢の人生を手に入れたいと思うなら、自分の連想体系をコントロールしなければならない。夢の実現や成功に役立つ活動のすべてを、快感と結びつけなければならない。

要は、 “無理やり” にでも、「夢の実現や成功に役立つ活動(の結果、起こるであろう失敗)を快感と結びつけなければならない」ってこと。

あれっ、これって避けるべきことではなく、歓迎すべきことなんだ

発明王エジソンの名言の中にこんなのがありますよね。

私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

「うまく行かない方法」を見つけるたびに、また一つ成功に近づいたってエジソンは喜んだ?

凡人の私には、微妙に負け惜しみっぽくも聞こえるけど、でも「失敗は勉強」って考え方は真理だと思うんです。失敗してみて初めて分かること、失敗からしか学べないこと、失敗したからこそ成長できることって、間違いなくあるんだと思います。

それなら、 “失敗” を “快感” と結びつけることは可能かもしれないって気がしてこない?

このとき役に立つのが、「言葉と感情とイメージ」の3点セットなんじゃないかなって。

なんて言えばいいのかなー、失敗した状況を、 “肯定的” な「言葉と感情とイメージ」で別のもの(=快感)として自分の中に印象付けてしまう、みたいな感じかな?

これを書きながら思い出したのは、以前紹介した五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」でした。

何か嫌な事があった時に「ありがとう」という言葉を口に出すことで、不幸の連鎖を断ち切り、さらにはどんな不幸と思われる現象も幸せと感じる状況に変えてしまう。

これって、「ありがとう」って言葉を言うことで、自分の潜在意識は「あれっ、これって避けるべきことではなく、歓迎すべきことなんだ」って錯覚するんだと思うんです。

だから、失敗するたびに “肯定的” な「言葉と感情とイメージ」を自分に与えていると、潜在意識の中で「失敗=快感」って結びつきを作り上げてしまうんじゃないのかな。

「ありがとう」は言葉だけですが、それに感情とイメージが助っ人に加わるわけですから、やっぱりこれは強力そうじゃあないですか。

話は分かったとしても、目の前に聳え立つ壁があるんですけど・・・

因みに、 “言葉” は自分の意思で言えますよね。 “イメージ” も自分の中で思い描けばいいわけですから、これも自由自在。では、 “感情” は?

これに関しては何度も書いていますが、感情は(自動的な)条件反射ではなく、自分の “選択” の結果なんです。逆に言えば、感情も自分でコントロール出来るってこと。

「悲しいから泣く」のではなく、「泣くから悲しい」のです。「楽しいから笑う」のはなく「笑うから楽しい」。そう、無理やりにでも笑えば、楽しいって感情は後からついてくるんです。

さらに言えば、「今日も一日、楽しいことがたくさん待ってるぞ」って楽しい一日をイメージしながら、悲しい感情を持つことは出来ませんよね。

言葉とイメージをある方向に向ければ、感情はそれに従うんです(でも、それがマイナス方向でも同じ事が起こるってことも忘れずにね)。

ただし、これまで書いてきた一連の流れには、残念ながら大きな欠点(というか、乗り越えるべき壁)があります。それは、 “失敗” と “快感” とを(潜在意識の中で)結びつけていくには、先に失敗しなければいけないってこと。

この壁を、乗り越えて、乗り越えて、乗り越えて・・・・・

ウッ、オレにできるのか?

そんな時は、アンソニー・ロビンスの言葉を思い出しましょう

怖くてもいいんだ。それでもやるんだ!それが勇気というものなんだ。
そして、怖くなったら “考える” のではなく、Peak Stateになるんだ。

続きます。

サクセス・ウィズアウト・リミット(2) -- 言葉と感情とイメージを

「サクセス・ウィズアウト・リミット」(SUCCESS WITHOUT LIMITS)、最初の登壇者である望月俊孝さんの講演の続き。

望月さん

前回、 “言葉” の持つ力を体を使って体験しましたが、この “力” ってのは肯定的にも働くんだけど、否定的な力も強くて、それが日本の自殺者数が多い遠因ではないかってことでした。

望月さんの著作を紹介した中で、エール大学のある年の卒業生の内、約3%の人だけが明確な目標を持ち、それを “言葉” として紙に書いていたという話を書きました。

そして20年後、この僅か3%の卒業生の資産合計が、残り97%の卒業生の資産合計を上回っていたという調査結果が出たんです。これが、言葉の持つ力ってことですね。

そのイメージを持つことが出来れば、体は(無意識の内に)その気になってる?

さて、 “言葉” にするということは、頭の中にある単なる “考え” よりも明確で具体的になっているということ。そして、言葉よりも更に明確で具体的なのが “イメージ” です。

これが「宝地図」のベースとなるものです。要は、イメージは言葉よりも力が強いってこと。

前回、ネガティブな言葉とポジティブな言葉を口に出した後に、腕を水平に維持しようとする力に変化があるかどうかというセッションを紹介しましたが、今回は「言葉+イメージ」の力を試します。

再び体を使うんですが、今回は1人でやります。先ずは直立姿勢から普通に前屈をして、指の先がどの辺りまで届くかを確認します。

続いて、今度は両足の膝を軽く曲げて、前屈をします。当然、前回よりも指先は床に近づきますので、「うわー、凄い、こんなに柔らかくなった」って言いながら、さっきよりも「目の前に迫った床のイメージ」を脳裏に焼き付けます。

そして3度目の前屈。今度は初回と同じように膝を伸ばした普通の前屈をするのですが、さて指の先は初回よりも床に近づくのでしょうか、って試み。

ストレッチ

これが不思議と初回の時よりも明らかに体が柔らかくなっているんです。

1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と体がほぐれてくるというのもあると思いますが、実際の感覚として、膝を曲げて前屈した時の “床が近いイメージ” が影響しているように感じたんです。

そこまで体を曲げることが出来たという(実際にはごまかしの)経験が、今度も同じように出来るんだって、無意識の内に体に作用しているような感覚を持ちました。

膝を曲げて前屈した時に言った「うわー、凄い、こんなに柔らかくなった」という言葉ですが、前半の「うわー、凄い」というのは “感情” を表し、後半の「こんなに柔らかくなった」というのは “イメージ” を言葉にしたものです。

「言葉と感情とイメージ」の3点セットは、人生にとっての大きな武器にも凶器にも成る?

望月さんが講演の中で言い続けていたのは、「言葉と感情とイメージを同じ方向に向ける」ということでした。

この前屈のセッションは、これを擬似的に体験させ、その結果が体にどんな影響をもたらすかを確認する、ってことを目的にしたものでした。

口に出す言葉と、「うわー、凄い」という感情と、「こんなに柔らかくなった」というイメージに、さらに「近づいた床」というイメージを合体させた時、体はその暗示(かな?)に従ったって訳です。

上手く伝えることが出来ていないかもしれませんが、逆の場面を想定してみると理解しやすいかもしれません。

肩を落とし、背を丸めながら、「俺の人生最悪だな」って落ち込んで、電車にでも飛び込むイメージを持ってみたとき、あなたの体はどんな反応をし、心は何を感じてると思いますか。

これを書きながら、この「言葉と感情とイメージ」という3点セットは、もしかしたらメチャクチャ強力なのかもしれないって気がしてきました。もの凄く強力な武器にも凶器にも成りえるんじゃないかと。

あなたが欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば感情なのだ

「感情」という言葉を聞くと、すぐに頭に浮かぶのは、ジェームス・スキナーの「成功の9ステップ」という本です。この本、私にとってバイブルのような存在です。

この本の中でスキナーはこんなことを言っています。

感情は人生そのもの。あなたが欲しいものはすべて、突き詰めて言うならば感情なのだ。

「欲しいものはすべて感情なのだ」ってのをもう少し正確に言うと、「欲しいものはすべて快楽という感情なのだ」ってなります。だって、 “痛み” の感情なんて欲しくないから。

絶望の感情

心理学に「快楽と痛みの原則」というものがあって、私たちは常に「快楽」が得られる行動を選択し、「痛み」を避けるための行動をしている、ってこと。

でも、どちらかというと「痛みを避ける」という方が先に来るというか、重きを置いているような気がします。その「痛み」の先に「快楽」があったとしても、先ずは「痛み」の方に思考が向いてしまう。

スキナーは本の中で、こんなことも言ってます。

何に快楽を連想し、何に痛みを連想するか、が人生の違いなのである。

これは、私にとってはとても深いテーマ。もう2年以上もここに引っかかっているんです。

少し長くなりましたが、この話題、もう少し書きたいので、続きます


サクセス・ウィズアウト・リミット -- 日本の自殺者数?

昨日の記事で軽く触れましたが、今日と明日、東京ビッグサイトで開催される「サクセス・ウィズアウト・リミット」(SUCCESS WITHOUT LIMITS)というセミナーに参加してきました。

ビッグサイト

初日の今日は、5人の日本人の方が講演されましたが、トップバッターは昨日紹介した 「幸せな宝地図であなたの夢がかなう」の著者である望月俊孝さんです。

もう、初っ端から超ハイテンション。いやー、こんなにエネルギッシュな人だったとは驚き。知らない内に話の中へと引きずり込まれていました。

何気なく口にした言葉が、体から力を奪ってる?

講演の中身は、昨日紹介した「宝地図」の話が大半でしたが、 “話” というよりも “体” を使ったセッションがたくさんありました。

2人一組になって、片方が右腕を水平に伸ばします。もう一人は、その人の後ろに回り、前の人の水平になった腕を徐々に力を入れて押し下げていくということをやります。

先ずは、後ろの人が腕を押し下げようと力を入れますが、それに対して前の人は腕を水平に維持しようとします。その時、どれくらいの力を腕に込められるかを感じ取ります。

続いて、前の人はネガティブな言葉を口に出します。疲れたー、もう嫌だー、人生つまんない、何もかも上手くいかない、もう消えてしまいたい・・・・・

そして、再び同じ動作を繰り返すのですが、この際、腕を維持しようとする力が弱くなったのか、強くなったのか、あるいは変わらないのかを感じ取ります。

三度目は、肯定的な言葉を口に出します。嬉しー、楽しー、人生最高、何をやっても上手くいく、気持ちがいい、力がみなぎっている・・・・・

また同じ動作をして、水平に維持しようとする腕に込めることの出来た力の大きさを感じます。

不思議なことに、 “素” の状態よりもネガティブな言葉を口に出した後の方が、腕に入る力が明らかに弱くなっています。

逆に、ポジティブな言葉を言った後は、より強い力を出すことが出来ました。

ま、なんて言えばいいのかな、会場の雰囲気に後押しされて錯覚した? そんな可能性も無くはないけれど、腕に込められる力の大きさは確かに変化したように感じました。

これで何を証明したいのかといえば、 “言葉” には力があるってこと。人から言われた言葉から様々な影響を受けるのは勿論ですが、自分で発する言葉も自分に多大な影響力を持つのです。

日本の自殺者数は年間3万人ではなく、実際には11万人だった!?

話は変わりますが、日本の自殺者の数って知ってますか? たまにマスコミでも話題になるので、私の中には年間3万人という数字がありました。

ちょっと調べてみると、2011年まで3万人超という年が14年間続いています。ここ3年間は減少傾向にあり、3万人を割り込んでいますが、それでも世界的に見て高い水準にあります。

自殺?

ところでこれは厚生労働省の発表している数字です。WHO(世界保健機関)では、日本の年間自殺者数を約11万人としています。

日本で自殺者数として公表される数字は、明らかに自殺だと確定しているものだけのようです。

“明らかに” というのは、「本人自筆の遺書が存在していて、しかも24時間以内に死亡した場合」とのこと。これ以外は、警察庁が自殺として “認定” しないらしいです。

一方で、日本には年間15万人(2003年時)ほどの変死者がいるのですが、WHOは変死者の半分を自殺者に含めており、世界的にはこの方が標準的なやり方だとのこと。

例えば、列車の人身事故という言葉を耳にすることは頻繁にあると思いますが、残念ながらこの多くは飛び込み自殺でしょう。これがもし発作的な自殺で遺書が残されていなかったとすると、警察庁の自殺統計にはカウントされず、事故死として扱われてしまいます。

日本の自殺者数って、本当はどれくらいの数字になってしまうのか空恐ろしくなります。

自殺(特に青少年)の話題は、今回のセミナーの中でも複数の登壇者の方が話題に取り上げていたので、また後で触れるかも知れませんが、一旦望月俊孝さんに戻りましょう。

あなたは、自分のことを素晴らしいと思ってますか?

なぜ、自殺の話題を振ったかというと、これが “言葉” によってもたらされたものかもしれないから。

日本(って限定しいいのか分からないけど)の社会には “否定的” な言葉が充満しています。端的過ぎるかもしれないけど、子どもの頃から「あなたには出来ない」とか、「あなたはダメな子」みたいなことを言われ続けてきている日本の子どもたち。

夢を語っても、「素晴らしい夢だから、絶対にやるべき」って言葉よりも、「そんな夢を追い求めても無駄だから止めなさい」って言われる場面の方が圧倒的に多いでしょう。

そして、夢を持たなくなった子どもたち。もちろん、大人たちにも夢はありません。

「自分のことを素晴らしいと思う人」の割合は、アメリカでは52%いるそうです。では、日本は? なんと僅か7%しかいないとのこと。日本人は、セルフイメージがメチャクチャ低いんです。

ネガティブな言葉を親や他人から言われ、そして自分自身でも「自分なんて大したことない」「自分はダメなやつだ」って繰り返し言い続けているのが日本人なんです。

そりゃ、体に力が入らないわけだわ。

自殺の話題で少し長くなってしまったので、次回に続きます。


切に生きる -- そこで精一杯花を咲かせることが人生

仙台に福聚山 慈眼寺(じげんじ)というお寺があります(慈眼寺という名称のお寺は、日本各地に多数あります)が、ここは現住職の塩沼亮潤大阿闍梨(だいあじゃり)が開山されたお寺です。

2回連続で紹介した8年前の雑誌の「切に生きる」という特集から、もう一人紹介したいと思いますが、それがこの慈眼寺の住職である塩沼亮潤さんです。

この塩沼亮潤さん、とにかく凄い!

大峯千日回峰行を9年間かけて満行

二十歳の時に吉野の金峰山寺で出家し、23歳で「大峯千日回峰行」に入ります。

大峯千日回峰行とは、片道24km、往復で48kmの山道を、16時間で大峯山1720mまで登って、その日のうちに帰ってくるという行を千日間続けるんです。

そして、いったん行に入れば決して休むことや途中で止めることは許されません。後戻りのできない行なのです。

千日間なので毎日続けて3年近くやるのか、それは大変だなーって思ったら、9月下旬から大峯山頂には霜が降りて、それから雪深い厳しい冬に入っていくので、物理的に行ができるのは5月3日から9月22日までの年間百二十数日間だけだそうです。

なんと、9年近くに渡って続ける行なのです。

今日は足を捻挫したから、今日は熱があるから、今日は台風だからといって休むことは許されません。とにかく “毎日” なんです。

万が一、行けない日があったら、行が失敗したとみなされ、所持している短刀で腹をかき切るか、腰に結わえてある「死出紐」で首をくくるかの、二つに一つの厳しい掟があります。

吉野山には野生のクマがたくさんいます。一度、大型の冷蔵庫のようなクマに襲われたこともあるそうです。クマだけではなく、イノシシもマムシもいます。本当に命がけなのです。

熊

4日で手に死斑が出て、体からは死臭が漂う

千日回峰行の1日は深夜11時30分に起床した瞬間から始まります。まず起きてすぐに滝行を行うのですが、体が思うように動かない日もあるわけです。

「毎日の調子は良いか悪いかではなく、悪いか最悪かのどちらか」だったそうです。

毎日4時間半の睡眠で、10分でも少ないと、翌日10分ぶんだけの疲労を感じるようになる修行を23歳から初めて、満行したのは31歳の時。気が遠くなりそうです。

この千日回峰行の最中のある日、土砂降りの中での行で体力的にはもうボロボロの状態で、途中でうずくまっておむすびを食べると、ものすごい雨と嵐で米粒が流れていきます。

その一粒一粒をすするようにして食べていた時、涙が出てきたそうです。なんて自分は幸せなんだろうって。

ここにお米一粒を食べている私がいる。戻れば風呂もあるし、布団もあるし、屋根のついているところで寝られる。しかしこの瞬間にも地球上では食べられなくて亡くなっていく人がいる。

その星の片隅で、自分の心を磨くという尊い仕事をさせてもらっている自分は、なんて幸せなんだろうって思って、涙を流したのでした。

大峯千日回峰行満行の翌年、今度は「四無行」を満行します。

四無行とは、9日間「断食、断水、不眠、不臥」を続ける修行です。「食べず、飲まず、寝ず、横にならず」の4つが無いということで四無行と言うそうです。

四無行に臨む前には、縁のある人達に最後の別れをして行に入ります。4日で手に死斑が出て、体からは死臭が漂うような過酷な修行であり、生きて戻れる保証がないからです。

大峯千日回峰行と四無行を満行したのは、吉野山金峯山寺の1300年の長い歴史の中で塩沼さんが2人目だそうです。そして存命する唯一の存在とのこと。

いまいる場所がどんな環境であっても、そこで精一杯花を咲かせること

そんな塩沼さんが言います。

「若いときには人間はなんて不平等なんだと思ったこともありました。幸せな人もいれば、不幸せな人もいる。そういう悩みを抱きながら山を歩いていた時、目の前でタンポポの穂種が突風に吹かれて飛んでいったのです。ああ、そうか! 山に落ちる種もあれば、アスファルトに落ちる種もあります。人間もそうだ、タンポポと同じなんだなと思いました。

自分の生まれたところがどんな場所であっても、いまいる場所がどんな環境であっても、そこで精一杯花を咲かせることが人生なのですね。そして朝『きょうもよろしくお願いします』と手を合わせ、一日何事もなかったら『ありがとうございました』と感謝して生きることが大事だと感じました」

塩沼さんは、小学校5年生の時、NHKで比叡山の千日回峰行を満行された酒井雄哉さんの番組を見て、直感的に「これをやりたい!」って思ったとのこと。

凄い人は、子どもの頃から凄いんですね。

海外のトレイルランナーたちは、回峰行者のことを「マラソンモンク」と呼んで、尊敬と畏怖の眼差しを向けるそうです。そんな塩沼さんもランナーなんですが、こんなことを言っています。

「歩くと不思議なんだけど、様々なことへのヒントが頭に浮かんでくるんですよね。理由は分からない。考え方とか生き方とか『こういう風にやればいいんだ』というヒントが浮かんでくる」

うーむ。大峯千日回峰行なんてのとは対極で生きている私ですが、少なくともこの点に関しては似たような体験があります。

ま、浮かんでくるヒントの中身は間違いなく天と地ほど違うんでしょうけどね。


切に生きる -- どうして努力する人、しない人がいるのでしょうか?

8年ほど前の雑誌なのですが、「切に生きる」という特集が組まれていました。

切に生きるとは、ひたすら生きるということ。いまこの一瞬一瞬をひたむきに生きるということ。

日本の仏教宗派・曹洞宗の開祖である道元禅師は、弟子から「どうして努力する人、しない人がいるのでしょうか」と問われ、

「努力する人間には志がある。しない人間には志がない。志のある人は、人間は必ず死ぬということを知っている。志のない人は、人間が必ず死ぬということを本当の意味で知らない。その差だ」

と答えたそうです。

志が切実でないのは、無常を思わないからだ、ということです。

人は刻々と死につつあります。こうして生きている時間を大切にして、自分を磨いていく。このような思いを持って語られる2人のセールスマンの話を紹介しましょう。

生きる

一人目の伊藤浩一さんは、富士通のシステムエンジニアとして10年間勤務した後、自分の力を試したいと、フルコミッションの保険営業という今までとはまったく違う世界に飛び込みます。

そして、営業系の本をむさぼり読み、朝6時から夜11時まで会社にいようと自分に課し、半年間それを続けますが、まったく売れない状態が続きます。

奥さんの反対を押し切って転職した手前、生活レベルを下げることはできなかったので、奥さんには内緒で前職時代との手取りの差額を埋めるために借金を重ねていきます。

その額、3年で約1500万円。最後は利息の支払いだけで月50万円近くになっていました。

悩んだ挙句、叱られるのを承知でこのことを父親に相談すると、一言も責めることなく、「おまえ、本当に大変だったな。一人でずっと悩んでいたんだな」と言って、黙って借金を肩代わりしてくれます。

「ああ、親と言うのはこのようにして子どもを守るんだ。このままでは終われないぞ。なんとしても親を幸せにしなくては」

この時を境にして伊藤さんの人生観は大きく変わります。会社の仲間も、次の日から伊藤さんの目つきや顔つきが変わったのが分かったと言ってたそうです。

この時以来、伊藤さんがやってきたことは一つだけ。相手がプラスで自分がマイナス。何かあった時には他人を優先し自分が損を取るという、それだけの発想です。

伊藤さんが心がけたのは、できるだけ保険の話をしないということ。「こいつは商品を売り込もうとしているな」とお客様が少しでも感じられたと思ったら、自分の方から引いてしまうそうです。

伊藤さんが考えているのは、「どうしたらお客様の役にたつのだろう」、という一つだけです。

伊藤さんは数字を追うのではなく、一日に何人から「ありがとう」と言っていただけるかを自分のノルマにしています。

その結果、一年半後には会社でトップになっていました。月収も一千万円を超えて、給与明細の欄に書ききれなかったそうです。

「いま心がこもった言葉って少ないでしょう。私はその数少ない言葉の一つが『ありがとう』だと思います。そして、自分のたぎるような気持ちを伝える日本語が『切に願う』という言葉なのではないでしょうか。これらの言葉を、どれだけ相手に伝わるように努められるかは営業に限らず人生において、とても大切なことだと思うんです」

志

二人目の神谷正光さんは、静岡県の富士山の麓、「地獄の訓練」で知られる管理者養成学校に営業マンとして38歳の時に入社します。

入社当初は好調な時期が続きますが、徐々に契約件数が減っていき、3年目にはほとんど契約が取れなくなってしまい、部門長からは「残念だが、このままだと解雇せざるを得ない」と通告されるまでになります。

そこに一つの転機が訪れます。ある朝、自宅のガレージから車が盗まれてしまうのです。

この時、不思議なことに神谷さんは、「こう考えよう。車を盗まれたことにありがとうと感謝して、この事実を受け止めよう。これは、神谷家の悪い因縁を一緒に持っていってくれたものに違いない」と思います。

神谷さんは、自分が親兄弟や親類、友人をはじめ、縁のあった人に感謝すらしたことのない人間だったということに気がついたのもこの頃でした。

そこで、営業の前後にはお客様の幸せを願い、心の中で「ありがとうございます」と感謝の気持ちを表すことにしたのです。

社内での仕事のやり方も、残り僅かの在職期間なら、せめて世話になった職場の仲間に恩返しをと、自分の営業の時間を削って、皆の手助けを一所懸命やる形に変えていきました。

ところが、自分を忘れて皆のために頑張っていると面白い現象が起き始めます。今まで疎遠だったお客様、断り続けられていたお客様から連絡が入り、次々と契約が成立していったのです。

著述作家で心学研究家の小林正観さんは、「目の前の頼まれごとを引き受け続けていると、神様からご褒美をいただける」という話をしていますが、この言葉を自分の体験として実感したのです。

「営業とは、お客様を自力で口説き落とすものだと思っていましたが、自分なりの営業を続ける中で、誠心誠意目の前の人を大切にし、感謝の気持ちで接していったら必要な時に必要なお客様に出会える、という揺るぎのない信念が確立されていきました。だから、私が考えているのは目の前のお客様や出来事を大切にすることだけです」

「切に生きる」とは、目の前の人をどれだけ大切にできるかということに繋がるのかもしれません。伊藤浩一さんの「切に願う」という言葉も、自分ではなく相手のことを「願う」ことなのでしょう。

「切に生きる」、心に留めておきたい言葉です。



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